第114話 苦手な姉貴と親友の悩み
「千夏さんと別れる? 一体どういうことだよ?」
『お前さ……自分の夢と惚れた女、どっち取る?』
親友に聞かれ、ふと愛紗と麗花と詩音の三人が浮かぶ。
「惚れた女」
迷わず答えた。
『……だろうな。お前なら、そう言うと思ったぜ』
「なんだよ、それ? なんなら、今から家に行くか?」
『いいのか?』
「ああ、リョウにはいつも世話になっているからな。それに明日も休みだし問題ないよ」
『悪りぃ……でも本当にいいのか?』
「いいって言ってんじゃん」
『……俺の姉貴、家にいるぞ』
リョウの言葉に一瞬、俺は凍る。
「あのおっかない姉ちゃん……いるの?」
『ああ、昨日の夜から家にいる。なんでも同棲していた男と喧嘩して別れたようだ……はっきり言って、めちゃくちゃ機嫌が悪い。俺なんか会った早々背中蹴られたからな』
テンションが低いのもあり、やたら戦々恐々に聞こえる。
リョウの姉ちゃん。
名前は『火野
現在は夏純ネェと同じ歳で、確か23歳くらいの筈だ。
学生の頃は元レディースでスケバン・グループのリーダーだったらしい。
通称「ブラッディ・マリー」と呼ばれ、その筋じゃ今でも伝説となっている人だ。
俺も何度か会ったことはある。
金髪に染めた凄い美人だけど、近寄りがたいオーラのある女性だ。
『――だが、サキだけは意外と可愛がっていたからな。案外喜ぶかもしれねぇ』
「やめて。俺一回、お前の姉ちゃんにおっかない目に合わされているからね……」
そう、あれは今から1年前だ。
俺がリョウの家に遊びに行った時、リョウは親父さんに呼ばれてしばらく家を留守にしたんだ。
しばらくリョウの部屋で一人でいると、
当時付き合っていた彼氏だとか。
その彼氏が俺を邪魔者扱いして追い出そうとした途端、
なんでも「弟のマブダチは、ウチのマブダチだぁ、コラァ!」っと、凄い剣幕で怒鳴り散らしていたっけ。
守ってもらった筈なのに、何故か俺まで失禁するくらいビビってしまう。
俺は生まれて初めて女性が怖いと思ったんだ。
……はっきり言ってトラウマだな。
「と、とにかく準備してから行くよ……相談くらい乗れるからさぁ」
『すまん……待っている』
リョウは礼だけ述べて電話を切った。
……しゃーない。
こりゃ心して行くしかないぞ。
ニートで家事ポンコツの夏純ネェに有り合わせの夕食を作ってやる。
俺は食べずに、そのままリョウの家に行った。
あいつの家は近いから、5分も掛からないのが幸いだ。
家の敷地内に
やたらデカいアメリカンバイク。
間違いなく、鞠莉さん愛用のバイクだ。
俺はごくりと生唾を飲む。
恐る恐るチャイムを鳴らすと、リョウが出て来た。
「よぉ、サキ……悪りぃな」
「いいよ、友達だろ?」
「中に入ってくれ」
リョウの案内で家の中に入る。
居間には、リョウの姉ちゃんである『
相変わらずの金髪だ。軽くパーマが入った長い巻き髪を後ろで束ねてポニーテールしている。
切れ長の瞳に端整な顔立ち。両耳にピアスを幾つもつけている。
背も俺より高く、スタイルも欧米人さながらに抜群だ。
けど、どこか不機嫌そうなのはなんとなく伝わる。
「お、お邪魔します」
一応、声だけ掛けてみる。
鞠莉さんは気配に気づき、振り向きく。
「ああっ!?」
やっぱ機嫌悪いみたいで、鋭くガンを飛ばしてきた。
しかし。
「あ? サッちゃん? 久しぶりじゃん! 元気してたぁ?」
イヤホンを外し、一変してニコやかになる。
「は、はい……お久しぶりです、鞠莉さん」
「ちょ、やだぁ! ウチのこと、マリーって呼んでって言ってるしょ?」
「は、はぁ……マリーさん」
「にしても少し雰囲気変わってない? 背が大きくなったっていうか……がっしりして男前になったっていうか?」
「最近、おじさんのボクシングジムに通っているんですよ」
「ふ~ん、そっか……ところで、サッちゃん。その頬どうしたの?」
「え? ああ、転んだんですよ。それで擦っちゃって……」
「――嘘だね、それ蹴られたでしょ? ウチ、傷みれば大体のことわかるよ」
「いやぁ、大丈夫、大丈夫。どうか気にしないでください」
俺は頬の傷に手を当ててなんでこないアピールする。
だが鞠莉さんの顔つきが豹変する。
鋭く睨みを利かせ、鬼のような形相に歪んだ。
「リョウ! 今から、そいつブッ殺しにいくぞぉぉぉっ!」
床に置いてあったのか? 気づけば木刀を握り締めて立ち上がっている。
いやブッ殺すも何も、そいつ今頃は警察署の留置場にでもいるんじゃないか?
