第57話 蹴り技特訓と影の勇者のトラブル




「まぁ頑張れよ……困ったことがあれば相談くらいは乗るから」


 俺は複雑な心境を抱きつつ、わざわざ情報をくれた間藤に向けて言った。


「はい、神西さん。ありがとうございます」


 こいつも身形だけじゃなく、すっかり丸くなったもんだ。


 話を終え、俺達はみんなが待っている所へと戻る。


「それじゃ、俺はこれで……皆さん、本当にご迷惑おかけしました」


 間藤は一礼すると足早に去って行く。

 特に最後まで、麗花に向けて手を振っていた。

 


 あいつ、俺に王田の情報を教えながら、実は生まれ変わった自分の姿を麗花に見せに来たのかもしれない。


 散々最低なことをした男だが、その想いに対する本気度だけは伝わる。

 そういう面では優柔不断な俺なんかより、まともな奴なのかもしれない。

 

 いくら身体を鍛えても、いざって時になんも決められない。

 本当に情けない奴だな……俺は。



「……やっぱり、サキくんって優しいなぁ」


 愛紗が言いながら、にっこりと微笑む。


「そ、そぉ?」


「うん。前の……『あの人』の件でも思ったけど、あんな目に合ったら普通は赦せないよ。でも、サキくんはきちん相手と向き合いながら過ちを赦している。とても豊かな気持ちに溢れている……それって凄いことだと思うよ」


 あの人か……きっと遊井のことを言っているんだろうなぁ。


「買い被りすぎさ。結局は何も被害がなかったからね……けど、俺だって絶対に赦せないことはあるよ」


「なぁに?」


「いや、それは……」


 やっぱり愛紗には言わない方がいいか。


 王田 勇星のこと。


 ――俺は奴が赦せない。


 自分で手を下さず他人を利用して、そいつの人生を狂わせている。

 しかも都合の悪いことは、みんな爺さんの力で無理矢理に捻じ曲げて隠蔽しまくる始末だ。


 間藤だってそうだ。

 本当は学校辞めたくなかっただろうに……あの様子だと本心じゃ麗花の傍にいたかっただろう


 そう思うと憤りを越えて怒りさえ芽生えていく。

 

 だから、これだけは、はっきりと言えるんだ。


 あんな奴に、愛紗を渡すわけにはいかない!


 ――愛紗は俺が守る!

 



 そして目的地である『火野ボクシングジム』に行く、俺達。


 リョウが親父さんにお願いし、特別にブースを借りることが出来た。


 そこで、シンに蹴り技を中心とした打撃の指導を一通り学ぶ。



 ズバァァァン――!



「うおっ!」


 俺はキックミットを持たされ、シンの蹴りを食らった。

 その余りにもシャレにならない威力と衝撃に、俺は何度も体制が崩されては倒されてしまう。


 こりゃガチファイトなら、絶対に負けていたと思う……。


「今度は、神西がやってみろ」


「わ、わかったよ……あっ、シン。俺のことは、サキでいいからな」


「了解。んじゃサキ、体重を乗せるように蹴るんだぞ」


 シンがキックミットを持って指示してくる。


 俺は頷き、言われるがまま蹴りを打つ。

 王田との件もあり、つい熱が入ってしまう。


 けど受け手のシンはまるで微動だにしない。

 それどころか軽く溜息まで吐かれてしまった。


「……拳撃パンチ技はチート級なのに、蹴り技は至って普通だな」


 悪かったな普通で。


「サキ君、股関節が固いのよ。だから体重も乗らず動きにキレがないんだわ。次の課題は決まったわね」


 シンと麗花の的確な感想に、俺も反論せず素直に頷く。

 

 う~ん、難しい……しばらく特訓が必要のようだ。



 俺がミット打ちしている間、愛紗は温かく見守りながら笑みを零している。

 格闘技に興味なさそうで、ただ俺達の姿を見て楽しんでいるようだ。

 まるで出来の悪い我が子を見守る母の眼差しを感じてしまう。


 詩音は「ボクササイズする~♪」っとテンションを上げて、リョウがインストラクターとなりミット打ちをしていた。

 その内、俺と一緒に習うとか言い出しそうだな。それはそれで嬉しいけどね。



 そして一時休憩している中、俺はシンと二人っきりになる。



 こりゃ話が聞けるチャンスかもしれない。


「……なぁ、シン。王田の事について聞いていいか?」


「別に構わない。けど勇星さんの不利になるような事は言えないぞ。風瀬って奴にも言ったが、完全に決別されたとはいえ、俺は勇星さんを遠くから黙って見守っていくと誓っているし、直接あの人にもそう伝えている。こうして技を教えているのは、サキに期待しているからだ」


「期待って?」


「あの人を……勇星さんを止めてくれる男として――」


「俺が止める……王田を?」


「きっと、そう遠くないうちに勇星さんは何か仕掛けてくるだろう。しかし、もうあの人に頼るべき伝手はない……勇星さんが直接動くってことは相当ヤバイことだと思ってくれ」


 ってことは、間藤の情報通り、もう爺さんのコネは使えない状況なのか?


