第22話 夏休み。もう一人の『西』
高校二年生。
多分、日本一贅沢な夏休みを満喫中である。
何せ『三美神』と称される学園最強のヒロイン達と、ひとつ屋根の下で過ごしているんだからな。
無論、何もありゃしませんよ。
愛紗も麗華も詩音も……みんなピュアだってことがわかっているからな。
俺だけ一人、ムラムラしたら色々と終わってしまう。
けどやっぱり三人とも魅力的な女の子に変わりない。
つーか、男なら普通っていうジレンマもある。
だけど三人とも、俺を信頼してくれているから泊まりに来てくれているわけで……。
その気持ちは裏切れないわけで……。
こうなればと、俺は常に賢者でいられるよう、水シャワーで身を清めてから寝るようにしているんだ。
効果あるかはわからないけどね……。
そんな夏休みから三日ほど経った頃だ。
お昼時。
ピンポーン♪
チャイムが鳴ったので、俺はインターフォンの応答ボタンを押した。
「どなたですか~?」
『…………』
応答なし。
ドアフォンで確認するも隠れているか姿が見えない。
悪戯か?
こんなことするの、リョウくらいだが……。
けど、あいつ今日は千夏ちゃんとリア充デートするって言ってたしな。
応答しないで居留守してやりゃよかったか?
「サキくん、どうしたの?」
エプロン姿の愛紗が台所から顔を覗かせている。
まさに新妻っぽく、可愛すぎる。
「うん、なんか悪戯っぽくてさぁ。怒鳴ってやろうか迷っているんだよね」
「待って、サキ君。この世の中、迂闊に出たら物騒よ」
居間で、ノートパソコンと向き合っている麗花が言ってきた。
彼女はなんでも俺の成績と身体能力データーを打ち込んでいるらしい。
たまに覗こうとすると「もうエッチね!」って怒られてしまう。
こっちは、そう思われないよう必死で頑張っているのも知らないでよぉ……。
まぁ、愚痴っている場合でもないか。
「そうかもしれないけど、このまま放置してもね……」
ピポッ、ピポッ、ピポッ、ピポッ、ピポッ、ピポッ、ピポッ――ン♪
ん? しまいにはインターフォンを連打してきやがった。
悪戯にしちゃ質が悪いぞ!
「サキ~ッ、なんかヤバそうだね……出るなら、あたしもついて行こっかぁ?」
ソファーで俺と一緒にゲームをしていた詩音が訊いてくる。
「いや……俺一人でいい。なんかあったら、すぐ警察を呼んでくれよ」
「わかったわ。じゃ、これ持って行って」
麗花が掌サイズのスプレーを渡してくる。
「何これ?」
「不審者撃退用の唐辛子入りスプレーよ。護身用に持っているの」
マジっすか?
流石、秀才の生徒会長だ……余念がない。
つーか、俺も下手なことしたら撃退されるかもしれないってことじゃんか。
あ、あぶねぇ……毎晩、水浴びしながら自制してよかったわ。
とか考えながら玄関先へと向かう。
撃退スプレーを構え、静かにドアを開けた。
「どなたですか~?」
顔だけ出し辺りを確認する。
――誰もいない。
「……クソッ。新手のピンポンダッシュか?」
俺は舌打ちし、ドアを閉めようとする。
「サキ
女の子の声。
俺は「ん?」っと声をした方向、つまり真下に視点を置いた。
ボストンバックを抱きかかえた、可愛らしい少女が玄関前でしゃがみ込んでいる。
長いおさげの黒髪で小顔。若干釣り目だが瞳は大きく、小さな鼻梁に形の良い唇と、どこか子猫っぽい雰囲気。
「……ニコちゃん?」
俺はその子の名前を呼んだ。
見覚えがあるっというより身内だった。
ニコちゃんと呼んだ少女は立ち上がり、微笑みを浮かべる。
背は低いがキャミソール越しから年相応の美しい身体のラインを描いていた。
この子の名前は、
俺の従妹であり、現在15歳の中学三年生だ。
「ニコちゃん、どうしたの? 一人で来たのか?」
「そっだよ。サキ兄ぃ、一人暮らしでしょ? 寂しいと思って遊びに来てあげたんだぞぉ」
「叔父さんと叔母さんには?」
「きちんと言っているよ。今回は家出じゃないから大丈夫ぅ」
普段のニコちゃんは両親と隣街で暮らしている。
中二の頃、思春期で親と揉めて、よく俺の家に泊まりに来ていたのだ。
俺は高一から今の暮らしをしているので、この子にとってはいい避難場所になるらしい。
「泊まるっていつまで?」
「受験勉強も兼ねてだから、夏休みいっぱいかな? 駄目?」
「いや、きちんと許可もらっているなら別にいいよ……」
俺は、しれっと言いながニコちゃんを玄関に入れようとした。
が――
「はう!?」
ある重大な事に気づく。
やっべ~!
