第41話 チョロインと彼の想い




「そっか……路美ちゃんは、それだけ間藤のことが好きなんだね」


 俺はムカつくどころか自然と笑みが零れる。


「え?」


 路美ちゃんのボタンを外す手が止まった。


「けどさぁ……間藤はキミのこと、どう思っているの?」


「……神西先輩の弱味を握れば安心して付き合ってくれるって……」


「え? それ可笑しくない? 俺なら好きな子にそんな危険な目には絶対にさせない。だって、一番に守ってあげなければならない存在だから」


「……そ、そうだけど」


「間藤がどういう気持ちで路美ちゃんに頼んだかは知らないけど、俺はキミが思っているような奴じゃないよ。内島の件は事故だと聞いているしね」


「お友達の火野先輩とも揉めていたって……」


「中学の頃だね。けど、こないだのサッカーの試合では潔く正々堂々と戦っていたよ。そういう意味で、内島はプロ意識の高い奴だと見直したんだ」


「……神西先輩って悪い人じゃないんですか?」


「色々変な噂を立てられているけどね。まぁ、他所からみたらそう見えるだろうし、仕方ないと割り切っている。けど、南野さん、東雲さん、北条さんも大切な友達には変わらないし、こればかりは誰になんて言われようと引き下がるつもりはない」


「それって、三人とも好きって意味ですか?」


 路美は鋭いところを突いてくる。


 俺は両腕を組んで必死に思考を凝らす。正直、自分で彼女達とどうなりたいのかわかっていない。


「う~ん。それはそれで、おこがましいよな……なんていうか、自分はまだその域じゃないっていうか……彼女達に相応しい男じゃないっていうか……『サキよ、身の丈知ろよ』って感じにも思える……結局、俺も自分自身で答えを出せてないんだよなぁ」


 本当、俺って優柔不断で駄目な奴なんだろうか?

 けど、三人ともそれだけ魅力的なのは確かなのだ。


「……そうですか」


 路美は脱ぎ掛けた服の身形を整え始めている。

 どうやら、もう大声を出す気ではないようだ。


「路美ちゃん?」


「どうも、神西先輩。大変お騒がせいたしました」


 きちんと制服を正し、俺に向けてペコリと頭を下げて見せる。


「い、いや、もういいよ……うん」


「それじゃ、失礼します」


「ああ……」


 彼女は背を向けて、扉に手を添える。


「それと、神西先輩……」


「はい」


「……まだ枠、空いてますか?」


「え?」


 俺は聞き返すも、路美は何も言わず扉を開けた。



「あ?」


 すぐ目の前に、間藤がいた。

 その後ろに、麗花と愛紗と詩音……それに王田まで。

 

 なるほど、そういう事か?


 俺と路美の秘め事を三人に見せて幻滅させる魂胆だったのか。

 学校内の不純異性交遊は男女とも退学だっけ?


 俺はともかく、無関係な路美ちゃんまで……赦せねぇ!


 拳に力が入る。

 前に出て、そのまま間藤に掴みかかろうと足を運こばせる。


 が、


 路美が間藤の前で、華奢な両肩を小刻みに震わせていた。


「――翔くん、これ、どういう事?」


「えっ、いやぁ……」


「打合せと違うよね? 私に何かあって来てくれるのは、翔くんだけの筈よね?」


「いや、この人達は助っ人で……」


「王田先輩はわかるよ……翔くんの幼馴染だから。でも生徒会長と南野先輩と北条先輩は関係ないよね? これって間違ったら、神西先輩と私が退学になっている状況じゃないの?」


