第170話 語られる勇者の真相(後編)




「それを知った、ケンちゃんは激怒して……あとは噂通りよ」


「鳥羽先輩一人による暴走族の壊滅ですか?」


 俺の問いかけに琴葉さんは無言で頷く。


「……まさか本当にやるとは思わなかった。でもケンちゃんに対して恐怖はなかったわ、寧ろ感謝しているくらいよ。おまけに私を守るために、ずっと『嘘』までついてくれて……」


「守るための嘘? 琴葉さんが鳥羽先輩をけしかけたって話ですか?」


「そうよ。真相は、汚され傷ついた私の名誉を守るため、ケンちゃんは私に騙されても開き直っている間抜けな変人を演じてくれたのよ。フェンシングを捨てたのも、『追放』処分を受けるほど自分が危険な奴だと周囲に思わせるため……実際、壊滅させた暴走族の連中は、ケンちゃんを恐れて全員この街から出ていったわ」


 何だろ……どことなく、美架那さんと通じるところがある。

 自己犠牲というべきか……。

 だから堅勇先輩は彼女に惹かれたのか?


「でも、そこまでする必要があったんですか? フェンシングだって、ほとぼりが冷めれば普通に続けられるんじゃ……」


「全ては自分のファミリーを守るため。現に彼と付き合っていると言えば、大抵の軟派男は逃げて行くわ。あの裏で女遊びの激しくて有名だった二年生の王田君や遊井君ですら、三年生の女子には手を出そうとしなかったくらいだからね」


 そりゃ下手にナンパして堅勇先輩のファミリーの女子に当たったら間違いなくヤバイよな。

 しかし堅勇先輩にとって、それほどまでファミリーの女子達は大切だってことなのか?


 ましてや美架那さんはそれ以上の存在だというのか……。


 俺も気持ちは理解できる。


 身を挺してでも守りたい、大切な女の子達がいるからだ。


 愛紗、麗花、詩音……。


 もし彼女達に何かあったら、俺だって何をするかわからない。

 きっと堅勇先輩のような報復的な行動も辞さないと思っている。

 だからこそ同調できる反面、同調できない部分もあるんだ。


 ――特に、堅勇先輩のやり方について。


 裕福で妬まれやすいから、周囲から舐められたくないという気持ちはわかる。

 自分の身を護るために、多少の嘘やハッタリだって言うだろう。


 けど、その嘘で実は自分の大切な人を傷つけていたとしたらどうだろう?

 こうして、光石 琴葉さんから話を聞く限り、俺には彼女が幸せそうに見えない。



 ――ケンちゃんがああなったのも全て私のせいなんだから……



 冒頭で、琴葉さんはこう言ったんだ。


 その一時は彼女の名誉は守れただろう。

 しかし、それからの堅勇先輩の行動で結局は、琴葉さん自身に罪意識というか重荷を背わせたように見えてしまう。


 自らフェンシングを捨てたこと――今回の闇討ちだってそうだ。



「……琴葉さんは、鳥羽先輩のことが好きですか?」


 不躾ながら気になり聞いてみた。


「好きよ。でも多くは望むつもりはないわ……彼ね、私と会ってくれる時は変わらず優しいもの」


「俺も正直、鳥羽先輩とは共感できる部分もあり気持ちもわかります……ですが納得できない部分も否めません」


「納得できない部分?」


 首を傾げる琴葉さんに、俺は強い意志を込めて頷く。


「……少し前に、勇魁さんから『元々、自分らは利用し合うだけの関係だ』と話してくれました。きっと鳥羽先輩も同じ考えなのでしょう。けど、天馬先輩は心から鳥羽先輩を含む仲間達を家族以上の存在だと信じていました。確かに天馬先輩も横暴なところはある人ですけど、彼の仲間を想う気持ちを無下にあしらっていいということにはならないと思います。ましてや大切なファミリーにまで重荷を背負わせるようなことは尚更です……」


「神西君……」


 これは琴葉さんだけじゃなく、美架那さんに対しても言えること。

 堅勇先輩の歪んだ想いが彼女達を苦しめることに繋がっていると思う。


「このまま鳥羽先輩が突き進んでしまうなら、そうなる前に止めたい。本当なら、きちんと平和的に話合えば、こんなに拗れる理由だってないわけですし……」


 だが俺の言葉は堅勇先輩には届かないだろう。

 昨日のやり取りで既にわかっている。


 彼にとって、俺は『寝取りの神西』でしかないんだ。


 それこそ、天馬先輩や勇魁さんのように戦い勝って認めさせるしかない。


 非モラル的なやり方だけど、もうそれしかないと思う。


 けど。


 ――俺は勝てるのか?


