第144話 女神と咬ませ犬勇者達のプライド




 ~神楽 美架那side



 二学期の期末テスト当日。


 私は久しぶりに学校に登校した。


 あれからバイトとお母さんの付き添いでまるっきり学校には来られなかったから。


 でも、サキくんの親戚のお姉さんである夏純さんのおかげでなんとかテスト対策はできている。


 お母さんも経過は良好で少しリハビリすれば退院の目途もつくとのことだ。

 後は冬休みに補習に出れば単位とかは問題ないだろう。


 進学希望じゃないけど、せっかくここまで頑張ってきたんだから高校くらいは卒業したい。

 こんな状況なのに、そう思えるほど心に余裕が持てるのも、全てサキくんと『三美神』の子達のおかげだ。


 彼らには本当に感謝している。


 ――同時に羨ましい。


 お互い微妙な関係ながらも、互いに手を取り支えあっているサキくん達の関係が……。


 私の周りにそこまで頼れる人はいない。


 いや、甘える気になれば甘えられる。


 ――でも私のプライドがそれを許さない。


 ウチは、はっきり言って貧乏だけど誰にも後ろ指さされずに暮らしている誇りがある。

 天馬や亜夢ちゃんに頼るということは、何かズルしているような気がしてならない。

 女神と呼ばれている立場からすれば、『チート』って言葉が当てはまるのかな?


 じゃ、どうしてサキくんなら頼れるのか……実は私もよくわかっていない。

 おそらく彼なら、私と同じ目線と価値観を持っていると感じたからだと思う。


 なんて言うか……これまでサキくんと接して来た中で気が合ってしまったというか……。

 彼なら私の気持ちを理解してくれるというか……。


 サキくんが手を差し伸べてくれるなら、素直に掴むことができるというか……。



 ――本当に優しい、けど不思議な男の子だと思う。




「よぉ、ミカナ……」


 隣の席にいる天馬が挨拶をしてきた。

 普段と違って、どこか余所余所しく思える。


「おはよ、天馬。ごめんね……心配掛けさせちゃって」


「いや、お前が大変なのは知っている」


「ありがと……放課後空いてる? みんなと話したいことがあるんだけど」


「……勿論だ」


 天馬も何を言わんとしているのか理解しているのか、それ以上の言及はしてこない。


 私は亜夢ちゃんに声を掛け、勇魁や堅勇と茶近にも声を掛けた。



 そして期末テストが開始される。


 やっぱり、夏純さんは凄い。


 結構、ヤマが当たっている。

 少なくても赤点は免れただろう。




 そして、放課後――。




 私は用務員のおじさんにお願いし、屋上を開けてもらった。


 季節が季節だがら寒いけど、他の誰にも聞かれない話をするなら最良の場所だ。



「みんなごめんね……こんな所に呼びつけて」


「俺達のことはいい……それよりお袋さんはどうなっているんだ?」


「うん。血圧も落ち着いて薬だけの様子見でいい感じ……後は退院に向けてリハビリかな」


「そうか何よりだ……」


 天馬が頷いた瞬間、私はみんなに向けて深々と頭を下げて見せた。


「――本当にご迷惑をお掛けしました。ごめんなさい」


「ミカナ、何やっているんだ、やめろ! お前らしくねぇ!」


 天馬に促され、私は頭を上げる。


「私らしくない……そうね、そうかもしれない。でも、みんなが思っているほど、私……それほど強くないの」


「ミカナ……?」


「ウチ、貧乏でしょ? お母さんの入院も費用とか工面しなきゃいけないし、今回の件でお母さんも働けなくなったから初めて生活保護の申請をしたのよ」


「……そこまで切羽詰まっているなら、俺らに一言相談してくれても」


「それは無理だよ。キミ達に頼るわけにはいかないわ」


「何故だ? 俺の迷惑になると思っているのか?」


「いえ多分、キミ達にとっては微々たるモノでしょ? でも私達家族にとっては死活問題なの……」


「だったら余計――」


「――頼るわけにはいかないわ!」


 私は強い口調で天馬の言葉を遮る。


「私にもプライドがある! これまで誰にも頼らず頑張ってきたプライドが……ここまで来て、キミ達から施しを受けたり、ズルするわけにはいかないわ!」


「施しにズルって……お前、やっぱり俺達をそういう目で見ていたのか?」


「そうよ、最初っからそう言ってたわよね? けどこれまでの付き合いで見直した部分も沢山あったわ……だから余計に言うことができなかった。なんだかんだ……私、みんなのこと好きだから」


