第172話 ナルシスト勇者の思惑




鳥羽とば 堅勇けんゆうside



 神西の闇討ちに失敗し、ボクは無様に逃げてしまった。


 まさか美架那に見られるとな。

 これまで一度でも見せたことのない、ボクの姿を彼女に晒してまう。


 とんだ大失態だ。


 最初っから乱暴者の天パゴリラ(天馬)ならともかく、ボクのフランクなイメージが崩れてしまったのかもしれない。


 いや、きっと軽蔑してしまった筈……。


 クソォッ! もっと早く、神西を仕留めておけば――


 天馬が邪魔したとはいえ、その機会は何度もあった。


 あった筈なのに……。


 何故か躊躇してしまった。

 情けとかそんなんじゃない。


 ――恐怖。


 例えるなら勇魁に近い鋭い何かが、神西にはある。


 現に文化祭で、奴は浅野をマットに沈め、天馬と勇魁にも勝っている。


 メンタル的にもボクの方が有利だったにもかかわらず、神西のポテンシャルに脅威を覚えてしまったのかもしれない。


 今回の失敗で、もう神西を闇討ちする機会は失っただろう。


 火野や浅野も黙っちゃいない。勇魁もそろそろ復活してくる。

 三美神の子達も一緒にいるだろうし、美架那だって……。


 美架那。


 これからボクはどうすればいいのだろう。


 学校はどうでもいい。


 今後、美架那に会えないとなると切なくなる。


 それに、このまま神西を放置していたら、きっと『茶近』も動くに違いない。


 あれから少しだけ、奴のこと調べてみた。


 隣町で幅を利かせる喧嘩チーム『T-レックス』。


 そのチームリーダーと、茶近は知り合いと言っていたが嘘っぱちだった。

 まさか、あいつ自身が……いや、今は考えている場合じゃない。


 茶近が直接動くとなると、下手したら美架那に危害が及ぶ可能性がある。


 一番、それが怖いんだ。


 だから余計、ボクがやるしかない。


 神西とてボクに倒された方が、いずれ復帰もできるだろう。



 ヴヴヴヴヴヴ……。



 スマホが鳴る。


 まさか茶近か?


 いや違う――ボクのファミリーである『光石 琴葉』だ。


「やあ、コトちゃん。どったの~?」


『ケンちゃん……私ね、神西君と話をしたの。ケンちゃんがしたこと全部聞いたわ』


「そぉ、それで?」


『私も全て話したわ。中学の頃……ケンちゃんがわたしを守るために、フェンシングを捨ててまで嘘をついてくれていたことまで全部」


 まったく余計なことを……しかし、基本ボクはレディには怒ったりしない。

 特にファミリーなら尚更だ。


「ふ~ん。んで、コトちゃんはあいつに何か言われたのかい?」


『彼、神西君はいい人よ。話していてよくわかったわ。ケンちゃんのことだって、彼なりに心配してくれているのよ……だから、もう神西君を襲うような真似はやめて』


「……フフフ。まるで、コトちゃんまであいつに寝取られたみたいだね」


『ちがうわ! わ、私はずっとケンちゃんだけ……どうしてそういう事言うの!?」


「ごめん、冗談さ」


 本当はわかっている。


 相当ボクらしくないことをしているのは……。


 しかし、ここで引くということは神西を認めてしまうこと。

 美架那が永遠にボクから離れてしまうことを意味する。


 それだけは認めるわけにはいかない。


 どうせ卒業までに四人で決着をつけなければなかった話……。

 ただ相手が神西一人に絞られただけのことだ。


 奴もボクらの領域に踏み込んで来なければ、ここまで対立することもなかっただろう。


『ケンちゃん……私じゃ駄目?』


「何がだい、コトちゃん?」


『私じゃ、神楽さんの代わりになれない?』


 琴葉の言葉に、ボクは戸惑ってしまう。


 もし美架那と付き合えるようになれば、彼女を含むファミリーと別れてもいいと思っていたからだ。


 琴葉は、ボクが美架那にぞっこんだと知った上で今の関係を続けてくれる。

 きっとそれは、ボクがフェンシングを辞めた理由が、自分に非があると感じてくれているから……。


 確かにきっかけはそうかもしれない。


 しかしどの道、大切だった存在を暴力の道具にしてしまったボクに続ける資格はなかったんだ。


 今だってそうさ――だから誰も悪くない。


 あくまでボクが決めたこと。


 祖父のこともあり、その世界でボクに箔がついたのも事実だ。

 だからフェンシングの件は、その代償だと割り切っている。


 なのに……。


 純粋な女の子、だからこそやるせない気持ちになる。

 美架那を手に入れたとして、ボクは……ファミリーを……いや琴葉を捨てることができるのだろうか?


