第53話 文化祭の余興と終幕後の迷走




 俺の渾身の一撃で、浅野はダウンする。


 そのまま動くことはない。


 リョウはレフリーらしく、大きな声でテンカウントを数えている。


 その光景に周囲は静まり返っていた。



「――テン! 勝者、神西ぃぃぃ、サッキィィィーっ!」


 リョウは異様なテンションを上げ、俺の苗字と仇名をごっちゃにして勝利宣言をした。


 周囲から大歓声が沸き起こる。


「勝った……はは、勝った……痛てて」


 俺はへたりと座り込む。

 今頃になって、殴られた箇所に鈍い痛みが走る。


 なんとか耐えたけど、デタラメなパンチ力だった。

 リョウと互角……下手をしたらそれ以上かも。


 とにかく、浅野は強いと思った。


 ボクシングルールに則った勝負だった事と、こいつ自身が正々堂々と戦ってくれなかったら負けていただろう。

 少なくても喧嘩じゃ絶対に敵わない相手だと思った。


 けど、俺は勝った。

 こいつの条件を飲んだ上で勝ったんだ。


 自分の実力で――!


 そこは素直に誇っていいと思う。


 少なくても、何もしない何もできない『寝取り神西』から卒業できたんだ。



「ほら、サキ! 勝者なんだから、ガッツポーズくらいしろよ!」


「え? うん……ああ」


 リョウに差し伸べられた手を握り締めて立ち上がる。

 緊張と疲労で両足がガクガク震えてしまう。

 不慣れながら、観客に向けて手を掲げて見せた。



「サキーーーっ! カッコイイーーーっ!」


「サキくん、頑張ったねぇーっ!」


「パーフェクトよ、サキ君!」


 詩音と愛紗と麗花がリング傍まで来て声援を送ってくれる。

 特に彼女達に褒められると凄げぇ嬉しいなぁ。


 何せみんなの為に、俺は二ヶ月以上に掛けて、死ぬ思いで鍛えに鍛えまくったんだ。



「うっ……俺は……負けたのか?」


 浅野が意識を取り戻し、一人で起き上がってきた。


 三発も顎に食らわせたのに、やたら回復力が早い。

 やっぱ、喧嘩じゃ絶対に負けていたと思う。


「おい、浅野、大丈夫か?」


 俺は駆け寄り、手を差し伸べる。


 浅野は軽く手を払い、拒んで離れた。


「同情はいい……勝負は勝負だ。素直に負けを認めるよ、神西」


「……そうか。でも痛かったけど、楽しかったな」


「……楽しい? お前もそう思ってくれていたのか?」


「うん。真剣勝負だけど、スポーツには変わりないから……」


「スポーツか……もう少し真面目に取り組んでおけば良かったな……ボクシング」


「浅野は他になんの格闘技を習っているんだ?」


「打撃系なら大概は出来る。っと言っても、技を覚えて実戦で試して終わり……だから、組み合わせの我流っと言ってもいいかもしれない。試合ルールも、実はよくわからないんだ」


「そ、それでボクシング部の主将を秒殺か……それはそれでバケモノだな」


「俺よりバケモノの奴には言われたくない……なんだよ、欠点ねぇって。はっきり言ってチートじゃねぇか?」


「ははは……平凡がなせる技だよ。平凡を舐めんじゃねぇぞ」


「かもな……」


 互いに健闘し全てを出し切ったからか。

 不思議に浅野と息が合ってしまう。


 いや、元々そんなに悪い奴じゃないんだろう。

 ルールがわからない癖に、戦い方も凄くフェアだったしな。


 もし、こんな形で出会わなければ、きっといい友達になっていたかもしれない。



 ガタッ!



