第122話 何かと波乱の体育祭「前編」




 いよいよ体育祭が始まる。



 けど寒い……当然だ。


 もう11月後半だから。


 俺達生徒全員が厚手の上下ジャージを着込み、グラウンドで整列している。


「こんな時期に外で体育祭なんてガチでアホだな……ウチの学校」


 リョウが後ろで文句言っている。


 ――本当は6月に行う予定だった体育祭。


 例の三年生『勇者四天王』がぐずったせいで、延期になり今日に至る。

 理由は「MLBが開幕されて直接観に行くから」っというふざけた話だ。


 生徒会の中では「いっそ中止にしたら」っという案もあった(提案したのは俺)が、顧問の教師より学校の事情で今年度中にやらなきゃ駄目だと言われてしまう。


 さらにミカナ先輩と亜夢先輩が『体育祭実行委員』を立ち上げたことで「やっぱやらなきゃ駄目だよね?」状態となった。


 まぁ、影響力のあるミカナ先輩達が動いてくれたことで、こうして無事に開催することができたんだけどね……。




「――神西、テメェ。学年対抗の騎馬戦で、ボコってやるから覚悟しておけよなぁ!」


 勇磨 天馬がわざわざ二年生の待機場まで訪れ挑発してきた。


 その後ろに、いつもの『勇者四天王』の三人も取り巻きのように立っている。

 こいつら見た目は悪くないので、女子生徒に人気もあり、黄色い声や溜息の声が漏れてきたりしてムカつく。


 以前のように、いきなり殴って来ないだけまだマシだが、少なくても明日一緒に遊園地で遊ぶ相手に言う台詞じゃない。


 この野郎……やっぱりシンとリョウを誘って正解だったぞ。


「勇磨先輩……どうでもいいですけど正々堂々とやってくださいよ」


「勿論だ。但しその結果、テメェが怪我しようと入院しようと知ったこっちゃないけどな」


「いいのか、先輩? サキに何かあったら明日の遊園地の話がお流れになるぜ」


 リョウが隣に並んで牽制してくれる。


「遊園地だと? ケェッ! こいつ一人いなくたって問題ねぇだろうが!」


「いや、火野君の言う通りだと思うぞ、天馬」


 後ろに立つ、小柄で華奢な優男っぽい男子が落ち着いた口調で言ってきた。

 クール系で顔立ちが、あの亜夢先輩によく似ている。

 双子の兄である、『壱角 勇魁』先輩だ。


「ミカナは体育祭の慰労いろう会で生徒会との親睦目的で企画したことだろ? お前が下手に神西君に手荒なことしたら、生徒会メンバーは怒って不参加。ミカナにも怒られて、この話は無くなってしまうんじゃないか?」


 勇魁先輩が忠告した途端、天馬の顔色が変わる。


「……つまり、ミカナとの貴重なデートがおじゃんになるってわけか、クソォッ! 神西め、考えやがったな! この策士がァッ!」


 俺、何も考えてねーし。策士じゃねーし。

 そもそも言い出したはミカナ先輩だろーが!?


「チィ! 行くぞ!」


 天馬は舌打ちし、ブツブツ言いながら戻って行く。


 他の金髪の堅勇と坊ちゃん刈り茶近が後を追う。


 しかし、勇魁先輩だけが立ち止まった。

 不意に俺と目を合わせてきたので、フォローしてもらった手前頭だけは一応下げて見せる。


「……悪かったね。天馬には無茶苦茶しないように言い聞かせるから、どうか安心して楽しんでくれ。それじゃ――」


 爽やかに微笑を浮かべ立ち去って行く。


 その姿に、周囲の女子から「壱角先輩、カッコイイ~!」っと黄色い声で溢れていた。

 確かにカッコイイ。つーか、あの四人の中で一番まともな思考の持ち主のようだ。


「……許せませんね、勇者四天王!」


 黒原がいつの間にか、隣に立ち恨み節を言っている。


「どうした? あの先輩が女子達に人気があるからか?」


「……違いますよ、副会長! この体育祭、そのモノに僕は憤りを感じているんです!」


 珍しく熱く語っている。

 黒原の言いたいことはわかるが……こいつが、ひたすら女子達を見渡しながら言っているのが微妙に気になる。


「なんの怒りだよ?」


「……よくぞ聞いてくれました! 普通、体育祭は指定短パンに白Tシャツで行うものでしょ!? それで女子達の貴重なラインが浮き出たり、色々透けて堪能できるじゃないですか!? こんな時期にやったら、そりゃみんな厚着になりますよ! 男子達の目の保養……もとい貴重な青春を台無しにするなんて! まったくもってアホですよ、あの四天王達は!?」


