第44話 影の勇者の疑惑と玉座の転校生
王田 勇星のこと、やっぱり愛紗達に話した方がいいだろうか?
何度もそのことが頭を過ぎっていた。
今回の『軍侍 路美』の件といい、次第にエスカレートしている気がする。
いや、俺にハニートラップ仕掛ける時点で十分してるでしょ、これ!
しかも当人じゃなく、言葉巧みに他人を刺客として仕向ける周到さ。
遊井 勇哉のレベルじゃない。
いや、まだあいつの方がシンプルで良かったのか?
俺はスマホを取り、リョウに相談してみた。
『確信があっても証拠がねぇ……愛紗ちゃん達に伝えるのはまだ早いかもな』
「やっぱりそうか……」
『下手に動けば、サキ、お前が足元を掬われちまうことになる。特に王田は隠蔽することに長け、周囲の信用を勝ち取っているからな』
「一方の俺は『寝取りの神西』だっけ? 一年の間でも有名らしい」
『ハニートラップの子から聞いたのか?』
「ああ、だから敵を作りやすいらしい。その気になれば、リョウ達以外の全員が敵になるんじゃないか……そこまで考えてしまう」
『辛いか、サキ?』
「え? いや覚悟していることだし、俺はいいんだ。でも、王田は愛紗を狙っていることは確信している。麗花や詩音も、内島や間藤のように今後も人質や景品として利用され兼ねない。それが一番我慢できないんだ……そもそも、彼女達は遊井の幼馴染ってだけで被害者だろ? なんでそんな目に……」
『だったら尚更言うべきじゃねーな。知らぬが仏って言葉もある。彼女達には笑って過ごしてもらおうぜ』
「そうだな……ありがとう、相談に乗ってくれて。遊井の件といい、本当にリョウには迷惑を掛けるよな?」
『いいってことよ。他の連中がなんて言おうと、俺はお前を一番のマブダチだと思ってんだ。誰にも文句は言わせねぇ」
「うん、俺もそう思っている」
『まぁ、落ち着いたらメシでも奢ってくれ。俺はそれでいいからよぉ』
「わかった。明日、学校でな」
俺はスマホを切った。
翌日の朝。
登校したと同時に、俺とリョウは一年の後輩である耀平に呼び出された。
そして衝撃的な内容を聞かされる。
「――今度は、間藤が入院したって?」
「そうっす。橋の下で、誰かにボコられ裸で倒れているところを通行人に発見されたみたいっす」
「それで間藤は?」
「命には別状ないようっすけど、かなりの重傷みたいっす。こりゃプロの仕業っす」
「プロってなんだよ? 俺達のような元ヤンだってか?」
リョウが「第一、ヤンキーがプロなわけねーだろ?」と皮肉を込めながら訊く。
「ちげーっすよ! 大人の仕業っす! 実は俺、昨日間藤をボコってるっす!」
「「なんだと?」」
耀平から、路美と間藤のやり取りを聞く。
「……そうか、路美ちゃん。間藤と完全に決別したんだな。芯の強い子で良かったよ」
(この人、ガチでお人好しっすね……だからモテるんすね)
「んで、耀平。その子を助けたその後も間藤の跡をつけたんだな?」
「ええ、カラオケ店に入っているところまで見ているっす。その後、奴が店から出た痕跡がないっす。その代わり……」
「その代わり?」
「王田 勇星が店から出たのは見ているっす」
「マジか!?」
「ええ、火野さん……王田は店を出ながら、スマホで誰かに連絡してたっす」
耀平は自分のスマホを取り出し、カラオケ店から出てくる王田の画像を見せた。
「……本当だ。あの野郎!」
俺は怒りの余りに頭に血が上る。
今にも王田の所へ駆け出そうとした。
「待て、サキ! 昨日言ったろ! 下手に動くなって! それにこの画像だけじゃ何の証拠もねぇだろ!?」
「そ、そうだな……」
「サキ先輩、あんな間藤のためにキレるなんて凄いっすね……俺は自業自得だと思っているっすけどね」
「普通の奴はそうだが、こいつは違う。そこがスゲーんだ。まぁ、俺だけが知っている魅力ってやつだ」
(火野さんも案外、一途な男っすからね……いや変な意味じゃなくて)
