第82話 休日、さらなる『西』




 ドアフォンを確認すると、案の定『彼女』だった。


 うわ~、本当に来たよ……マジかよ。


 俺は玄関に向かい、恐る恐るドアを開ける。


 両手にボストンバッグを持った、大人の女性が一人で立っていた。


 綺麗にスーツを着込んでおり、服越しにでも十分に認識できる起伏のあるスタイル。

 茶色に染めた髪が真っすぐ背中辺りまで流れ、ぱっと見は相当の美人である。



「サキちゃん、久しぶり~! 元気してたぁ?」



 この女性は、『神西 夏純かすみ』と言う――23歳だ。


 そう。


 俺の親戚であり、もう一人の従姉いとこである。


「やぁ、夏純ネェ……久しぶり、元気そうだね?」


「なんか、サキちゃん、他人行儀ぃ! ん? 背伸びた? なんか全体が引き締まった感んじね? 部活か何かやってるの?」


「……帰宅部だよ。ほら、立ち話もなんだから入りなよ」


 俺は二つのボストンバッグを持ってあげる。

 ん? 意外と重いなぁ。


「あんがと。やっぱ、サキちゃん優しいね。力もついたみたい……軽々だもん」


 リビングに来た瞬間、夏純ネェはどさっとソファーに腰を下ろした。


「はぁ、疲れた~、もういいわ~」


「スーツ着て何かの仕事かい? 随分前に会社辞めたって聞いたけど……」


「就活よ、就活! でも、もううんざり。最初に勤めた会社も超ブラックで、セクハラとかパワハラで酷い目に合って来たし……いい加減、疲れちゃった」


 うん、確かに少し痩せたかもしれない。


「そう……せっかく、いい大学を出てもそれじゃ意味ないかもな」


 夏純ネェは大学までは成績優秀な才女だった。

 卒業後、一流企業で就職できたと思った会社が相当なブラック企業らしく、本人が言うような扱いを受けて半年で退社。


 そして現在に至っている。


 本人、曰く――。


「あ~あ、このまま社畜で人生終わるなら、いっそ異世界にでも行きたいわ~」


 だそうだ。


 これまで貯金を切り崩してなんとか生活していたが、そろそろ困窮してやばいとは聞いている。


 夏純ネェの両親は厳格すぎて頼れないもんだから、親戚である俺の親にすがってきたって来たってわけだ。


 ご存じの通り、親父もお袋も頭のネジが1~2本ブッ飛んだ性格だから、お互い気が合うのだろう。


「サキちゃん。制服着てるけど、今学校から帰ってきたの?」


「修学旅行から戻ってきたんだ。たまたま父さんの手紙があって読んでいたら、夏純ネェが来るからよろしくって書いていてびっくりしたよ」


「そう、流石叔父さん、やるぅ~」


(色々な意味でな……)


 つーか、親父もニコちゃんとの二人は駄目な癖に、夏純ネェとの二人はいいってどういうつもりだ?


 夏純ネェが大人だからか?


 いや、ただ単にJKと暮らすのがムカつくんだ……そういう親父だからな。


「夏純ネェ、このまま家に住むつもりなのか?」


「そうよ……来年にはニコが来る予定でしょ? ニコの叔父さんにも頼まれているから堂々とニートできるわ」


 堂々とニートだと?

 どうやら、この家に来た瞬間から、既に働く気は皆無らしい。


「でもアルバイトくらいはした方が良くね?」


「うん、そのうちね……着替えてくるわ。私の部屋、空いている所でいいよね?」


「ああ、いいよ」


 夏純ネェはボストンバッグを持って部屋へと向かった。

 


 俺は何故か彼女に対してどこか気まずさを感じている。


 昔っから、あんな感じでお互い仲が良かったし、よく一緒に遊んでくれた。


 ――俺にとっては本当の姉のような人なのだ。


 だから、ニコちゃんが家に住むようになったら、三人で住んでもいいと思っていた。


 けど、それはあくまで来年の話であって、今すぐとなると……。


 しかも二人っきりって……。


 理由はわからないけど……心の奥で何かが引っかかっているような気がする。



「あ~あ、やっぱり実家が気楽でいいわ~」


 夏純ネェが着替えて戻ってきたようだ。

 つーか、実家違うじゃん。


「サキちゃん、着替えないの?」


「ああ、今着替えるよ……家事とか分担だからね。協力してくれよ」


「んーっ」


 夏純ネェは生返事しながら、ソファーで雑誌を読み始めている。

 やれやれ……こんなんで、この先共同生活できるのか?


