第161話 勇者ヤバさと窮地に立つ黒原




「フェンシングのレイピアか……確か競技にわかれて三種類の剣が存在すると聞く」


 シンが語ってくる。


「知っているのか?」


「武器に興味があるだけでね。ルールはよくわからない、だが一つ言わせてもらえば……」


 溜息混じりで言葉を溜める。


「――俺の中で最強の凶器ともいえる。下手な木刀よりも相当ヤバい」


「最強の凶器?」


「そうだ。勿論、暗器ではないが……特に実剣だと素手では間違いなく勝てない。まず即死だろう」


「まさか、流石に実剣はねぇだろ?」


 重々しく語るシンにリョウが軽くツッコむ。


「仮に競技用だとしてもヤバイ武器には変わりないぞ。考えてみろ、目や口、鼻、喉のピンポイント攻撃は当たり前。急所は勿論、助骨の隙間からでも内臓を狙えるかもしれない。しかも一瞬で撓る剣筋を見切ることは不可能に近い。ましてや熟練者なら、その手の駆け引きにも長けている。きっとプロボクサーの動体視力を持っても完全に見切るのは不可能だ」


 シンのうんちくを聞いている俺は背筋がゾッとしてきた。


 前の『王田戦』では直線的な動き故にタイミングを計れたけど、テレビとかネットで見たことはあるが、フェンシングの撓る剣の動きとタイミングに合わせる自信はない。

 それに記憶だと、剣撃が速すぎて目視判定が難しく防具に装備されたセンサーで勝敗を判定していたっけな。


「――サキ、前に俺が渡した暗器、持っているだろ?」


 俺が考えてごとをしている中、シンが聞いてくる。


「え? 暗器って?」


「ほら、遊園地で渡しただろ? ナックルダスターだ」


「ああ、拳にハメるあれね? 家にあるよ」


「今後は常備しておいた方がいい。万が一のためだ」


「嫌だよ、あんなの! 超危険じゃねぇか!? まだバンデージ巻いた方がいいよ!?」


「実際に使えとまでは言わない。多分使っても、レイピア使いじゃ話にならないからな。だが牽制にはなるだろ? ナイフを見せびらかせて脅してくるチンピラのアレだと思えばいい」


 思いたくねーよ! こいつ俺をなんだと思ってんの!?

 一応、この学校の生徒会副会長なんですけど!


「シンじゃないが、日頃から身を守れる得物は持って置いた方がいいかもな……前回の壱角先輩の件じゃ散々だったじゃねぇか?」


「あれは天馬先輩とやり合った後だったからね……たまたま助けてもらったリョウには感謝してるけどさ」


「俺だってそうそう助けに入れねーぞ。話を聞く限り、その鳥羽先輩……本気になったら相当見境がなさそうだぜ」


 確かにリョウの言う通りだ。

 もし何かするなら冬休み前くらいか。


「……わかったよ。考えておく」


 俺はそう返答する。実際はまだ決めかねているけどね。


「それと後輩、もう一人のことで何か知らないか?」


「もう一人? ああ、勇岬さんっすね……この街じゃ戦績がないっすね。元ヤンでもないし……あの四人の中で一番影が薄いのかもしれないっす」


「勇魁さんの話だと古武道をやっているかもしれないって話だけど?」


「すんません、わかんないっすね……俺が知っていることと言えば、いつもニコニコ笑っている人だってくらいっすかねぇ」


「耀平、オメェ今さっき『この街じゃ』って言ったな?」


「うぃす。火野さん、それが何んっすか?」


「じゃあよぉ、他の街じゃどうなんだ?」


 リョウが可笑しなことを聞いている。


「どういう意味だ、リョウ?」


「あの猛者ぞろいの勇磨先輩達とずっといた奴だぜ? 普通なわけがねぇだろ? おまけに壱角先輩の言葉を思い出してみろよ……俺には鳥羽先輩より、その人に脅威を覚えるね」


「俺もリョウに同感だな。脅威ってのは得体の知れない存在からくるものだ。特に古武道ってのは悪戯に他人に見せるものじゃない。だから秘技って言われるんだ。しかしひっかかる事もある……」


「引っかかること?」


 シンの言葉に俺は首を傾げる。


「俺が『あの人』の指示で隣町にいた時、噂を聞いたことがある。半グレとも言えない喧嘩チームが相当幅を利かせているってなぁ。そこのリーダーが相当強いらしく、なんでも合気道とか柔術を使うらしい」


