第84話 『西』従姉と交した婚約の話




 夏純ネェの爆弾発言に、俺だけじゃない。


 愛紗、麗花、詩音の全員が口を開けて驚愕し絶句する。


 それぐらいの破壊力だった。



「お、俺が……夏純ネェと婚約しているだって? どういう意味だよ!?」


 戸惑い問い質すも、本人はドヤ顔のまま何も答えようとしない。

 それどころか組んでいる腕に、より力が入り密着してくる。

 おかげで、嫌でも二の腕に豊満な胸の感触が伝わってしまう。


 だが今は呑気に堪能している場合じゃない――。


 婚約? 実は親父達が勝手に決めた『許婚』だったとか?


 正直、あのイカれた親父ならやり兼ねない……。

 けど、親戚同士でそんなのあるのか?


 し、しかし、ずっと前に俺と約束したって……どういうことだ?


「サキくん……本当なの?」


 愛紗が悲しそうな瞳で問い質してくる。


「いや、それは、そのうぅ……」


 やばい――。


 完全にさっきの歯切れの良さを失っている。


 きっと、愛紗達の中で、それっぽく見られてしまっているぞ。


「サ、サキ君に限ってそんな筈はないわ!」


「嘘だよね、サキ? ……このお姉さんの言っていること嘘だよね?」


 麗花と詩音の言葉が、俺の胸に深く突き刺さる。


 俺もどう答えていいかわからず完全にパニックを起こしてしまう。


「あら? 私、嘘は言ってないわよ、サキちゃん覚えてないの?」


 しれっと夏純ネェは言ってきた。


 なんだと? 覚えてないだと?


 俺が彼女に何か言ったっていうのか!?


 ――まったく覚えがない。


 つーか、夏純ネェが大学に行ってから、ほとんど正月しか会ってねぇじゃん。


 高校だって、地元から離れていたから、そんなに会う機会がなかった筈……。


 ってことは、彼女が中学の頃? んで俺が小学生?


