第36話 騎士道を貫く代償




「よっしゃー! 勝ったどぉぉぉっ!」


 ミラクルが起こった。


 俺達素人クラスが、内島 健斗が率いるサッカー部軍団に試合で勝ったんだ。

 

 何せ、相手はプロからスカウトされている程の相手だからな。

 ハンデがあったとはいえ、奇跡的な大勝利だ。



 俺が歓喜の声を上げる中、リョウが駆け寄ってくる。


「おう、サキ! やったじゃねーか!? 特訓の成果も出ていたんじゃないか?」


「特訓だと……?」


 負けたショックで蹲っている内島が顔を上げ訊いてきた。


「ああ、そうだ。サキは期末テスト前から夏休み中、ずっと身体を鍛えに鍛えまくっている。麗花さんのプロデュースの下ひたすらになぁ」


 リョウの説明で、内島は不審そうに顔を顰める。


「神西……お前は帰宅部だろ? 何故そこまで鍛える必要があるんだ? お前は何者なんだ?」


「え? なんでだろう……強いて言えば『勇者』を目指しているからかな?」


「勇者を目指すッ!? 本気で言っているのか!?」


「……まぁ、それとなく」


 なんか今の俺、「やっちゃいました系主人公キャラ」になっているような気がする。


 ただ麗花に出された課題を嫌がらず、無理のない範囲で効率良く、ただ真面目にやっているだけなんだけどなぁ。


 まぁ、頑張って成果見せれば、麗花の貴重な笑顔も見られるし……それが一番の目的なんだけどね。

 さらに愛紗も栄養面で気を遣ってくれるし、詩音も一生懸命応援してくれるから余計にハッスルしちゃうんだ。


「はっ、はははは……」


 内島は跪いたまま空を見上げて薄気味悪く笑っている。

 まるで頭のネジが一本外れたようだ。


「内島、テメェ何が可笑しい? つーか、サキとの約束を守れよ!」


 リョウが釘を刺してきた。


 内島は立ち上がり、俺のじっと見据えている。

 何故かとても清々しい微笑を浮かべながら。


「――負けたんだ。しゃーないわ」


 妙に嬉しそうな口調。


「本当にいいのか?」


「俺はサッカーでは嘘をつかない……ただ北条ちゃんを無理矢理っていうのは嘘だからな。俺が勝ったら、もう一度堂々と告白しようと思っていたんだ」


 随分潔い奴だと思った。

 いや、元々そういうキャラなのかもな。


 全部、王田によって凶悪なヤンキー像を演出されたようなもんだ。


 そう思えば、内島も立派な被害者なのかもしれない。



「サキ~っ! やったね~☆」


 詩音が笑顔で手を振って走ってくる。

 その後ろに麗花も微笑んでついてきた。


「ああ、これも詩音と麗花が応援してくれたおかげだよ」


「そんなことないわ。それに、しっかりフィジカル・パフォーマンスが発揮できて嬉しいわ。日頃から、サキ君が真面目に取り組んでくれるおかげよ」


 麗花らしい口調で褒めてくれる。

 今回の試合内容もデータを取って今後の強化メニューに追加されるらしい。

 すっかり『勇者育成トレーナー』だ。


「サキ、とてもカッコよかったよ~! あと内島ッチもね~♪」


「え? 俺も?」


 好きな子からの思わぬ労いの言葉に、内島は驚いた顔を見せる。


「そっだよ。正々堂々と戦う一生懸命な男子って、やっぱイケてるね~。勝敗は二の次だよぉ!」


「北条ちゃん……サンキュ。なんか凄げぇ勇気もらえたわ」


「にしし~♪」


 照れ笑いを浮かべる内島に対して、無邪気に白い歯を見せる詩音。


 やっぱり詩音は素敵な子だと思う。

 俺も彼女を守るため、本気で頑張った甲斐があった。



 内島は背を向ける。


「そんじゃなぁ、神西に火野……無茶ぶりして悪かったな」


「お前はこれからどうするんだよ?」


「……別に。俺は自分の人生を歩むだけだ……もう誰にも操られねぇ」


「まさか……王田と?」


 俺の問いに、内島は答えることなく立ち去って行く。


 最後に一言だけ「北条ちゃんを泣かしたら、承知しねぇぞ」とだけ言われた。



「あいつ……多分、けじめつける気じゃねーか?」


 隣でリョウがぽつりと呟く。


 俺は何も答えることができず、黙って奴の背中を見送った。






 ~内島 健斗side



 放課後。


 神西に負けた俺は校舎裏に呼び出されていた。



「――説明してもらおうか、健斗」


 呼び出したのは、勇星だ。

 

