第145話 女神と勇者四天王の迷走




 ~神楽 美架那side



「天馬様……」


 彼が去った後、すぐ親友のアムちゃんが後を追おうとする。


「――待って、アムちゃん! 話があるんだけど!」


 私は彼女の腕を掴み引き止めた。

 アムちゃんは「え?」と大きな目を見開いて見つめてくる。

「話ですの?」


「そうだよ……アムちゃん、みんなに言ったでしょ? 私がサキくんの家に泊まっているって話」


「……そ、それは……」


「LINEでの話はアムちゃんだけの間にしてってお願いしているよね? っていうか普通、親友同士のやり取りを誰かに話す事じゃないでしょ?」


「……ごめんなさい、ミィちゃん」


 アムちゃんは涙をポロポロと流して謝ってくる。


 ――始まったわ。


 都合が悪くなると、決まって彼女は泣きながら謝ってくる。

 これまでは些細なことだったから許してきたけどきたけど、今回ばかりは許せない。


 実際にサキくんを巻き込んでいるんだから――


「アムちゃん、泣く前にまず説明して! それから、どうするか決めるわ!」


「どうするって……?」


「場合によっては絶交よ! 私、友達のことベラベラ喋る人とは付き合えないわ! 現に天馬達に余計な心配を掛けさせ、下手したらサキくんとトラブルに発展しそうだったんだからね!」


「ミィちゃん……嫌です。絶交なんて言わないで……」


 アムちゃんは私の手を握り、大粒の涙を流しながらすがるように見つめてくる。


 胸が痛い……でも、ここは心を鬼にしないと、アムちゃんの『悪役令嬢』は治らないと割り切るしかなかった。


「――ミカナ、すまない。全て僕が悪いんだ」


 いきなり勇魁が頭を下げて見せる。


「どういうこと?」


「僕が亜夢に無理矢理に聞いてしまったんだ……ミカナのことが心配のあまりにね。そして捉え違いもして、その場にいた堅勇と茶近、それに親友の天馬に相談したんだ。どうしていいかわからなくて……それで天馬が『俺が神西に聞いてみるよ』って流れになってしまい……本当にすまない」


