第54話 暗殺者のジョブチェンジ
文化祭もなんとか成功に終わり、振替休日後から通常の生活に戻った。
休みの間、俺はダメージ回復に努め、麗花の問題集をひたすら解いている。
これから中間テスト期間となるからだ。
今まで疎かにしていた分、少しでも取り返さなければ……。
そのあと、いよいよ修学旅行である。
高校二年の最大のイベントだよな。
楽しみだな……そういや、どこに行くんだっけ?
「――確か、北海道だろ?」
登校時、リョウが教えてくれた。
「北海道か……景色とか綺麗そうだな」
「まぁ、夜景とか夕陽なんか綺麗だと聞くな。ここぞとばかりに告白する奴もいるらしい」
「え?」
リョウにしては珍しい事を言う。
告白か……。
俺はどうしたらいいんだろう……。
――ふと、愛紗と麗花と詩音の顔が浮かぶ。
もうどんな事があっても逃げないと誓ったのに、この問題だけはどうしても決められず、いつも逃げ腰になってしまう。
ある意味、勉強や身体を鍛えるより超難題かもしれないなぁ。
他所から見たら超贅沢な悩みなんだろうけど……。
学校にて。
みんなの俺を見る目が変わっていた。
以前のような、疎まれたり妬まれたりではない。
「神西君、おはよーっ、昨日はカッコ良かったよ」
あるクラスメイトの女子達が声を掛けてくれた。
自然体であり心からそう思ってくれているのが伝わる。
「ありがとう。頑張って練習した甲斐があったよ」
「神西お前、実は凄げぇ頑張っていたんだな……少し誤解してたわ~」
久しぶりに男連中にも声を掛けられる。
「まぁ、色々あったからね……」
なんか照れてしまって恥ずかしい。
でも嬉しい。本当に死に物狂いで特訓して良かった。
少なくても、このクラスで俺を『寝取りの神西』と呼ぶ者はもういないだろう。
リョウも傍にいて微笑ましく見守ってくれる。
本当こいつには一番に感謝しなければならないなぁ。
「男子はまだ許すよ。でも女子はサキに1メートル以内に近づいたら駄目だからね~!」
ふと隣の席で、詩音が俺に妙なフィールドを張ってくる。
カースト上位連中以外は大らかでフレンドリーなのに珍しい。
そういや文化祭でも、俺に彼女候補が増えたらどうとか言ってたなぁ……。
束の間。
ある男子生徒が教室に入った途端、教室の空気が異様に変わった。
特に女子達が「キャーッ♡」とか騒いでいる。
――浅野 湊だ。
もう真面目そうな猫背の陰キャではなく、背筋を伸ばし制服をラフに着こなしている。
眼鏡は外されており、髪も以前より整えられ切れ長の双眸を覗かせていた。
これが本来の姿なのだろう。
「よっ、神西おはよーっ」
おまけに気さくに声を掛けてきた。
「ああ、おはよう……顎と頭は大丈夫か?」
「まぁ、顎の方はまだ痛みは残っているが問題ない。それよりお前こそ大丈夫か?」
「実は結構、ダメージが残ってたりして……まぁ、普通には動けるよ」
「俺も本気で入れたからな。にしても回復も早いな、やっぱりスゲェよ……お前は」
浅野はブツブツ言いながら、自分の席へと座った。
以前と違い、彼を見る女子達の視線が熱い。
まぁ、男の俺から見ても相当なイケメンだからな。
けど女子達もつい最近まで、空気のようにシカトしていた癖に変わり身が半端ない。
「……浅野は王田に何もされてねぇようだな」
リョウは後ろから囁いてきた。
確かに、幼馴染の内島や間藤は決まって病院送りだったからな。
つーことは、まだ王田と繋がっているのか?