 お前もアホだぞ……てか、熱弁振るって言う台詞じゃねーよ。

 最近、益々俺にだけ性癖を露わにしてきやがって……。



「――サキ。明日の遊園地、あの勇魁さんも来るのか?」


 シンが尋ねてくる。


「いや、わからない。妹の亜夢先輩は来るようだけど……どうして?」


「そうか……あの人が来るなら、暗器は必要ないと思ってな」


「あの先輩、そんなに強いのか?」


「相当ヤバい……何せ、ジークンドーを使うからな」


「ジークンドーって、あの総合武術の?」


 確か中国武術をベースに様々な格闘技の長所を取り入られているとか。


「そうだ。インストラクターではないが人に教えられる程の腕前だぞ。俺は中三の頃、『あの人』の伝手で直接教えて貰ったことがある」


 あの人……王田 勇星か。

 確かパーティーとかで何度か顔合わせしているんだよな?


「なぁ、シン。勇魁さんってどんな人だ?」


「今のままの人だと思う。爽やかで弱者に優しい……きっとあの仲間内じゃ一番の穏健派じゃないか? しかし……」


「しかし?」


「――正義感がとにかく強く、融通が利かない側面もある」


「融通が利かない?」


「悪だと思った奴にはとにかく容赦はないようだ。『あの人』も自分の素行がバレるのを恐れて、俺を何度かパーティーに同席させていたくらいだからな」


 あの人って……『王田』さえビビった相手だと?


「けど前に、シンがあいつの命令で『場合によっては四天王をシメに行く』って話も浮上していたって言ってたよな?」


「ああ、流石に四人同時は無理だけどな。想定として一人ずつ闇討ちするしかないだろう……だが、勇魁さんに関してはそれでも勝てるかどうかわからない。下手したら返り討ちに会うかもな……」


 つまりそれほどの実力者だってことか。


 しかし話を聞く限りでは悪い先輩ではないのはわかった。

 少なくても、天馬なんかよりは余程まともなのかもしれない。


 ミカナ先輩を通して上手く事情を話せば、『亜夢先輩の疑惑』を払拭してくれる協力者になってくれるかもしれないぞ。




 ――そして体育祭が始まった。



 寒いこともあり、生徒全員が異様なハイテンションで種目に挑んでいる。


 ぶっちゃけると身体を動かすしか暖める手段がないからだ。



 そんな中、二人三脚競争の種目にて――


「サキ~っ! 寒いから一緒に二人三脚しょ~? 暖めてよ~……」


 詩音が生まれたての子鹿子鹿のように、身体を小刻みに震わせながら言ってくる。


「え? お前は確か順番的にシンと一緒に二人三脚する筈だろ? 俺はクラス委員長の天宮さんとやることになっているんだ」


 俺がきっぱり言うと、詩音はニマ~ッと悪戯っ子の笑みを浮かべる。


「そこはきちんと裏取引きしてまっせ~。ユリッチには交代するようにお願いして了承もらってますぜぇ、旦那……へへへ」


 何、キャラ変えて悪そうに言ってんの?

 さも俺が指示して仕組んだような言い方やめてくれる?

 普通に交代したって言えよ……。


 そういや天宮さん、修学旅行でもシンに気がある様子だったけ。


 しかし、その交代した筈の天宮あまみや 悠里ゆうりさんが近づいて来る。

 何故か瞳に涙を浮かべているようだ。


「ユリッチ、どうかしたの?」


「えっく……浅野くんが『黒原君のパートナーがいなくて一人で可哀想だから、俺は彼と二人三脚を出る。すまない』って言って、私と一緒に出るのを断ってきたの……」


 え!? シンが、黒原と!?


 こんなポチャッと可愛い天宮さんをほっぽいてまで!?

 なんで? どうしてシンは、そんなに黒原ラブリーなんだ!?


「ご、ごめんね……ユリッチ。あたしと一緒に走ろうね……」


 持ちかけた詩音は申し訳なさそうに、天宮さんを慰めている。


 流石にしゃーないな。



 ……あれ? 待てよ? じゃ、俺のパートナーは誰?


 いねーじゃん! 今度は俺がぼっちじゃん! どうすんのよ!?



 ……結局。



 俺だけ田中先生と二人で、二人三脚をやらされる羽目となった。


 何これ?


 普通に酷くね?






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