第89話 女神との共通点
「このガキィィィィィ!!!」
ひょい。
パーマ男の拳を俺はあっさりと躱す。
「ちょっと、何するんですか!?」
「うるせぇ、テメェ!」
パーマ男は尚も拳を振るってくる。
上背がある分、威力はありそうだが、大振り過ぎて簡単に軌道が読めて見切れる範囲だ。
いくらスピードがあっても所詮は素人の喧嘩
ボクシングで鍛えまくっている俺に当たる筈がない。
「先輩、やめてください!」
麗花が止めに入るも、パーマ男は攻撃をやめようとしない。
駄々っ子のように、ただ悪戯に殴り掛かってくる。
「いつまでも避けてんじゃねぇ! しっかり当たれや!」
挙句の果て変な要求までしてくる始末。
んな無茶な……。
いくら上級生でも流石にうざくなってきた。
もういいやと、カウンターの一発でも食らわせようかと思った。
その時――
「
ガッ!
神楽先輩が背後からパーマ男を殴った。
しかも椅子で。
「あうつぅ!」
パーマ男は後頭部を押え、その場で蹲った。
自業自得だが、スゲェ痛そうだ。
「ごめんね~、神西くん。こいつ、いつもこうなのよ」
神楽先輩は申し訳なさそうに謝ってくる。
俺に謝っている場合じゃないような気がする。
「……いえ。それより大丈夫なんですか、その人?」
「うん、大丈夫だよ。これくらいじゃ死なない奴だから」
神楽先輩はとても爽やかな微笑みを浮かべてくる。
その清々しさとは裏腹にやっていることは過激だった。
なんとなくわかってきた……。
――この人達、変だわ。
「……離れろぉ、俺のミカナから離れろよぉ、テメェ……呪うぞ、コラァ」
パーマ男はゆらりと立ち上がり、怨念めいたことを言っている。
「
「……東雲か? そいつはなんなんだぁ!?」
「生徒会の新しい副会長です。朝礼で挨拶したじゃありませんか? どうせ面倒で出てなかったんですね……」
麗花が呆れ口調で溜息を吐く。
「生徒会の副会長? 王田の代わりってのか? そのガキが……」
「神西 幸之です」
一応は先輩らしいので頭だけ下げて見せる。
「死ねぇぇぇぇっ!」
何を思ってか、また拳を振り上げてきた。
パシッ。
俺は掌で受け止める。
そこから、じーんとした痛みが伝わってきた。
おお……やっぱりパンチ力はあるな。
喰らわなくて正解だった。
「クソッ! ガキがぁ、一発殴らせろ!」
「嫌です。殴られる意味がわかりません」
なんだ、この先輩。
いや、
さっきから無茶苦茶だな。
身体がデカいくせに、幼児以下の思考じゃないか?
ムカつくからマジで一発入れるかなと思っていた矢先。
神楽先輩が、奴の後ろに回り込む。
俺に向けて、人差し指を唇に当て「しーっ」と悪戯っ子の笑みを見せた。
その仕草が一瞬だけ、詩音と重なる。
刹那。
スパーン!
「
今度は大きなハリセンで、奴の後頭部を叩いた。
「ガァッ!」
さっきのダメージも残っているからか、勇磨はその場で膝をつき頭を抱えている。
「本当にごめんねぇ、神西くん……怪我なぁい?」
「はい。ところで神楽先輩、そのハリセンは?」
「ん? お手製のマイハリセンよ。こいつの調教用なの」
まるで麗花のように毅然とした微笑みを零す。
にしても表情をころころ変える先輩だと思った。
にしても、マイハリセンって……。
「この状態じゃ、
「ごめんね……私の方でちゃんと言っておくから」
「お願いします。それじゃ行きましょう、サキ君」
「ああ、わかったよ」
俺と麗花は一礼して教室から出ようとする。
「神西くん――」
神楽先輩が呼び止めた。
「なんでしょうか?」
「こんな奴、簡単にぶっ飛ばせたのに一切手を出さなかったね? キミ、とてもカッコ良かったよ。嫌な思いさせてごめんなさい……良かったら、また遊びにおいで、ね?」
今度は愛紗のように優しく全てを包み込むような笑顔。
妙にドキッとしてしまう。
俺は「はい」と頭を下げ、その場から離れる。
神楽 美架那さんか……本当に不思議な先輩だと思った。
生徒会室に戻る途中。
「――あのまま、あの場にいたら危なかったわね、サキ君」
「危ない? 俺が?」
麗花の言葉に、俺はピンと来なく首を傾げた。
あの殴り掛かってきた赤毛パーマ男のことを言っているのか?