「柔術? 柔道じゃなくてか?」


「柔術は日本の古武道の徒手としゅ武術だ。素手や武器による攻防の技法を中心とし身を護ることを重視する武術と言える」


「それで、シンは何が引っかかるんだ?」


「そいつは普段からヘラヘラ笑っており、戦う時もずっと笑っているらしい……それでついた通り名が『デス・スマイルのチャコ』だ」


「チャコ?」


「チームの中でそう呼ばれているらしい。チーム名はなんて言ったかな? 恐竜みたいなモノだと記憶している」


「勇岬先輩と共通点が多いってか? 案外、繋がりがあるかもしれねぇな、耀平?」


「うぃす、火野さん。その線で調べて見るっすよ! 今度は遅れを取ったりしないっすよ~!」


 耀平の奴。

 前回、亜夢先輩の件で難航したものだから今回は気合を入れているようだ。


「ありがとう、耀平。でも危険だと思ったらすぐにやめてくれよ。そこまで身体を張る必要はないからな」


「うぃす、サキさん! 大丈夫っすよ、隣街にも情報屋仲間がいるから、そいつらから聞いてみるっす! 二~三日にはわかるっすよ」


 隣町にも耀平みたいなキャラがいるのか? 

 随分と奥が深い世界だなぁ……。


 こうして、俺達は耀平との話を終わらせた。






 放課後、生徒会室に美架那さんと天馬先輩が来る。


「こんにちは、サキくんちょっといい?」


「はい、ミカナさん。それに天馬先輩も……」


「よぉ、神西、先週は悪かったな。それに勇魁も世話になっちまってガチで感謝してるぜ、お前にはよぉ……」


「い、いえ……」


 つい最近まで険悪の仲とは思えないやり取りだ。


 これだけでも身体を張って頑張ってきた甲斐はあるだろうか。



 そうだよな……きっと、これなんだと思う。


 俺がなんで、こうも首を突っ込んでしまうのか?

 幸福の王子みたいに、あげるものだけあげて放置されているわけじゃない。


 こうして確かな結果がついて来ているんだ。


 それにみんな俺を慕って集まってくれる。


 だからもっと頑張れるんだと思う。


 それが俺の力になるんだ――。



「師匠、元気してっか!?」


 天馬先輩は隅でパソコンの打ち込みをしている黒原に気さくに声を掛けている。

 がしっと肩を組んだ。


「……は、はぁ、先輩」


「なんだぁ? シケた顔してんなぁ? あんたは俺にとって『心の師匠』なんだ。もっと堂々としてくれよ! あんたが、ああ言ってくれたおかげで、俺は勇魁を許し合って打ち解けることができたんだからなぁ!」


「……え、ええ(まずい、エロゲーから引用した台詞だなんて死んでも言えないぞ!)」


 黒原は苦笑いを浮かべている。


 真実を知る俺としては「エロゲーネタで仲直りって、それでいいんですか先輩?」と思わず聞いてしまいそうだ。

 絶対に、こっちまで飛び火が来るから言わないけどね。


「ところでミカナさん、俺になんの話があるんですか?」


「うん、午前中に連絡した話よ。ここで話してもいいかな?」


「大丈夫です! 生徒会+αで、ミカナさんこと『女神を守る会』を結成していますので問題ないですよ!」


 俺は言うとみんな頷いてくれる。


 既に一致団結が出来ているのだ。

 ちなみに+αはリョウを意味している。


「女神か……その名前は気に入らないけど、みんなの気持ちは凄く嬉しいよ。本当、みんないい後輩達だと思う」


「まったくだな。俺らも『勇者四天王』とか言われてムカついているがな……その発信源の奴は卒業までに見つけ出して必ず殺すが、その前に俺の師匠の爪の垢を煎じて飲ませてやるぜ! なぁ、師匠ッ!」


 天馬先輩は黒原の肩を組みながら、ガハハハッと豪快に笑う。


 あれ? 黒原の奴、自分の親指の爪をひたすら噛んでしゃぶってるぞ?

 しかも青ざめた表情で両目に涙を浮かべて震えているように見える。


 きっと肩を組まれるなんて普段やられ慣れてない行為と相手が天馬先輩だから、内心じゃビビってんだろうなぁ。

 無理はないか……。



(殺されるゥ! 発信源が僕だってバレたら必ず殺されるゥ! 誰か助けてぇ、ヘルプ! ヘルプミィィィ!! ヒェェェェェェイ!!!)






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