 観客席から椅子が倒れ、一人の生徒が足早に体育館から出て行く。


 王田 勇星だ。


 どんな表情かは見てないが、後ろ姿から苛立っていたのは確かだと思う。


「……勇星さん」


 浅野は切なそうな表情を浮かべる。


「神西、俺はもうお前に手は出さない……いやどちらにせよ、今の俺じゃ何をしても、きっとお前には勝てないだろう」


「そんなこと……」


「だが、俺にとって勇星さんは絶対だ。今後、あの人がどう動くかは知らないが、俺は止めることはしない。神西、お前自身があの人と向き合って止めるしかないんだ。しかしもう、お前の牙はあの人の喉元に喰らいつけるレベルだと俺は確信している。要はお前次第だと思う」


「浅野……」


「それじゃ、迷惑かけたな」


 浅野は軽く手を振って、リングから降りた。

 颯爽と体育館を出て行く。


 その後ろ姿をファンになった女子の数人が、奴の後を追って行った。



「……俺、次第か」


 頑張って勝って気分がいい筈なのに、妙な余韻が残っている。


 おそらく近いうちに、王田と決着をつける日が来るんだろうと、そう確信したからだ。



 こうして、俺達の余興は終わりを告げた。






 ~浅野 湊side



 急にウザくなった女子達を巻いて、俺は誰もいない筈の生徒会室に向かった。


 扉を開けると案の定、勇星さんが一人で佇み窓の外を眺めていた。


「――勇星さん、どうもすみませんでした」


 俺は潔く土下座をして謝罪する。

 このままボコられても仕方ないと割り切った。


「……相変わらず真面目だね、シン君は。そんな態度を見せられちゃ、もう怒るに怒れないじゃないか?」


「いえ、お役に立てずに申し訳ないと思っております。だから、どんな処分もお受けいたします」


「僕に恩義を感じているなら、お門違いだよ。あの時、シン君を助けて取り込んだのは、僕のストレス解消とキミが使える手駒だと思って利用しただけだからね」


「それでも俺にとっては恩人です。手駒として利用してくれたから、俺は強くなって生き残ることができたと思っています」


「本当にキミは真面目すぎるな……もう利用する気にもならないよ」


 俺は頭を上げる。


 勇星さんは、俺の目の前に立ち見下ろしていた。


 怒ることなく、悲しむこともなく、無表情でただじっと見つめている。


「シン君、キミはもう自由だよ。本来いるべき場所に戻りたまえ」


「……いえ、俺はこの学校に残ります。神西に負けた以上、貴方に加勢はできませんが、貴方の行く末を見守っていきます」


 俺の言葉に、勇星さんは特に何も言わずに出口へと向かう。


「好きにすればいい――」


 ただ、そう言い残し生徒会室を出て行った。



 敗者の俺は、勇星さんに見捨てられる形で決別されてしまうのだった。






 ~王田 勇星side



 やってくれたよ、神西。


 まさか、あのシン君と戦って本当に勝つとはな……。

 しかも驚異的な身体能力まで見せつけてくれるとはね。


 それだけでも、シン君は十分に役割を果たしてくれたよ。

 だから彼には何もぜず、ただ決別だけを言い渡す形で終わらせたんだ。


 どうせシン君は、もう使い物になりそうにないからね。


 それに彼の両親も息子同様に有能であり、おじいちゃんに非常に気に入られている。

 結局、僕はシン君を利用できても手は下せないってわけさ。


 したがってこれ以上、付きまとわれるだけ迷惑な話だ。


 ――にしても。


 神西 幸之……お前の実力は本物だ。


 そこは素直に認めよう。


 だが、まだその域ではないと感じた。

 少なくても、僕が期待するNO.1にはなれない。


 いや、正確には僕が奴の後に続く形でNO.2を演じるなんてあり得ない。

 そこまで自分を下げるつもりはないからだ。


 ましてや、あんな男が南野さんの傍にいるなどと……。


 ――断じて認めるわけにはいかない!


 お前如きに南野さんは渡さない。


 彼女は僕のモノだ。


 しかし、おじいちゃんの力もそう借りられない今では、どうしたらいいものか。



「所詮、僕一人……とはいえ、あの程度の奴に自分の手を汚すべきか……」


 僕の中で奇妙な迷いと葛藤が生じていた。


 神西の潜在能力ポテンシャルを認めつつ、心のどこかで何か腑に落ちない複雑な想い。



 例えるなら、日頃から密かに意識して片想いしている相手なのに、そんな想いを抱く自分が赦せず認めたくない。


 何故か、そう意固地になってしまうのだ。



 ……気は確かだろうか、僕は?





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