まぁ、俺は手を出してないから、そう見えたかもな。
打たれ強そうだけど、俺からすれば問題のない相手だ。
前に繁華街で戦ったチンピラ達より、ちょい上レベルかな。
「言っておくけど喧嘩とかの意味じゃないわよ……。あまり長居してたら、騒ぎに気づいて他の三人達も来たでしょうねってこと」
「他の三人? つーことは、さっきの赤毛パーマ先輩が……」
「――そう、昨日話した『勇者四天王』の一人よ。名前は『
「そうなんだ……へ~え」
いきなり問答無用で殴り掛かってきた、あの先輩が『勇者四天王』ねぇ。
戦闘力は大したことないな。
ぶっちゃけ、王田の方が余程危険で強いと思うぞ。
あれが『四天王』とやらのリーダー格なら、他も高が知れているなぁ。
今の俺なら、そっち方面でビビる事もないだろう。
「サキ君、随分と余裕そうだけど『三人寄れば文殊の知恵』って言葉もあるわ。まぁ、彼らの場合は四人かしら」
「麗花の言っている意味はわかるよ。けど、少し前にもっとおっかない連中とやり合っているからね……。年上とはいえ正直、今更感もあるかなぁ」
「昨日、話した筈よね? 他の学年の生徒や教師すら頭が上がらないって……これまでの彼らとは別の怖さがあるわ」
「つまり何?」
「仮に表沙汰になっても誰も何も言えないわ。現にさっきも勇磨さんがあれだけ暴れたのに、神楽さん以外誰も止めようともしなかったでしょ? 普通、誰かが先生に密告して様子ぐらい見にくるケースよ」
「……確かに、言われてみればだな。ましてや生徒会に対しての暴力行為だ」
「そう。これから私が顧問の先生に、さっきの事を相談しても彼の名前を出した瞬間、簡単に有耶無耶にされるでしょうね。仮にサキ君が負傷していてもよ。彼のお家柄なら、サキ君の治療費どころか、一生を支えるくらいの費用は簡単に出せるでしょうね」
「どっかの御曹司だっけ? 品性を欠いていて、そうは見えなかったけど……」
「世界有数の資産数兆円を誇る大財閥よ。彼はそこの長男らしいわ。見た目通りの『俺様』で相当甘やかされているようね」
典型的な『俺様』系のお坊ちゃまか……もう、そんなキャラはお腹一杯だな。
「他の三人の先輩も同じような感じなのかい?」
「大体そうみたいね。大手総合商社の御曹司とか、不動産王の息子とか、あと茶道の家元の後継者もいるわ。性格はバラバラだけど、唯一お互いだけは認め合っているみたい」
「神楽先輩は?」
「彼女は普通の人よ。ああ見えて相当苦労しているみたい……実はモデル以外にも色々とバイトを掛け持ちしているわ」
「そ、そうなの?」
あんなに明るくて華やかで可憐な人が……寧ろ『なんちゃら四天王』のことより興味深いや。
「確か、愛紗と同じシングルの筈よ。けどお母さんは体が弱くて働けないみたい。弟さんと妹さんもいて、まだ幼いって聞いたことがあるわ」
「……へ~え、実はとても頑張っている先輩だったんだね。でもよく
「そこは男女だもの……勇磨さんの気持ちもわかるわ」
「男女ね……」
「サキ君ってそういう所、相変わらず鈍いわね……本当、神楽さんにそっくり」
麗花は切れ長の瞳でじっと俺を見つめてくる。
とても冷やかな視線が注がれていることに気づいた。
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