第31話 影の勇者の思惑と決意




 ~王田 勇星side



「ケンちゃんにショウ、よく来てくれたね。一曲歌うかい?」


「ああ? いいよ、別に……それが目的じゃねえだろ。今、同じ部屋から見慣れねぇ女が通り過ぎたぜぇ?」


「ユウぃ、またセフレ増やしたろ? 何人目よ? ハーレムでも造る気かよぉ」


「ショウは米粒の数をいちいち数えながら食べるのかい?」


「あはっ、違いねぇ」


 二人は呆れ顔で、僕と対面した長椅子へと座る。


「んで、勇星。俺らに話って何よ~?」


「まぁ、まずはケンちゃん、サッカー決勝戦惜しかったね」


「ん? ああ、坂本が試合に出れなくなったからな。同じFWの俺に負担が掛かっちまった……まぁ、居たとしても結果は同じだがなぁ」


「ケン兄ぃ、それって遊井パイセンに足首折られた奴だよねぇ?」


 翔が無邪気な笑みを浮かべる。


「まぁな……けど、俺の活躍でマスコミが注目してくれてよぉ。上手く行けばプロになれるかもしれねぇ」


「そりゃめでたい……元ヤンからの逆境物語。シナリオとしてはいいんじゃない?」


「お、おい……勇星。頼むから、俺を遊井みたいに扱うのはやめてくれよぉ……俺はあそこまで図太い単細胞じゃねぇからよぉ」


「ははは、ケンちゃんにはそんなことしないよ。キミが居なければ、今後誰と本音を語り合えばいいんだい?」


「ならいいわ……へへへ」


 健斗は強面顔を引きつらせている。


 今でこそチャライ身形だが、一昔はバリバリのヤンキーで中学生ながらも暴走の頭を張っていた。

 その恵まれた体格から喧嘩は負け知らず、窃盗や傷害事件は当たり前で散々の悪行を重ねてきた外道だ。


 普通なら少年院に入っても可笑しくないだろう。


 それで警察に追われる度に、いちいち僕に泣きついてくるから、祖父に頼んで揉み消したり示談させてきたんだ。


 だから健斗は僕には逆らえない。

 頼めばなんでもしてくれるだろう。


 それこそ非人道的なことなど当たり前に――。



「ショウもこないだの人妻はどうした? 確かヤクザの奥さんだっけ?」


「危なく事務所に連れ込まれるところだったよ~。ユウ兄ぃには感謝っす♡」


 合掌し頭を下げて調子よくおどけて見せる、翔。

 こいつも中々の外道だ。


 その可愛い系のルックスから、気に入った年上の女なら誰にでも手をつけてしまう見境ない奴だ。

 一部では「年上キラー」とも呼ばれている。


 僕が言った通り、ヤクザの人妻にまで手を付けて捕まり、事務所に連行されそうになった。

 そのまま放っておけば、今頃海に沈められているか、運が良くても指を何本か失っていたかもしれない。


 こいつも僕がおじいちゃんに頼んで金と権力で揉み消してくれたんだ。

 だから、翔も僕の言う事なら大抵のことは聞いてくれる。


 便利のいい手駒共って奴だ。


「ほどほどにしてくれよ。僕のことじゃないとはいえ、おじいちゃんに頼むには恥ずかしい内容なんだからな」


「はぁ~い」


 翔はさも身に沁みったように返事をする。

 きっと微塵も反省してないだろう。


 生まれながらに恵まれたこいつは、そういう奴だ。


 社会に出て歳を取れば、そんなメッキなどいとも簡単に崩れてしまうか、次の奴に奪われてしまうってオチなのに……。


 だから僕の生き方は、そうならないための処世術だと思っている。


 僕がこいつらを見放さない理由も、自分を目立たせず手を汚さないための運用目的にすぎない。



「――雑談はここまでにしょう。それじゃ本題に入るぞ」


 僕は両腕を組み口調を変えた。


 途端、フランクだった二人の態度が一変する。

 表情が引き締まり、緊張感を持って聞く姿勢となっていた。


 僕は軽く咳払いをする。


「まずは先程、名前が出た『遊井 勇哉』の件だ。悲しいことに、奴の後継者が見つからない」


「後継者? 勇者だっけ? 完全に厨二病だぜ」


「ユウ兄ぃも勇者って呼ばれているんだよねぇ?」


 翔の言葉に、僕は流し目で視線を合わせる。


 健斗が気づき、肘を押し付けて無言で制止を呼び掛けている。

 途端、翔の表情はサッと青ざめていった。


「ご、ごめんよ……ユウ兄ぃ……」


「いや翔、別に構わない。寧ろ名誉なことじゃないか? ただ、そのネーミングは庶民が羨望により生まれたモノだ。羨望は嫉妬や劣等感、やがて敵意を向けられかねない。そうならないよう、常に目立たず舐められない『二番』ポジでいる必要があるんだよ」