 奴の後ろに、翔も暗い表情で俯いている。


「見ての通り、神西に負けてこのザマだ……火野にも睨まれているし、もう俺は手出しできない」


「……そういう事を訊いているんじゃない。なんだ、あの試合はっという意味だ。僕は神西を徹底的に叩きのめして辱めろと指示した筈だ。その為に、わざわざ舞台をセッティングしてやったんだぞ」


「わかっている。しかし、サッカーを汚すような真似は俺にはできない。試合はあくまでフェアだ。結果がこうなっちまって、勇星の期待に沿えなかったのは悪かったと思っている」


「そうか……悪かったと思っているならいい。次の手を考えよう」


「――勇星、俺はもう降りるぞ」


「なんだって?」


「さっきも言った通り、神西には手を出さない」


「……僕を裏切る気か?」


「裏切るんじゃねぇ。見限るんだ……勇星、お前とは今日でこれっきりだ」


「散々好き勝手に暴れて、僕がその尻拭いをしてやったんだぞ」


「元を正せば、全てお前がストレス解消で俺に指示してさせた事ばかりじゃねぇか? 別に周囲に言ってもいいぜ。マスコミだって構わねぇ……その代わり、テメェの悪行を全部ブチまけてやるぜ」


「健斗……貴様……」


「勇星。お前は気づかなかったかもしれねぇが、中学からずっと今の今まで、お前との会話を何回か録音しているんだぜ……万一、自分の身を守るためになぁ。お前がいくらジジィのコネを使って警察は黙らせても、みんなの耳に入っちまったら火消しできんのか?」


「……健斗」


「当然、目立つよな? NO.2どころか周囲から危険視されるんじゃないか?」


「……健斗ぉ!」


「じゃあな。もう二度と俺に関わるんじゃねーぞ。NO.2」


 俺は背を向け、その場から立ち去ろうとした。



 その時――



 ガッ!



 後頭部から衝撃と激痛が走る。


「ぐぅ!」


 俺はうつ伏せで、その場に倒れてしまう。

 頭を抑え、後ろを振り返る。


 勇星が『特殊警棒』を握り締めて立っていた。


 俺の後頭部から、つぅと血が流れ落ちる。


「ユ、ユウ兄ぃ……?」


 翔は何が起きたか理解できず、ただ唖然として魅入っていた。



「許さない……僕を裏切ることは許さないぞぉ! 健斗ぉぉぉぉっ!」


 勇星は完全にキレちまっている。



 その後も特殊警棒で何度も俺を殴りつけた。




 しばらくして。




「ハァ、ハァ、ハァ……」


 勇星の手に握られた金属製の特殊警棒が、ぐにゃりと折れ曲がっている。


 その凄惨な光景に、翔は「ひぃぃぃっ!」と恐怖で喉を鳴らした。


「ケ、ケン兄ぃ!? ねぇ、ユウ兄ぃ! ケン兄ぃが動かないよぉ!?」


「うるせぇ、クソガキがぁ! いちいち、ビクつくなよぉ!」


「でもぉ!」


 翔は体を震わせ動揺している。

 

 一方で、勇星はポケットからスマホを取り出していた。


「大丈夫だぁ! 僕を誰だと思っている!? 今、祖父に頼んでやるよ――おじいちゃん、僕だよ。またお願いしたいことがあるんだ……うん、そう、ありがとう。また連絡するよ」


 勇星はスマホの通話を切ると、深呼吸を繰り返し荒ぶる気持ちを落ち着かせる。


「……これで問題はない。一人、無能なカスが消えただけだ」


「あ、ああ……ケン兄ぃ……ッ!」


 パニックを起こした翔は、倒れている健斗の傍へと駆け寄る。


「ぐふっ……」


 咳込み、ぴくっと背中が動いた。


「良かったぁ……生きてる! 今すぐ救急車呼ぶからな!」


「待て、翔!」


 勇星は背後から、翔の肩をぐいっと掴んだ。


「ひぃっ!」


「そう、びびるな……救急車は僕が呼んでやる。階段から転げ落ちたことにしよう」


「わ、わかったよぉ」


「だから翔……お前は、神西を仕留めるために動け。いいな?」


「まだ、やるの? もういいじゃん! これ以上、何かしたらユウ兄ぃだって目立っちまうだろ? な?」


「……それなら手に入れるモノを手に入れてから、しばらく姿を消す。簡単な話だ」


「手に入れるモノ? な、なんだよぉ、それ?」


「皆まで言う必要はない……とっとと動けよ。でないとお前こそ、もっと酷い目に合うんだからなぁ……」


 勇星は銀縁の眼鏡越しで、鋭く翔を睨みつける。

 

「わ、わかった……任せてくれよ」


 間藤 翔は頷き逃げるように、その場から走り去る。



 勇星は救急車を呼び、しばらく立ち尽くしていた。

 


「南野 愛紗……必ずキミを僕のモノにしてみせる……」


 その名を口にし、不敵な笑みを浮かべていた。






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