第30話 影の勇者と同じ穴のムジナ達




 ~王田 勇星side



 中学の頃、遊井 勇哉は成績表を見せつけながら僕に耳打ちしてきた。


 世の中は、勝ち組と負け組に別れており、自分は常に勝つ側にいるのだと……。


 ――僕はそうは思わない。


 スポーツやゲームなど勝つ工程にある種目は別だ。

 それが前提のルールだからね。


 けど人生は必ずそうだとは言い切れない。


 僕の家系は政治家一族であり、祖父と父親は超有名な代議士だ。

 特に祖父の力は圧倒的であり、その影響力は下手をしたら国内において社会のルールすら捻じ曲げかねない。


 だけど地元に戻れば支援者達にペコペコ頭を下げている。

 アレらは自分らのステータスを上げるための利用価値のある庶民だからだ。


 半面、祖父と父親も家に帰ったら横暴であり、祖母や母親に平気で暴力を振るっていた。


 きっと外では気が張り詰めてしまい、母親達はそのストレスの捌け口とされていたんだろう。


 そんな大人達を見てきた僕にとって、彼らが勝ち組とは思えない。


 人間として負けているような気がしてならなかった。

 


 長男である僕も当然高みを要求される。

 別に躓くことなく、そつなくこなし大人達の期待に応えて行く。


 但し小学生までだ。


 中学から成績とか高順位が公表されてしまうため、9割から8割の力しか出したことはない。

 本気で打ち込むことを止めたんだ。



 ――遊井 勇哉。



 彼のおかげでね。


 別に恨みとかはない。寧ろ感謝しているくらいだ。


 ある理由で、とても嫌いな男ではあったがね……。


 遊井は常に一番を目指していた男だ。

 周りの評価を気にして、大人達のウケを狙うあざとさがあった。


 そんな彼の姿が僕の祖父と父親に重なって見えた。


 僕は遊井に取り巻く人間を客観的に眺める。


 みんな支援者のような媚を売る者もいれば、陰でひそひそとやっかむ者まで様々だ。


 特に、やっかむ連中の内面がおぞましいほど醜い。

 時には羨望や嫉妬を超えた怨恨すら感じるほど常軌を逸していると感じた。


 遊井自身も自分の器にそぐわず周囲の期待に圧し潰されそうになり、そのストレスを幼馴染達にぶつけていたのも知っている。


 本当に僕の身内にそっくりな奴だ。


 それでも遊井は一番を望む。


 時折、僕が彼の成績を超えてしまうと、地味な嫌がらせをしてくる始末だ。


 ――本当にウザくて面倒くさい奴……。


 そんなに一番になりたいなら譲ってやるよ。


 僕は二番がいい。


 三番は駄目だ。

 下手したら周囲に「おまけ扱い」され、見下し舐められてしまうからな。


 二番なら「あともうちょっと頑張れば……」っていう期待と可能性が認められ地位も維持される。

 それに一番の奴が勝手に自滅すれば漁夫の利が得られることもある。


 今回のようにね……。




「――もうじき、あいつらが来る時間だ。そろそろ帰ってくれないかな?」


 とあるカラオケルームにて。


 僕は女の子と二人で楽しいひと時を過ごしていた。


 別に歌うことが目的ではない……みなまで言う必要もないか。


 女の子の名前は知らない。

 時間を埋めるために適当に声を掛けたらついてきたのだ。

 だから少し遊んだに過ぎない。


「え? でも……」


「早く服を着たまえ。気心知れた幼馴染達とはいえ、こういう現場を見られるのは嫌なんだ」


「ひ、酷い……最低」


 僕の素っ気ない態度に、女の子は不満を漏らす。

 別に無理矢理誘ったわけでもないのに、これだから庶民は困る。


「これ、受け取りたまえ」


 僕は財布から適当にお札を抜き出し、ムッとしながら身形を整えている女の子に渡す。


 女の子は金額の多さに目を丸くした様子だ。


「な、何よ、これ?」


「お礼だよ。一時でも、僕と遊んでくれたからね」


「受け取っていいの?」


「勿論だよ。但し、ここだけの話にしてくれ」


「LINE交換してもいい?」


「いいよ。また用事がある時は僕から連絡するから。だけど、キミからの連絡は出れないと思うよ」


「うん、それでいい♡」


 女の子とLINEを交換し、彼女は満足げに帰って行った。


「ちょろいなぁ……これでセフレ何人目だ?」


 スマホで確認するのも面倒になってくる。

 きっと三桁は登録されているのか?