 俺はチラッと夏純ネェを凝視する。


 が、


 !?


「か、夏純ネェ! なんちゅう格好してんだぁ!?」


「サキちゃん、何?」


「いやぁ……その服はなんだって聞いてんだ!?」


「部屋着よ。何よ~?」


 彼女は立ち上がり向かい合ってくるも、俺は自分の目を覆い隠す。


 夏純ネェはキャミソール一枚に丈の短いデニム地のショートパンツのみの服装だった。

 大人っぽい見事なスタイルが、もろ浮き彫りとなっている。

 おまけに近づくと甘い香水の匂いがする。

 やばい……張りのありそうな胸の形とかくっきりとわかるんですけど……おまけに谷間丸見え。


「た、頼むから上に何か羽織ってくれない? ジャージ貸そうか?」


「嫌よ、暑苦しい。家では開放的な服装がいーの」


「じゃあ、エアコンの冷房でキンキンにするわ」


「やめてよ、サキちゃん! なぁに、アウェーなの!? 私がいたら迷惑なわけ!? キミって、そんな意地悪な子だっけ!?」


「違うってぇ! その姿をなんとかしてくれって言ってんだよ! こっちだって目のやり場に困るだろ!?」


 俺の言葉に、夏純ネェは「え?」と戸惑った表情を浮かべる。

 瞬間、にんまりといやらしく微笑んできた。


「なぁ~んだ、サキちゃん……そういうこと」


「そういうことってどういうことだよ?」


「私の体見て発情しているでしょ?」


「はあぁぁぁぁっ! 何言ってんのぉ!? してねーし、俺、発情なんてしてねーし! 意識しているだけだし!」


 俺の反応に、夏純ネェは腹を抱えて笑い出す。


「アハハハッ、ごめんねぇ、揶揄からかって……冗談だよ。今カーディガン羽織ってくから。それでいいでしょ、サキちゃん?」


「う、うん……俺も着替えてくるよ」


 俺は自分の部屋に戻ろうとする。


「――あのね、サキちゃん」


「なんだよ?」


 振り返ると、夏純ネェはその場で立ち竦んでいた。

 両腕を後ろに回し、頬を赤らませ照れ笑いを浮かべている。


「……あの言葉、覚えている?」


「え? あの言葉って?」


「……なんでもない」


 夏純ネェは速足で部屋へ向かった。


 途端、さっき感じた心の奥で引っかかっていた、もやもやした気持ちが蘇ってくる。


「あの言葉……?」


 部屋で着替えながら、しばらく考えるも何も思い浮かばない。




 リビングに戻ると、夏純ネェがさっきと同じ体勢でソファーでくつろいでいる。


 上に薄手のカーディガンを羽織ってくれているも、それでもまだ胸の曲線が浮き彫りになっていた。

 おまけに真っ白な素足が艶めかしい脚線美を描き絡まって組まれている。


 俺もあまりごちゃごちゃ言いたくないので、ある程度は割り切ることにした。


「晩御飯、何か作ろうか?」


「んーっ。サキちゃん、料理できるの?」


「独り暮らしだから、ある程度はね。でも有り合わせだよ……夏純ネェは――」


「それ、私に聞いちゃう?」


「……ごめん」


 そうだった。


 夏純ネェは頭が良く成績優秀だったけど、日常系がまるでポンコツだったんだ。


「嘘、カレーくらい作れるようになったぞ。時折、水分量間違えちゃうけどねぇ。あと、何故かしょっぱくなっちゃうんだよねぇ」


 絶望的じゃねぇか。


 駄目じゃん、ニコちゃんの方が余程有能じゃん。


「んじゃ、二人で分担して作ろうよ。そうやっとけば、そのうちスキルも上がるだろ? 来年、ニコちゃんも住むようになったら三人で分担だからね」


「そだね……その方が花嫁修業にもなるかぁ」


 夏純ネェの言葉に、また俺の心の奥がもやもやしてしまう。


 なんなんだ、さっきから……この気持ち……。



 俺は彼女に何かしているのか?






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