 本当は、ボクの方こそ美架那と付き合う資格が――……。


『ケンちゃん?』


「……ん、いや……代わりとか、そういう重い話は苦手なんだよ、ボクはね……ハハハ」


『そう……』


「コトちゃんはコトちゃんさ。最初から、ミカナの代わりに付き合っているわけじゃないだろ?」


『うん……やっぱりケンちゃん、優しい。だったら神西君のことは……』


「それとは話が別さ……こちらの世界で言いうと『カタギに舐められる』わけにはいかない。そして『落とし前』はつけなきゃいけない」


『神西君が何したっていうの? 私には、ケンちゃんや他の人達のやっかみだとしか思えないわ……』


 相変わらず琴葉は、はっきりと指摘してくる。

 だから大好きなんだ。


「ボクが言う『落とし前』は、神西に対してじゃない――自分に対しての『落とし前』さ」


『え?』


「そのために、もう一度、神西とやり合う必要があるんだ……ボクが認める相手かどうか、それも含めてね。彼も覚悟していると思うよ」


『ケンちゃん……まさか、神楽さんのこと』


「切るよ、コトちゃん……ボクのことは気にしなくていいからね」


 ボクは返答を聞かず、勝手にスマホを切った。


 この子と話していると信念が揺らいでくる。


 中学の頃、女子としての尊厳を奪われ残酷で悲惨な目に遭っているだけに……ボクのことで悲しませるようなことをしたくない。 


 だが、神西――キミとの決着は別だ。


「副生徒会長の役目として最後まで付き合ってもらうよ……」






**********



 二学期終業式の当日。


 早朝、リョウと共に天馬先輩が俺の家に訪れる。


「よぉ、神西、学校行こうぜ」


「ええ、傷はもう大丈夫ですか?」


「問題ねえ、姐さんのおかげでな」


「姐さん?」


「俺の姉貴だ。ああみても看護師だからな」


 リョウはしれっと教えてくれる。


「看護師だって? あの鞠莉さんが?」


「ああ。高校卒業後、看護学校に行ったんだぜ。んで無事に看護師になったのはいいけど、同棲していた男と別れて地元に帰って来ているんだ。今はプータローだけどな」


 ――嘘だ。


 俺は信じないぞ。


 だって弟相手とはいえ、ブチキレるたびに木刀を振り回してくるんだぞ。


 元有名なレディースチームの総長でで「ブラッティ・マリー」と呼ばれていた人が「白衣の天使」なわけねーじゃん。

 どこのドラマだよ、それ?


「おはよう。天馬、もう傷は大丈夫なの?」


 制服を着た美架那さんが愛紗達と出てくる。


「見ての通りだ。今日は学校に行くんだろ? 一緒に行こーぜ」


「ええ、いいわ。火野くんもありがとうね」


「俺は構わないっすよ。天馬先輩、すっかり姉貴と気が合っちまって。親父にも体格を見込まれて、今日からウチのジムに通うことになったんたんっすよ」


 それで鞠莉さんのことを「姐さん」って呼んでいるのか。

 けど、ウチのジムって……火野ボクシングジムだろ?


「天馬先輩、柔道家ですよね? ボクシングやってどうするんですか?」


「あくまで習うだけだ。神西や勇魁を見てたら、打撃技も基礎から学ぶ必要があると思ったからな。別に可笑しくはねーだろ?」


「まぁ、そうですけど……」


 以前の見境なく殴りかかる天馬先輩なら絶対に阻止していたけど、今は別に問題ないか。

 つーか、いつまでリョウの家に居座るつもりだろう?





 こうして結構な大所帯で学校へ行くことになる。


 学校に着くと、勇魁さんと亜夢さんの二人が渡り廊下で待ち構えるように立っていた。


「おはようございます。二人共、どうしたんですか?」


「いや……教室に入る前に、神西君達に真っ先で知らせるべきだと思ってね。こうして待っていたんだよ」


「知らせる? なんですか?」


「――堅勇が登校しているんだ」


 え? 堅勇先輩が?






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