「仮に王田と間藤が一緒にカラオケ店にいたとして、王田が出てきて間藤が出てこないのは確かに不自然だ。それで気づけば橋の下で全裸になって発見か……確かに素人じゃ無理だな」
俺は頭を冷やしつつ考察する。
「ええ、そうっす。ここまで周到にやれるのって複数のヤンキーでも無理っすよ」
「王田が雇った大人か仲間……ここまで隠蔽に長けているならヤクザか?」
「そうかもしれねぇっす。間藤、一度ヤクザの妻に手を出していたっすから、そっち関連かも……」
「どっちにしても幼馴染をそんな目に……なんて奴だ」
俺は自分も狙われていることを忘れるくらい憤りを覚えた。
一方で、リョウは何か考え事をしているようだ。
「どうした?」
「いやぁ、流石の俺もレベルを超えているなって、びびっちまってな」
「火野さんがっすか?」
耀平ですら驚く発言。
けど俺はなんとなくわかっている。
夏休みの海水浴での会話……。
リョウも内心じゃ王田とやり合うのは分が悪いと思っている。
それでも俺の事を心配してくれて一緒に戦ってくれているんだ。
やっぱり俺がもっとしっかりしなきゃ……。
こんな優しくて、いい奴に心配されなくていいくらいに強くならなきゃ……。
――勇者。
非現実的なのはわかっていても、どうしてもその言葉が過ってしまう。
でも、俺は――。
「リョウ、ごめんよ。俺のことに巻き込んでしまって……。」
「ああ? いいって言ってんだろーが。それに、びびっているだけで引く気はねーよ」
「リョウ……」
「売られた喧嘩はどんな奴だろうと買うのが礼儀だ。俺達の怖さを王田に思い知らせてやりゃいいだけのことだ」
「ああ、わかっている。それとリョウ、一つ頼みがあるんだけど……」
「なんだ、サキ?」
俺はリョウにあることを依頼する。
「……本気か、サキ?」
「うん、俺もこのままじゃいけないと思う」
「わかった……俺ん家、麗花さんより厳しいからな。覚悟しておけよ」
「ありがとう、親友!」
俺は決意する。
――みんなを守れる勇者になるんだと!
教室に戻り朝のホームルームが始まった。
「いきなりだが転校生を紹介する」
田中先生が、そう言うと周囲の生徒達がざわざわと浮き足だっている。
「入ってこーい」
「はい」
男の声だ。
何故か男子生徒達から残念そうな溜息が漏れる。
一方女子からは……。
「微妙……」
あんまり評価が良くないようだ。
ボサボサで前髪が長く、黒縁眼鏡を掛けている。
一見身長は普通っぽいが猫背でよくわからない。
「自己紹介しろ」
「は、はい……
うん、真面目っぽいが俯いて、どこか暗そうだ。
「なんだよ~、陰キャかよ~!」
男子生徒の誰がポロリと言い、みんながクスクスと笑う。
「いいじゃん! 誰かに媚売って過ごしてきた奴より、よっぽどカッコイイよ!」
詩音だ。
彼女の一言で周囲は沈黙する。
元々こういうのを嫌う奴だが、最近じゃ特に気持ちが強くなったと思う。
相手が多勢だろうと自分が正しいと思ったことを貫く強さだ。
本人曰く「サキに嫌われなければなんでもあり~♪」だとか。
言われた俺は告白されたみたいで、は、恥ずかしい……。
クラスの男子連中も、遊井との噂の件で詩音には頭が上がらず、女子からはイケてるギャルとして一目置かれているので悪戯に逆らえないらしい。
ある意味、彼女はチート使いだと思う。
「北条の言う通りだ。みんな仲良くするようにぃ。特にイジメはカッコ悪いよ」
田中先生は最後の厨二っぽい決めポーズで場の雰囲気を和ませようとしたが、逆に薄ら寒かった。
浅野は窓際の一番後ろの席に座る。
――あっ、そういえば、あの席って……。
「『玉座』の席じゃねーか。やっと全部の席が埋まったな……」
後ろから、リョウがボソっと呟く。
「そうだな……」
俺は頷きながら、おどおどと席に座る浅野を見据えていた。
玉座の席か……遊井 勇哉の特等席だった場所だ。
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