「ちげーよ! 神西が無理矢理にって言えば、お前は問題ねぇだろ!? 少しは頭使えよな――しっ、しまったぁ!」


 路美に責め立てられ、間藤はあっさりボロを出した。

すぐ気づき慌てて口元を抑えるが、もう遅い。


「……つまりこれは間藤君の質の悪い悪戯ってわけね」


 麗花が冷たい口調で状況を見破る。


「悪戯のレベルじゃないよね? 下手したらサキやその子も退学だよ?」


「間藤くん、どうしてそんな酷い事するの?」


 詩音と愛紗も半分キレぎみで問い詰める。


 間藤は目を泳がせ、焦りながら体を震わせている。


 こいつは、その甘いマスクから常に女性達を利用し守られながら、これまで生きてきたと聞く。

 その化けの皮も女性達によって剥がされようとしているのだ。


「いや、東雲先輩……こ、これはっすね……――」


「――ったく、しょうがないなぁ。ショウくんは」


 王田がタイミングよく割って入って来た。


「王田君?」


「会長……ショウはね。ずっと前から、東雲会長に好意を持っていたんだよ」


「え?」


 麗花が戸惑いを見せる。


「きっと神西君に嫉妬したのでしょう。一年生の間でも、遊井君と彼の件は知れ渡っているからね」


「そ、そうなの、間藤君?」


 麗花の問い掛けに、間藤は無言で頷く。

 こいつが麗花に気があるのは本当のようだからな。


「でも、こんなやり方は駄目よ。私は堂々とした真っすぐな人が好きよ」


 言いながら、チラっと俺の方を見てくれる。


「そだぞ~、少年! こう見ても、レイちゃんは一筋なんだぞ~!」


「誰かを犠牲にしてなんて絶対によくないよ!」


 余計な事を言う詩音に、正論を言う愛紗。


「……すみません、先輩。俺ぇ、俺ぇ凄く反省しています……う、ううっ」


 間藤は顔を伏せ、みっともなくメソメソと涙を流して泣き出した。


 ん? よく見ると右手に何か握っているぞ?


 目薬か!? あの野郎ッ! 泣き真似してんじゃねーか!?

 反省しているどころか、ここぞとばかりに女子達に媚売ってんじゃん!


 案の定、キレかかった麗花達のボルテージがすっかり下がっているぞ。


 王田の切り替えしで、騒然だった場が一気に収まりつつあるじゃないか?

 全て計算づくなのか? 幼馴染同士とはいえ、なんちゅう連携プレイだ。



「――翔くん、もういいよ。だから顔を上げて」


 路美はあっさりとした口調で諭している。


「……ろ、路美?」


 間藤が顔を上げた。


 その時――。



 パン!



 路美が間藤の頬を平手打ちした。


「い、痛ぇ!?」


「本当、嘘ばっかりで最低ッ! もう二度と私に話し掛けないで!」


 路美は俺に向けて深々と頭を下げて足早に去って行った。



 間藤は打たれた頬を押さえている。

 王田が近づき奴の肩を抱いた。


「会長、彼の件は僕に免じて穏便にしてくれませんか?」


「ええ、わかったわ……被害者のサキ君もそれでいい?」


 麗花に振られ、俺は用具倉庫から出た。

 間藤でなく、王田に近づき対峙する。


「ああ、勿論だ――但し今回だけだからな」


 奴の目を見て睨み、しっかりと警告する。


 対して、王田はニヤッと薄く微笑んでいる。


「……神西君は優しいね。みんなに好かれる理由がわかってきたよ」


「そりゃ良かった……今度は俺の違った魅力を見せてやるぜ」


「その時がくればね……それじゃ、また……南野さん」


 王田は表情を変えず、愛紗に向けて軽く頭を下げる。


「うん。じゃあね、王田くん」


 彼女は意味がわからず社交辞令の挨拶を交わした。


 王田と間藤はその場から立ち去って行く。



 俺は奴らの後ろ姿をじっと睨みつけている。


「ぬぅ~~~!」


 不意に詩音が俺の顔を覗き込んできた。

 なんか不審な表情で見られているんですけど。


「……なんだよ、詩音?」


「サキ、本当にさっきの子に手出ししてないよね?」


「彼女のあの反応を見ればわかるだろ? それに初対面な子に何をするってんだ?」


「イチャイチャ、ラブラブ」


「はぁ!? まだみんなとも我慢して何もないのに、なんでろくに知らない子と、んなことしなきゃならないんだよぉ!?」


「「「え!?」」」


 俺の発言で三人は硬直する。


 あれ? 俺、何か地雷踏んだか?


「サ、サキ君って、やっぱり普段からそうしたいと思ってたのね……」


 麗花が頬を染めて恥ずかしそうに訊いてきた。

 し、しまったぁ! つい本音がぽろりしてしまったぞ!


「違う! そういう意味じゃなくて……俺も、みんなを守れる男になってだなぁ!」


「にしし~♪ やーい、エロサキぃ。でも女の子として意識してくれて嬉しいよん」


「それだけ、わたし達を大切に思ってくれているからだよね?」


「あっ、いやぁ、そのぅ……」


 詩音と愛紗の言葉にだじろいでしまう、俺。

 これ以上、喋ったら墓穴を掘りそうだ。



 にしても、さっきの路美ちゃん。


 凄げぇいいビンタ……いや迫力だった。


 彼女のおかげで、俺もすっきりしたから、王田への警告で済ませたようなもんだ。

 


 ――軍侍 路美か。

 


 少しだけ彼女を見直した。







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