「マリーさん! もう大丈夫ですから、どうか気にしないで下さい! リョウ、部屋に早く行こうぜぇ!」
俺は強引に、リョウを奴の部屋へと連れて行った。
しかし、この姉ちゃん。
とても、いい人なんだろうけど、おっかなくてやっぱり苦手かもしれない。
なんとか、リョウの部屋に入る。
こいつは俺と違って自分の
全体的に黒とワインレッドを基調とした色使いであり、ネオン管のインテリアが置かれていた。
初めてみた人は「え? ここ夜の店?」って思ってしまうかもしれない。
リョウはベッドの上で胡坐をかき、俺は適当に床に座り込む。
「それで、どうして千夏さんと別れようと思ってんだよ?」
率直に尋ねる。
こいつとの付き合い上、回りくどく聞いてもはっきり答えないからな。
「……ボクシングだ」
「ボクシング?」
「ああ、体育祭終わったらプロテスト受けるって言ったろ? それが原因なんだ」
「どうして?」
「練習に集中したいからだよ。親父からは『今からでも十分に行ける』って言われているけど、中途半端なことはしたくねぇ。俺と戦う相手にも失礼だからな」
「つまり練習に集中するとこで、千夏さんと付き合えなくなるってことか?」
「そうだと思った……こないだの修学旅行からな」
「ああ、倦怠期の件ね? だけど函館で手を繋いで『男になった』ってドヤ顔で言ってたじゃん?」
「どうやら俺だけの一人歩きだったらしい……それからが、なぁ」
リョウは俯きながら、より沈み込む。
こりゃ冗談抜きで相当重症だと思った。
「千夏さんはなんて? 何か言われたのか?」
「言わねーよ。その代わり無言の圧力っつーか……察しろオーラみたいなのを発してくる。だから、より
リョウからここまで彼女のことを聞くのは初めてだ。
まぁ普段も
「リョウは千夏さんにどう言われたい?」
「はっきり言われたいね。『私とボクシング、どっちを取るの?』ってよぉ」
「実際にそう言われたら、どうするつもりよ?」
「そりゃ悩んで考えるさ……俺にとっては、どっちも真剣で大切だからな。だからこそ、千夏の考えが聞きたいんだ」
「だったら話し合えばいいじゃん」
「さっきも言った通りだ。俺が聞いても、うんともすんとも言わねぇ……まぁ、あいつが無口なのは今日始まったことじゃないけどな」
そういや俺、親友カップルが、ぺちゃくちゃ喋っているのって見たことないや。
いつもリョウが話し掛けて、千夏さんがうんうん聞いている印象しか浮かばない。
前に出てきて何か話すって感じではないかもな。
千夏さんって彼氏を立てるっていうか、一歩下がっているというか……そんな女子のイメージだ。
けど、リョウの言いたいこともわかる。
要するに千夏さんの気持ちが知りたいんだろう。
プロボクサーになったら、どうしてほしいのかとか。
練習で会えない時とかどうしてほしいのかとか。
リョウはリョウで、プロになる不安もあるのかもしれない。
しかも当人も器用に話を引き出せるタイプじゃないし、このまま悶々としていても、学校の時みたいな無気力でダメ人間のままだ。
俺からすれば、この二人……倦怠期というより、お互いの気持ちを理解し合う時期なのかもな。
「――なぁ、リョウ。お節介じゃなければ、俺が千夏さんと一度話そうか?」
前から思っていたことを提案してみた。
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