「でも俺らも隠れて見てたよ。天ちゃん、興奮すると見境なく手を上げるからさ」


「天パ赤ゴリラだけじゃ不安だからね。神西君には事情を聞きたかっただけなんだ」


 勇魁の誠意がこもった謝罪に、茶近と堅勇が補足して説明してくれる。


 確かに遊園地で一緒だった勇魁なら、私がどうなっているのか妹のアムちゃんに問い質すのは自然の流れかもしれない。


 アムちゃんも押しに弱い所もあるし、双子の兄ならって思わず話してしまったのだろう。

 茶近と堅勇の言葉にも信憑性があるし……。


 それに結局、富裕層の彼らとの『壁』を勝手に作ってしまっている私が一番悪いんだ。


 もっと信頼して寄り添うべきなのに……。


 プライドがあるばかりに、それができないでいる私が悪いのだと思う。


 天馬だってそう――。


 どこかズレているけど、こんなに気持ちの優しい彼らを利用しながら心の奥で遠ざけている私が一番最低の女なんだ。


「……ごめんなさい、アムちゃん。みんなも、ごめんね……私が一番、みんなの傍にいる資格のない女なのよ……」


 自然と涙が込み上げてくる。


 私が一番トラブルを巻き起こした元凶だと思った。


 私さえ、みんなと友達にならなければ、こんなに苦しい思いをさせることはなかった筈だ。


 私は『女神』なんかじゃない……とんだ『駄女神』だよ。


 そんな私の手をアムちゃんは強く握りしめる。


「そんなことありませんわ! ミィちゃんはわたくしの一番の親友ですの! 卒業したってずっと大切ですの! だから泣かないで、ね?」


「アムちゃん……う、ううう」


 私はアムちゃんに寄り添って泣いてしまう。


 もう何が正しいのか間違っていたのかわからない。

 ただ、天馬を酷く傷つけてしまったのは確かだと思った。


「ミカナは悪くないよ……話を大きくしてしまった僕に原因はある。どうか許してくれ……」


「ううん、勇魁は悪くないよ……心配してくれてありがとう」


 私は気持ちを落ち着かせ、みんなと別れることにした。


 これからお母さんの様子を見て、その後は夜までバイトが入っているからだ。






 ~壱角 勇魁side



 ミカナは落ち着き、その後は亜夢と一緒にその場を離れた。

 多忙な彼女はゆっくりと泣いている暇もないらしい。 


 なんとも不憫だが、そう感じさせない強さが彼女の魅力でもある。


 ミカナは何一つ悪くない。


 悪いのは、日頃から暴君ぶりを発揮し周囲の風評を悪くしている天馬と……。


 僕の背後で佇む、この二名のクズ……こいつらの暗躍ぶりだろう。

 自分の手を汚さず、悪戯に天馬を煽って気に入らない奴を始末しようとしている。


 ――神西君もその一人ってわけだ。


 ミカナの話を聞いた限りでは、やましい関係には至ってない。

 あくまで善良な行為――僕はそう判断した。


 それに神西君が正直者で良かった。


 天馬との話し合い後、彼がミカナに相談することは目に見えていた。


 堅勇と茶近は、そんな神西君を警戒し「なんとかするべきだ」と煽ってきたが、これは好機だと判断する。

 そう、これまで進展のなかった、僕達との関係について。


 結果、ミカナの胸の内を聞くこともできたし、彼女にとって何が最良なのかわかった。

 亜夢の件では、僕が素直に謝れば寛大なミカナなら、きっと許してくれるだろうと信じていたからだ。


 そして何より――



「事実上、天馬は脱落だな……ざまぁってやつだ」


 僕は口角を上げ不敵に微笑んだ。

 だが、茶近の反応は異なっていた。


「ユウちゃんよぉ、んな呑気なこと言っている場合じゃなくね? さっきのミカちゃんの言動、間違いなく俺らだって天ちゃんと同じように見られてんじゃねーの?」


 確かにな。

 だが僕にとっては大した問題じゃない。


「僕は彼女が望めば家柄なんていつでも捨てられる。元々警察官になりたかったんだからね。キャリア組に入って実力でトップにのし上がる分なら、美架那だって認めてくれるだろ?」


「壱角物産はどうすんだ?」


 堅勇が尋ねてくる。


「父の会社は亜夢が継げばいい。別に女社長だって今時の時代なら困らないだろ」


「なるほど……ボクも勇魁の考えに賛同だな。あの天パ赤ゴリラはその覚悟がないだけさ。それしか取り柄の無い坊ちゃまだけに余計だな……あいつ自身、その事だけは理解しているようだったがな」


「その通りだよ、堅勇。あれほどの女性と付き合うってことは、それなりの覚悟が必要って事なんだからな」


 こいつはしょーもない軟派野郎だが、恋愛観に関しては話が合う。

 きっと僕と同様、束縛のない家柄だからか。


 しかし一方で――


「…………」


「どうした茶近?」


 奴だけは口を閉ざしている。

 相変わらずニヤつき顔だが、あからさまに目が笑ってない。


「二人はそれでいいかもね……。けど俺のように受け継いでなんぼの家はそうはいかない……たとえ成り上がりの一族でもよぉ」


 確か戦後に成り上がった『茶道の家元』だっけ?

 長者番付の常連だったな。

 よくわからないが面倒くさそうな家柄には違いない。


 しかしだ、僕から言わせればだな。


「――なら、ミカナにわかってもらえるように努力するしかない。至極シンプルな話だ。さっきの天馬のように逃げずにな」


「……わかってるさ(勇魁、お前はまだ余裕だよな。亜夢ちゃんっていう最強の手駒があるんだからな。けど俺には……)」


 茶近は笑顔で理解を示している。

 だが、その表情に隠された真意の部分は想像以上に深い。


 まさに深淵の如く、闇色に染まっていとはな――。


 警戒しながらも茶近を一番軽んじていたのは、実は僕なのかもしれない。




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