「そういや、もう一人勇者って呼ばれている奴がいたな……遊井と同じクラスで噂じゃ、奴を倒したっていう……」


「――神西 幸之。一度、奴に会ったが駄目だな。スター性もなければ遊井のような欲もない」


「けど、ユウ兄ぃ。あの南野先輩や東雲先輩、それに北条先輩を遊井から奪ったんでしょ? それだけでもスゲー先輩じゃない?」


「あの三美神は、元々強制的に遊井に利用されていただけだからな……その気になれば奪うのは簡単だ。けど僕はそれをやらなかった……理由はいつも述べている通りだ」


「二番にいること……目立ちたくないのはわからなくもないが、北条ちゃんだけでも奪って欲しかったな」


 健斗は本音を漏らす。

 元ヤンのこいつは北条さんのようなギャル系が前々から好みのようだ。


「お、俺ぇ! 断然、東雲生徒会長だね! あの胸といい色気が堪んねぇよぉ!」


 翔は東雲さんのような、如何にも年上って感じの美人系が好きらしい。

 

 まぁ確かに二人共、凄く魅力的なのは認める。

 あの見境ない猿のような遊井が手を出さず、唯一傍に置くだけでも良しとする女子達だ。


 しかし僕は断然――


「南野さんかな……」


「「え?」」


「なんでもない、忘れてくれ……話を戻すと、遊井ポジが不在な今、どうしても僕は目立ってしまう。若干ストレスが堪るが、これまで以上に自粛するつもりだ」


「んなことしたら、セフレが4桁になるんじゃないか?」


 健斗は真面目な顔で言っている。

 こいつは、ふざけて言っているんじゃない。


 僕なら、やり兼ねないと本気で思って言っている。

 一番、僕の気性を熟知しているのは、こいつだからだ。


「……そうならないよう、奪うモノは奪いたいと思っている」


「奪いたい? ユウ兄、一体誰からだよ?」


 翔に問われ、僕は口角を吊り上げニヤッと笑みを浮かべる。


「――三美神……神西からだ」


「「え?」」


 健斗と翔は驚いたまま固まった。

 

 僕が他人のモノを欲しがるのは珍しいからな。


「それって、北条ちゃんも含むのか?」


「勿論だ」


「東雲先輩も?」


「そうだ。奪った暁には、二人共お前たちにくれてやる」


 僕は平然と言った。

 本当の目的はただ一つだからな。

 それが果たせれば、後の二人はどうでもいい。


「けど……どうやって、神西から奪うんだ? 俺は女子相手に暴力とかは流石に嫌だぜ……それに神西には、あの『火野 良毅』がいる。勇星だって知っているだろ? 火野の本気のヤバさを……」


「特に東雲先輩は『塩姫』って呼ばれるくらい頭が良くてガードも固いしょ? 副会長のユウ兄ぃでも攻略難しくね?」


 健斗と翔からの思った通りの返答。

 こいつらは自分可愛さに、いざとなったら決まってこうだ。

 僕を裏切ることはないが、いちいち細かい指示をしないと使えない手駒達でもある。


「……神西には遊井と同じ末路を辿ってもらう」


「なんだって?」


「どういう意味だよ?」


 眉を顰める健斗と翔。


 僕は悠々と長い足を組んだ。


「――自滅だよ。自分の無能ぶりを知ってもらって、彼女達から手を引いてもらう」


 そうだ。


 遊井が自らボロを出し自滅して退場したように、神西にも自分の無能さを知って彼女達と別れてもらう。


 自分から去るか、あるいは彼女達から幻滅して離れてもいい……。



 ――そう仕向ける。


 ――手段は選ばない。



「その為に、お前達を呼んだんだからなぁ……拒否権はない。いつもの通り従ってもらうぞ」


 僕は凄むように二人を睨みつける。


 健斗と翔は無言で頷いた。


 あんな雑草のような男、この二人で十分だろ。

 火野とて暴力でなければ力を発揮できない男だからな。



 全て、僕が指示するプラン通りに動いてもらえば問題ない。



 今度こそ、僕は必ず手に入れてみせる。




 南野 愛紗さん、キミを――




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