 昨日考えていた、胸の奥でつっかえているもやもや。


 きっと、それだと思う。


 けど駄目だ……思いだせない。


 沈黙した愛紗達の視線が、やたらと痛々しい。


 いっそみんなでブチギレてくれた方が、俺も言い訳……じゃなく、返答もしやすいんだけど。


 逆にショックがでかすぎて、憤怒より失意の方が大きいように見える。

 だから余計に痛々しい……こっちのメンタルまでやられてしまう。


「ぷっ」


 隣で、夏純ネェが噴き出してくる。


「アハハハハハッ! ごめんね~、みんなぁ! みんながあまりにも可愛すぎるから、お姉さん思わずイジっちゃいました~ん♪」


 ぶっちゃけながら腹を抱えて爆笑してくる。


 同時に張り詰めて、凍りそうだった空気が解消された。


「な~んだ、冗談だったんですかぁ」


「ま、まぁ、そんなことだろうと思ってたわ……」


「お姉さん、ひどい~! 悪趣味だぞ~!」


「あっ、でも、サキちゃんと婚約したのは本当よ」


「「「え!?」」」


 上げたと思ったら、また落としてくる、性悪女の夏純ネェ。


「か、夏純ネェ……もういい加減、教えてくれよ。悪いけど、俺、覚えがないよ」


 もう正直に尋ねるのが一番だと思った。


「ごめん、ごめん。まぁ、サキちゃんも覚えてないのは仕方ないかもねぇ――」


 微笑みを浮かべながら、夏純ネェは説明してくれる。




 ――それは、俺が8歳くらいの小学生で、夏純ネェが13歳くらいの中学生の頃だ。


 夏休み、お盆時期。


 親戚同士で集まり、俺と夏純ネェは普段通りに楽しく遊んでいた。


 そんな時、ふと俺から彼女にこう言ったらしい。


『僕ね、大人になったら夏純ネェと結婚してもいい?』


『別にいいよーっ』


 夏純ネェはあっさりと承知した。




「――って感じで、サキちゃんがプロポーズして、私が受けちゃったって話」


「……思い出した。言った……確かに俺、言ったわ!」


 あの当時は本当に、夏純ネェが大好きだった。


 でも異性というよりも優しいお姉さんとして。

 このまま離れてしまうなら、いっそ結婚してくれた方がずっと傍にいてくれる。

 ただ単に、それだけの子供らしい安易な考えで言ったんだ。


「そ、それ……今も有効なの?」


 愛紗が恐る恐る訊いてくる。


「まさか、8歳の頃の話だよ……結婚することがどういう意味かさえ、まともに理解してない年頃だろ?」


「か、夏純さんは、ど、どう思っているのかしら?」


 麗花はカミカミ口調で問い質す。


「流石に小学生低学年に言われて、この歳で未だにその気だってことは流石にないわよ~。超ウケるぅ~!」


 やっぱり揶揄からかっていただけらしい……段々、ムカついてきたけどな。


「じ、じゃあ、許嫁とか将来結婚が決まっているとかはないんだよね? ね?」


 詩音も念を押してくる。


「あるわけないじゃ~ん。私達、ただの従妹だよ~。ねぇ、サキちゃん?」


「あ、ああ……この姉さん、本当、人をおちょくるのが趣味なんだよ。質が悪いちゃありゃしない」


「忘れた、サキちゃんが悪いんだよ~ん」


「うっせーっ。そっちだって、たまたま思い出しただけだろ?」


「バレちった……テヘペロ」


 夏純ネェは舌を出しておどけて見せる。

 この中で一番年上なのに、一番子供のような気がする。精神面で。


「「「な~んだぁ。良かった~」」」


 愛紗、麗花、詩音の三人は安堵の声を漏らす。


「ごめんよ、みんな……何度も誤解を招いてしまって」


 はっきり言って俺はほぼ悪くないけどね。


 全部、夏純ネェが悪いと思う。



 こうして、ちょっとした『第二回、修羅場フラグ』をなんとか回避することができた。



 愛紗達は、これから自分達が泊まる部屋へ荷物を置きにリビングから離れる。


 何気に、夏純ネェと二人っきりになった。


 俺は深く溜息を漏らす。


「はぁ……夏純ネェ、冗談きつすぎ……。あの子達、本当にピュアなんだ。ああいう事すぐに間に受けちゃうから勘弁してくれよぉ」


「そうみたいね。見た目だけの悪い虫なら、直ぐに追い返してやろうと思ったけど……ドアフォンから様子を見ているだけでも、本当にサキちゃんの事が好きなんだと伝わったわ」


 夏純ネェの言葉に、俺は赤面してしまう。

 本当に、俺には勿体なさすぎる子達だから……。


「にしても、サキちゃん、いつの間にかモテモテだね~? ニコが言った通りだよ」


「え? ニコちゃん、愛紗達のこと話したのか?」


「まさか、あの口が堅い子が言うわけないじゃない……寧ろ、サキちゃんのことよ」


「俺のこと?」


「そっ、前より男らしくカッコ良くなったって」


 俺は再び赤面する。

 従妹とはいえ、年頃の女の子に言われると嬉しくて照れてしまう。


 夏純ネェは両腕を上げ、「んーっ!」と体を伸ばしている。

 まるで気まぐれな猫のような女性だ。


「それじゃ、私も着替えてくるかなぁ」


「どっか行くのかい?」


「ん? まさか、あの子達の前だから自重しようかなって思ってね。私だって変に誤解を招きたくないしね……でも帰ったら戻るわよ」


「ありがとう、気を遣ってくれて……」


 やっぱり夏純ネェは優しい。


 ちょっぴりお茶目でシャレにならないことやらかすけど、いつも最後はちゃんとフォローしてくれる。


 だから放っとけなく、今でも大好きなんだと思う。


 勿論、姉としてね。



 夏純ネェは背を向けて自分の部屋に戻ろうと俺から離れる。


 出入口付近で、ぴたっと足取りが止まった。


「あと、サキちゃん。一言だけ言ってもいい?」


「ん? なんだい?」


「――サキちゃんの嘘つき」


「え?」


 あまりにも小声で聞き取れなかった。


 夏純ネェは振り向き、にっこりと微笑んで見せる。


「なんでもないよん! あの子達と、どうなるかはサキちゃんの自由だけど、あんな素敵な子達を泣かせたら、お姉さん承知しないぞ~!」


「うん、わかってる……そのつもりだよ」


 俺が返答すると、夏純ネェは「はぁ~、いいなぁ。私も青春したいな~っ!」と大声を出しながら部屋へと戻って行った。






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