第25話 夏休み。もう一人の勇者との遭遇




 朝の活動を終えた俺は、午前中みんなと共に学校へ行くことにした。


 目的は来年、ウチの高校を受験するニコちゃんの案内目的だ。

 夏休み期間中だし部活でもないから、俺達は私服でもいいだろう。


 そんな軽い気持ちで学校へ向かった。




 夏休み中の校内。


 グランドには部活動で活動している運動部の生徒。

 あと吹奏楽部の音楽が聴こえてくる。


 他の生徒の姿は当然なく、それ以外は至って静かなものだ。


「キャハ☆ あたしぃ~、休みに学校来たの初めてぇ~!」


 朝、疲れた俺のシャワーを奪った詩音がテンションを上げ周囲を見渡している。


「なんか不思議な感じだね、サキくん」


 愛紗はやんわりと微笑んでいる。


「うん。まるで、家でダラダラしすぎて補習を受けにきたみたいだな、詩音」


 俺はここぞとばかりに、金髪ギャルを凝視してやる。


「……サキ、どうしてそんな目であたしに振るの? まだ朝のシャワーのこと根に持っているの? わかったよ、こんど一緒に入ろうね♡」


「い、いや、普通に駄目だろ! 悪かったよ、もう根に持ってないよぉ!」


「にしし~♪ 冗談だよ~ん、サキぃ」


 こいつ……腹立つわ。

 けど何故か憎めないんだよなぁ、詩音って。


 そんな俺達のやり取りを愛紗は微笑ましく見守っていた。


「うふふふ」


「愛紗さんって、サキ兄ぃが他の女子と仲良さげに話しても嫌じゃないんですか?」


 なぜかニコちゃんは意味深なことを訊いて来る。


「え? うん、詩音とサキ君を見ていると、わたしも楽しくなってきてね。ニコちゃんは、大切な人達の笑顔を見て自分も嬉しくなるってことない?」


「……まぁ(やっぱり変わっているな、この人。でも羨ましいかも)」


 ニコちゃんは頷きながらも戸惑った表情を浮かべる。

 

 愛紗の天使ぶりはある意味天然なところもあるからな……俺は凄くいいと思うけど。


「――和心さん。あそこに校長先生の銅像があるけど、悪戯したら反省文書かされるから注意するのよ」


 さっきから麗花は微妙な所ばっかり教えている。

 某アミューズメントパークの隠れスポットや穴場を紹介しているみたいだ。


 つーか、麗花。

 ニコちゃんが校長先生の像に悪戯するわけねーじゃん。

 秀才な子って結構ズレた所あるよな。




 そして生徒会室の前にて。


 俺達が近づくと扉が開き、一人の同学年の女子生徒が出てきた。

 きとんと制服を着ているのに、そわそわして妙に身形を気にしているようだ。


 瞬間、麗花の雰囲気が変わった。

 なんて言うか……初めて出会った頃のような張り詰めた感じであり、塩姫と呼ばれる彼女。


 女子生徒は俺達の存在に気づくと駆け足で立ち去って行く。


「なんだ、あの子……生徒会?」


「違うわ」


 麗花は素っ気なく言うと、生徒会室の扉を開ける。


「……やっぱり居たのね」


 彼女が呟く後ろで、俺は覗き込む。


 一人の男子生徒が悠々と長椅子に腰を下している。


 きっちり分けられた黒髪に端麗な容姿のイケメン。

 長い手足といい、立ったら結構な高身長だと思う。

 銀縁眼鏡を掛けており、ぱっと見は真面目そうな優等生のイメージが強い。


 そういや、こいつ見た事あるぞ……確か朝礼で生徒会の挨拶で麗花が喋っている後ろで、いつも立っていた奴だ。


 でもなんだろう……?

 こうして見ると、雰囲気が奴に似ている。



 ――遊井ゆうい 勇哉ゆうや



 一瞬、あの男の姿を連想させてしまった。



「……王田おうだ君。どうして、ここにいるの?」


「これは生徒会長……ただの書類整理だよ。キミこそ、どうして学校に?」


「見ての通りプライベートよ。知人でここに入学したいって子がいて案内していたってわけ」


「ふ~ん。三美神さんびしんの皆さんもお揃いのようで……南野さんも元気そうで」


「うん……王田くん、こんにちは」


「愛紗、彼を知っているの?」


 彼女の耳元に向けて小声で訊いてみる。


「うん。わたしと同じクラスの王田おうだ 勇星ゆうせいくん。副生徒会長だよ」


 愛紗と同じクラス? 副生徒会長だと?