愛紗達が泊まりにきてたんだぁ!
「ニコちゃん」
「なぁに、サキ兄ぃ?」
「サキ兄ぃ、お小遣いあげるから、今日はビジネスホテルに泊まりなよ。受付まで付き合ってあげるから……」
「はぁ!? マジで言ってんの!?」
「うん。だってアポなしだろ? 俺だって年頃なんだよ……ニコちゃんに見られたくないモノだってあるんだ。だから一日お時間頂戴。急いで片づけて明日必ず迎えに行くから……」
「……サキ兄ぃ、変」
「変って何がぁ!?」
「いつもアポなしでも入れてくれるもん。『散らかってるぞ~』で済んでたもん!」
「だから年頃だって言ってんだろ! 俺だっていつまでも、呑気なサキ兄ぃじゃねぇんだよ!」
「そのキレ方……何か誤魔化そうとしている時だ」
「うっ!」
「図星だぁ~」
ニコちゃんは言いながら、玄関を覗く。
「女物の靴……叔母さんは海外だからあり得ないよね? しかも若いし」
「い、いいだろ、別に……」
「まさか、サキ兄ぃの彼女?」
「まぁ、そのぅ、お友達っていうかなんつーか……」
「ふ~ん……でも、随分と靴の数多いよね? 三足もあるじゃん……」
「実は夏休みに泊まりに来てんだ……だけど、決してやましい関係じゃないからな! 俺の向上を目指して勉強とか運動とか色々と面倒見てくれてんだ!」
「別に、サキ兄ぃが誰と付き合おうと、ニコに関係ないし……」
とか言いながら、どこか寂しそうな表情だ。
「でも……靴のサイズとか種類も別々だね? どんな人なの?」
「え!? ああ、みんな素敵な子達だよ」
「――みんな?」
「しまったぁ!」
俺は慌てて口を押える。
「どういう事? まさか複数の女を連れこんでいるんじゃ――」
「サキ~☆ 不審者撃退したの~」
詩音が空気読まずに廊下を歩いてくる。
「バカ、詩音! 来ちゃ駄目だろ!」
「あれ、お客さん、超かわいい~♪」
「……サキ兄ぃ、この人誰?」
「ああ、同じクラスの詩音っていうんだ……」
「北条 詩音だぞ~。よろ~♪ って、サキって妹ちゃんいたっけ?」
ギャル特有の決めポーズをしながら自己紹介してくる。
「……サキ兄ぃ、雑誌モデルみたいに凄くかわいい人だけど、センス疑うわ~」
「いや、だから、まだそういう関係じゃ……それに詩音は、こう見ても凄くいい奴なんだ」
「サキ~ッ、えへへ♪ 照れるっちゅーの♡」
頼むから黙ってもらえませんか、詩音さん。
「サキ君、どうしたの? 警察呼ぼうか?」
あっ、麗花まで姿を見せて近づいてきたぞ!
「うわっ、めちゃ美人!」
「あら、可愛いお客さんね……ごめんなさい。初対面なのに」
「い、いえ……私、神西 和心です!」
ニコちゃんは一変して緊張しながら頭を下げて見せる。
これぞ下々の者を従わせる生徒会長、いや塩姫オーラだろうか?
「東雲 麗花、よろしくね、サキ君って妹さんいたっけ?」
「いやぁ、この子は……」
「はっ!? ニコってば見知らぬ女相手に、何丁寧に頭下げってんの!? サキ兄ぃ、これ、どういうことなの!?」
ニコちゃんは正気を取り戻し、俺を責め立ててくる。
こりゃ全部ぶっちゃけるしかない。
まぁ、別に本当にやましい関係じゃねーし。
「ニコちゃん……実はもう一人、いるんだよ……」
「え?」
「サキく~ん。みんなも素麺できたよ~」
トドメに愛紗が顔を覗かせて出てきた。
「あっ、アイドルだ……」
「ん? サキくんのお知り合い? とても可愛い子だねぇ」
呆然と立ち尽くす無表情のニコちゃん。
対照的に癒し系の爽やかな笑みでちょこんと首を傾げる、南野 愛紗であった。
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