 初めて、私はみんなとこういう話をしている。

 場を和ませる自虐ネタで、自分の家のことを話すも切実に語ったことなんて一度もなかった。


 天馬は口を噤んで拳を震わせている。


 他のみんなは表情を変えず黙って聞いている。

 ただどこか寂しそうに見えてしまう。


 ――本当はこんなこと言いたくない。


 みんなと卒業するまで当たらず触らず楽しく過ごしたいよ。


 でも私達のことで、後輩のサキくん達にこれ以上の迷惑を掛けたくない。

 これはみんなと、いずれぶつかるべき壁にぶつかっているんだと割り切る。


「――だったら、神西はどうなんだ?」


「え?」


「神西に頼って甘えられて、どうして俺達じゃ駄目んなんだ?」


 思った通りの天馬からの問いかけ。


「決まってるでしょ……彼、私の知り合いの中で一番普通だもの。今、借りている貸しも時間を掛けて返すことができるわ。でも天馬は無理……お掃除だってご飯だって全部使用人達が完璧にやってくれるでしょ? 物にだって満たされているし……私が貴方に差しあげれるモノはせいぜい――」


「わかった、もう言うな! それ上、お前の口から聞きたくねぇ!」


 天馬は叫び、私の言葉を制してくる。


 彼の表情を見ていると、とても胸が痛い……ぎゅっと絞られていく。


 本当の仲間なら「そんなの関係ないだろ」って割り切れるのだろうけど……。


 彼らはあまりにも違いすぎる存在。


 私は綺麗ごとが言えない――言えるのは彼らにとって耳を覆いたくなるような言葉ばっかり。


「今はサキくんの好意に甘えているけど、落ち着いたら必ず返すつもりよ……勿論、良識の範囲でね。だから変な誤解だけはしないでほしいの。私からキミ達に言えるのは、それだけだから……」


「ミカナ、俺はどうしたらいい? どうしたら、お前の力になれるんだ? 教えてくれよ……」


「……これまで通り友達でいて。私からは、それしか言えないよ」



「――ミカちゃんは神西のこと好きなの?」


 いきなり茶近が割って入ってくる。

 普段通り、どこか胡散臭そうな笑顔で……。


「え? ええ、大切な後輩には違いないわ」


「そういう意味で聞いてんじゃないよ……男としてどう思ってんの?」


「……わからないわ。でも、サキくんには自分の世界がある……麗ちゃん達との優しくて温かい世界。私が割って入るつもりはないわ……恋愛は別だと思って頼っているつもりよ」


 正直に言うと、これまで恋愛として誰かを好きになったことなんてない。


 言い寄られても面倒くさいとしか思ってなかったし、男子はみんなつまらない存在だと思っていた。


 でも、サキくんは違う……。


 初めて自分と重なり近いと思えた人……。

 何より、私の事情を安心して話せる人……。


 私は彼を大切な後輩と思いつつ、別な感情も抱いている。


 それが恋愛なのかわからない。


 だから迂闊に言うわけにはいかない……。



「……ミカナ、もし俺が『勇磨財閥』を捨てても、お前と付き合いたいって言ったらどうする?」


 不意に天馬は真剣な顔で問い質してくる。


「え? いきなり言われても……キミ、まさか捨てる覚悟があるの?」


「……そ、それは――すまん、わからない」


 彼は一変して戸惑い俯く。どうやら思いつきで言ったようだ。


 けど、私はそんな天馬に柔らかく微笑んで見せる。


「うん、天馬はそれでいいと思うよ」


「それでいい?」


「そっ、キミにはキミの世界があり誇りプライドがある。『勇磨財閥』の次期跡取りとしてね。私にはまるっきりわからない世界だけど、そこはそこできっと大変な道だと思うから……」


「ミカナ……」


「でも、私は無理よ。キミの世界には入れないわ……理由はさっき言った通りよ」


「そ、そうか……」


 天馬は私から背を向け、立ち去って行く。


 他の仲間達も何も言わず、私と一緒に彼の背中を見送っていた。



「……天馬、ごめんね」


 初めて心から彼に謝罪した。


 同時に瞳が熱くなり幾つも雫が流れ落ちていく。


 気付けば、私は涙を流している。


 自分でもわかっているから――。



 今まで彼を利用してきたのは、この私……。


 一番、身勝手なのは、この私……。



 こんな自分が大っ嫌い。



 本当に最低な女神だ。



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