「そこのキミは、神西 幸之君だね? 色々と耳にしているよ。本当にウチの生徒会長と仲が良いなんて信じられないなぁ」


「ん? どういう意味だ?」


 偉そうに踏ん反り返っているが、あくまでタメなのであえて敬語は使わず普通に訊いてみる。


 王田は「フッ」と鼻で笑う。


「その人は隙がないっていうか……優秀すぎて厳しいっていうか……特に男子生徒に相手にはね。一緒にいたらわかるだろ?」


「そぉ? 俺は麗花のそういうところがいいと思うけど」


「サキ君……」


 麗花が頬を染めて照れる一方で、王田はじっと俺を見据えている。


 こういうエリート顔している奴は、本来なら俺なんて相手にすることはないだろう。

 けど、『遊井勇哉の事件』を知っているなら、必ず俺の名前が浮上してしまう。


 遊井の幼馴染達を寝取った男として――。


 俺も全て覚悟した上で、みんなと向き合っているわけで……。


 きっと王田は、俺がどんな奴か探っているのだろう。


「なるほど……とは真逆のタイプだね」


「彼?」


「独り言だ。気にしないでくれ」


 王田は薄く微笑み、長椅子から軽やかに立ち上がった。


 やっぱり背が高い。細身だが、見かけによらずがっしりしている。

 そのまま生徒会室から出て行こうと歩き出した。


「じゃあ、生徒会長、また二学期で……南野さんも」


 チラッと流し目で、愛紗を見つめる。

 涼しそうな顔している癖に、何か不快を感じてしまう。


「――ちょっと待って、王田君。さっきの女子生徒は誰?」


 麗花は呼び止める。


「ああ、たまたま通りかかった生徒だよ。僕が一人だったから一緒に書類整理を頼んだのさ。それが何か?」


「……なんでもないわ」


 王田は頷き、その場から出て行った。



 奇妙な奴だと思った。


 遊井に似ているようで何か違う異質さだろうか?


 例えるなら、あいつより「人を食った態度が鼻につく」そんな感じだ。

 つまり俺の大っ嫌いなタイプってやつだな。


「…………」


 麗花は黙って立ち竦んでいる。


「どうした?」


「いえ、なんでもないわ……ごめんなさい。嫌な思いさせたかしら?」


「別に挨拶しただけだろ? けど、あいつなんか雰囲気あるよな?」


 明らかにムカつく雰囲気だけどな。


「……王田くんも、クラスじゃ『王様』とか『勇者』って呼ばれているんだよ」


 愛紗が言ってきた。


「勇者……あいつが?」


「あたしも聞いたことあるよ。結構ユウが必死で張り合っていたって話……前のグループの間じゃ、『NO.2』って呼ばれてたかな~?」


「でも潜在能力ポテンシャルは、きっと王田君の方が上でしょうね」


「麗花どういう意味?」


「勇哉の一位は私達のサポートがあって成立した上よ。でも、彼はあくまで実力……まぁ、彼の家も『名家』と呼ばれる相当なお金持ちらしいから家庭教師くらいはいるでしょうけど」


 なるほどねぇ。NO.2のもう一人の勇者か……。


 きっと、「勇星」って名前だから、そこからも来ているんだろう。


 あくまで俺の持論だけど、この学校で『勇者』って呼ばれる奴にろくなのがいないからな……。


 それに、あの王田って男……愛紗を見た時の目が嫌に気になる。


 あの涼しそうな外見とは裏腹に、まるで獲物を前にしたような獣の目。

 遊井 勇哉がいなくなった事で、この学校にまた何か変化が起こるのだろうか?


 俺は気になって仕方ない。



「ねぇ、サキ兄ぃ~。違う場所も案内してよぉ」


 ニコちゃんが不満そうに腕を引っ張ってくる。


 そうそう、すっかり忘れてたわ。


 まぁ、アレだ。


 せっかくみんなで過ごせる楽しい夏休みだ。


 今は目の前のことを満喫しよう。




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