 あの剣さばきに対して……素手ではとても。


 ナックルダスターの威嚇だって、まるで通じない。

 昨日、シンにはカッコよく「やる時はやる」みたいなこと言ったけど……。


 ――実は怖い。


 たとえ自己防衛だろうと武器で人を傷つける行為が……。


 怖くて仕方ないんだ。


 俺が悩み思いに耽る中、亜夢さんが腕を伸ばしそっと手を握ってきた。


 気づけば、俺自身が拳を強く握り締め震わせている。

 無意識の内に緊張していたようだ……。


「大丈夫です。サキくんには、わたくし達がついていますわ」


 亜夢さんの優しい言葉と手の温もりのおかげで拳の震えが治まる。


「ありがとうございます、亜夢さん……」


「私もこれ以上、神西君に手を上げないよう、ケンちゃんを説得してみるわ」


「琴葉さん、恩に着ます」


「そんなこと……元を正せばケンちゃんを止めようとしない、私達にも原因はあるんだし……ファミリーなのにね。ずっと彼の優しさに、つい甘えていたのでしょうね」


 琴葉さんは苦笑いを浮かべる。


 実際、堅勇先輩がどれだけの女子と付き合っているか知らないけど、少なくても琴葉さんは素直で素敵な人だと感じた。


 一応、当初の目的通り、俺達側の味方になってくれそうだし話合えて良かった。


 話も終え、亜夢さんと琴葉さんは生徒会室から出て行く。



 間もなくして物品庫で隠れていた愛紗達が姿を見せた。


「無事、目的は果たせたけど、なんか大変な話を聞いてしまったわ……」


 麗花が難色を浮かべる。

 その通り平然と聞ける話じゃなかった。

 当時の堅勇先輩がブチキレるのも当然だ。

 

「そうだね……光石先輩も鳥羽先輩に救われた分、将来有望だったフェンシングを辞めてしまうきっかけを作ってしまったようなものだから」


「でも、それを選んだのは鳥羽先輩自身だからね……けど光石パイセンも辞めないよう言えなかったのかなぁ?」


 愛紗の見解に、詩音が同調し意見を述べた。

 しかし今なら、琴葉さんが言えなかった気持ちも理解できる。


「多分、後ろめたさもあったと思う。鳥羽先輩のことが本気で好きになればなるほど……」


 俺もみんなが大切に思えば思うほど、迷ってしまいつい逃げ越しになってしまう。

 結局、今の関係がベストだと感じ、誰も傷つけたくないと思えてしまうんだ。


 それが一番、彼女達を傷つけてしまうかもしれないとわかっていても……。


「ふ~ん、サキって人のことは敏感なのに、自分のことには鈍いところあるよね~?」


 人の気も知らないで、詩音が茶化してくる。


「はぁ? こう見たって、俺だって色々考えているんだぞ!」


「にしては、アムアムさんに手を握られて嬉しそうだったじゃん~!?」


 なんだって? まさか見てたのか!?


「確かに満更じゃなさそうだったわ……ブツブツ」


 麗花まで勘繰ってくる。


「あれは変な意味じゃないだろ? 亜夢さんは、俺の緊張をほぐそうと労わってくれたんだ。。そもそも、彼女は天馬先輩のことが好きなんだからな!」


「わ、わたしはサキくんを信じるよ! 手ぐらい平気だもん!」


 愛紗さん、力説する割には大きな瞳が泳いでいるよ。

 思いっきり動揺しているじゃんか。






 それから放課後。



 生徒会室に、勇魁さんが一人で訪れた。


「やぁ、神西君。亜夢から聞いたよ、とりあえず良い方向に向かっているようだね」


「ええ、勇魁さん。全て亜夢さんのおかげです」


「亜夢もキミには凄く感謝しているからね。僕だってそうさ」


 この先輩に言われると、特に誇らしい気持ちになってくる。


「そんな、俺はただ……」


「けど不安要素もあるようだ」


「え?」


 不安要素? なんの?


 勇魁さんは爽やかにフッと微笑みを浮かべる。


「神西君。良かったら、これから僕に付き合ってくれるかい?」


「……付き合う、俺に? 何か用でも?」


「前の遊園地で約束したろ? キミにジークンドーを教えると――」


 ああ、そう言えばそんな約束してたっけな。


 だけど、どうして今更……?






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