「まさか、シンはその為に俺を指導してくれているのか?」


「そうだ。火野が言うように、お前の欠点は『経験不足とズルさがない』ことだ。そしてさっきの間藤の件といい……『優しすぎる』その性格だろうなぁ」


「……そ、そうかもな」


「んで、サキ。俺に何を訊きたいんだ?」


「――遊井 勇哉の件……あの時、試合前に言ったろ? 『遊井のように国外追放とか?』って」


「その件か……まぁ、奴の事に関しては別に教えてもいいだろう」



 シンは『遊井 勇哉』がどうなったのか、経緯と現在どこの国で何をしているのか詳しく教えてくれた。

 その衝撃すぎる全貌に俺は息が止まるほど驚愕してしまう。



「あ、あの遊井が、カンポジアで僧侶!? う、嘘だろ!? しかも、それも王田の手引きって……」


「ファンタジーみたいな話だろ? けどリアルだぜ。勇星さん……いや、あの人の爺さんにはその力がある。しかしもう――」


「もう?」


「……いや、なんでもない。とにかく、サキはさらに強くなる必要がある。お前自身のためにもなぁ」


「ああ、勿論だ」


 俺は頷き、特訓を再開する。


 しかし、遊井の件といい……まさか全て仕組まれていたとはな。

 同情する余地のない男だったが、何か複雑な想いを抱いてしまう。


 まぁ、奴がいないおかげで、愛紗達が伸び伸びと生活しているのは事実だけど……。






 次の日、放課後――。


「サキくん、大丈夫?」


 一緒に歩いている愛紗が心配し、その綺麗な顔を覗かせてくる。


「うん、歩く程度なら……今日も夕方にシンと特訓するんだ」


 俺は苦痛を堪え、愛想笑いを浮かべる。


 実は朝から両足と股関節が痛かった。

 あれから早速、麗花の訓練メニューに『両下肢の柔軟性と強化』が追加された結果ともいえる。

 まぁ、リョウとの地獄スパーリングに比べれば、まだ可愛い方だけどね。


 ちなみに今、俺と愛紗は生徒会長である麗花を手伝うため生徒会室へと向かっていた。

 庶務のヘルプみたいなもんだ。


「もうじき中間テストだけど、勉強進んでいるの?」


「ぶっちゃけ……微妙だけどね。けど勉強も一応は努力しているつもりさ」


 正直、麗花が作成してくれた問題集しかやっていない。


 きっと、今回の中間テストでランキング入りは無理だと思う。

 考えてみれば以前も奇跡みたいなもんだし、こうなりゃ期末で頑張るしかないと割り切っている。


 昨日の出来事から、今の俺にとって新たな肉体改造と強化に努める必要があると判断したんだ。

 とりあえず、蹴り技や肘打ちなどの打撃技をマスターしてみせる。




 そして生徒会室前に辿り着く。


 途端、ドア越しで何か男女が揉めているような声が聞こえた。


 一瞬、麗花かと思ったが彼女は掃除当番で、詩音が迎えに行っている筈なんだ。

 少なくても彼女ではないだろう。


「いい加減にしろぉ!」



 バシッ!



「きゃぁ!」


 男の怒鳴り声と何かぶつかる音、さらに女子生徒の悲鳴が聞こえた。


 こりゃ普通じゃないと、俺はノックもせず扉を開けて愛紗と生徒会室に入る。



「――な、何やってんだ!?」


 俺は咄嗟に声を荒げた。


 愛紗は隣で口元を押え、その光景に絶句する。



 そこに『王田 勇星』と女子生徒の二人がいた。


 女子生徒は床に倒れており、泣きながら頬を押えている。

 王田が仁王立ちで、そんな彼女を見下ろしていた。


 しかし、この女子。名前は知らないが見覚えがある。

 確か夏休みに生徒会室を訪れた際、身形を整えて出てきた生徒に間違いない。


 その女子生徒の制服とブラウスは乱れており、胸元とブラが露出している。


 あからさまに尋常ではない様子だ。






──────────────────


いつもお読み頂きありがとうございます!


もし「面白い」「続きが気になる」と思ってもらえましたら、

どうか『★★★』と『フォロー』のご評価をお願いいたします。


皆様の応援が頂ければ気合入れて更新を頑張っていきたいです(#^^#)


これからもどうぞ応援のほどお願いいたします!<(_ _)>




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る