 だが、ああいう子達も案外バカにできない。


 塵も積もればってやつだ……怨嗟の声が集まれば身を滅ぼしかねない。


 だから嫌われない為の金だ。

 ああいう子達とは、ウィンウィンでドライな関係が丁度いいと思っている。


「僕は遊井 勇哉とは違うよ……南野さん」


 僕があの男を最も嫌っていた理由。


 南野 愛紗さん……彼女の存在にある。


 僕は中学校から彼女にずっと恋をしていた。

 白ユリのように可憐で可愛らしく聡明で優しく家庭的な南野さんに。

 僕が女性に求めている物、その全てを彼女は兼ね備えている。


 だが南野さんは既に遊井のモノだった。


 遊井と初体験したって言うが、それは嘘っぱちだと探偵を雇ってすぐに分かった。

 同時に遊井が彼女に対して密かに暴力を振るっていることも……。


 本当なら遊井を社会的に抹殺してやろうかと思った。


 なぁに、これから僕が会う奴に頼めばいいだけの話だ。

 警察への隠蔽ならいくらでもしてやる。


 しかし、遊井は目立ちすぎた。


 あんなのがいきなり姿を消せば必ず詮索され、僕に行きつく可能性もある。

 警察はどうにか丸め込めても、大衆や世間までは誤魔化せない。


 僕はそれを良く知っている。


 それに、あの頃は遊井に代わる道化ピエロもいなかったからな。


 僕は結局、南野さんよりも自分の保身に走ってしまった。

 いずれ機会を見て奪うつもりだったのだが……。


 だが高二の一学期、あの事件が起こる。


 遊井が勝手に自滅した件だ。


 笑ったな……久しぶりに。

 あれだけ笑ったのは何年ぶりかってくらいになぁ。


 まぁ、遊井もピークが見えてきた頃だったし潮時だと思っていた。


 それで今後のことを考え、生徒会の副会長に立候補したんだ。


 たとえ遊井に何かあっても、東雲さんが上に立たせることで僕の存在は消せる。

 副会長っという微妙なポジで舐められることもなく、それなりに権威も保てる。


「あとは誰に道化ピエロを演じてもらうかだ……」


 ふと頭に思い浮かぶ奴はいない。

 そういや夏休み、生徒会室で南野さんの傍に立っていた男……。


「神西 幸之……奴は駄目だな」


 地味すぎるし華がない。


 しかし気に入らないこともある。


 どういうわけか南野さんは、あいつのことが好きなようだ。

 誰にも見せたことのない笑顔を、神西だけに振りまいている。


 確かに噂通り、神西は南野さんを助けたかもしれない。


 けどそれだけじゃないか?


 他、何をしたんだ?


 生徒会長の東雲さんと北条さんにまで好かれやがって。


 わからない……どこがいいんだ?


 少し成績は上がったようだが、それでも凡人には違いない。


 気に入らない……気に入らない……。


 あんなのに南野さんを取られるくらいなら……。



 この僕が――




「勇星、久しぶりだなぁ」


「ユウぃ、急に呼び出して、俺これからOLさんとデートなんだけどぉ!」


 扉を開けて、二人の男が入ってくる。


 一人は僕より背が高く筋肉質の男。赤毛にパーマをかけた強面の顔立ち、オラオラ系のチャライ格好をしている。

 内島ないとう 健斗けんと。僕と同じ高二で、今ではサッカー部のエースだ。


 もう一人は背のちっちゃい一見少女と間違いそうな華奢な男。髪も長く顔立ちも幼い、俗に言う可愛い系男子って感じだろうか。

 間藤まとう しょう。高一の後輩である。


 二人とも僕の幼馴染ってところかな。


 そう、信頼できる仲間……。


 っと言っても人間性での信頼じゃない。



 ――僕の内面を知り、共感できる同じ穴のムジナって意味だ。



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