いや、それはない。
さっきの会話といい、王田とは決別したと考えてもいいと思う。
それに浅野と試合をした限り、リョウと同じような男気を感じた。
仮にまだ繋がっていたとしても、奴が俺に何か仕掛けてくることはないだろう。
っと、思っている内に、担任の田中が来た。
「よし、お前ら~、今日も一日ハッスルするぞーっ……って、誰だ後ろの奴!? どこの生徒だ!?」
田中は窓際の後ろ席に座る、浅野に向けて指摘した。
「先生、彼は浅野君でーす」
「あ、浅野? え? 嘘ッ!? ええーっ! その格好はどうしたんだ? 何があった!? 誰かに強制させられているのか!?」
田中がその変貌に馴染めず、一番戸惑っている。
「イメチェンです。何か問題ありますか?」
浅野は適当に言い、田中は「そ、そっか……頑張れよ」と妙な納得をしてみせた。
昼休み。
「浅野くん、放課後暇? 私達と一緒にカラオケ行かない?」
ある女子生徒数人が声を掛けている。
以前、遊井に顔を殴られた長澤さんとカースト上位グループの女子達だ。
どうやら、浅野を自分達のグループに入れたいらしい。
確かに風貌といい、あの運動神経といい上位グループに相応しい奴だ。
「悪いが自分の友達は自分で選ぶ。それに、あんたら俺に何をしたか忘れたのか?」
「え?」
「前に俺が坂本って奴に絡まれた時、あんたらは黙って見ていただけじゃねぇか? そんな連中と仲良くできるわけねーだろ? 違うか?」
「そ、それは……」
「俺は雰囲気や見た目だけで人の価値を判断しない。特に見た目は良くても、心がブスな女とは付き合うこともないだろう」
浅野は気持ちいいくらい女子達をブッた斬り、すっと席から立ち上がった。
凄げぇ……俺なら絶対に言えない台詞だ。
まるで、
あいつこそ、ある意味で勇者じゃね?
そして、浅野は何故か俺の所に近づいてくる。
「神西、一緒に昼メシ食いに行かねーか? 火野もよぉ」
俺とリョウを誘ってきた。
「俺は別に構わねーぜ。けど、サキはこれから詩音ちゃん達とハーレムなんだ」
リョウは切なそうに顔を伏せる。
お前、なんちゅうこと言ってくれるんだよ!
先約あるとか、もう少し言い方があるだろうが!
「だったら、北条さんも一緒にどうだい? 俺、おごるから」
「え? シンシン、おごってくれるの!? どーして!?」
詩音、シンシンって……いつもの間に仇名付けたんだ?
「ああ、転校初日に庇ってくれたろ? 俺は恩を恩で返す主義だ。それにあんたは見た目だけじゃなく中身も可愛い」
おい、浅野! 地味に詩音を口説こうとするのはやめろよ!
場合によっては、また俺と拳を交えることになんぞ!
けどガチの喧嘩じゃ、こいつに負けそうだ……。
「う~ん。もうじき、アイちゃんとレイちゃんも来るからねぇ……」
「じゃあ、みんなで屋上で食べようよ。それがベストじゃね?」
俺の提案で、全員が頷く。
話がまとまったと同時に丁度、愛紗と麗花が教室に入って来た。
みんなで屋上に行き、昼食を食べることにする。
「浅野くん、これ良かったら食べてね」
愛紗は小皿に、おにぎりとおかずを盛って手渡している。
「ありがとう、南野さん。結局、俺がおごられちまったみたいだな……」
「いっぱい作ってあるから気にしないでね」
優しくにっこりと微笑む。相変わらずの天使ぶりだ。
「浅野君だっけ? 文化祭での活躍見させてもらったわ。大した
麗花が興味本位で訊いている。
「格闘技を少々だ。しかし、全体の
確かに麗花は凄い。少しマッドっぽいが、本当にいつも助けられているよ。
麗花も褒められて満更ではなさそうに微笑みを浮かべている。
「そうそう、神西。今度、俺が肘打ちや蹴り技を教えてやるよ。お前は少しリアル・ファイトでも身を守れるようになった方がいい……今後のためにな」
「今後って?」
「みんながお前みたいにフェアでお人好しとは限らない。中にはルールも守れない、しょーもない奴もいる。これから逃げずに立ち向かうのであれば学んで損はない筈だ」
「……そうかもな」
浅野の奴、遠回しに『王田』のことを言っているのか?
わざわざ俺に言ってくるなんて、どうやら奴とは完全に決別したようだな。
まぁ、護身術と思えば学んでおくべきだろう。
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