第22話 夏休み。もう一人の『西』




 神西かみにし 幸之さきゆき 17歳。


 高校二年生。


 多分、日本一贅沢な夏休みを満喫中である。


 何せ『三美神』と称される学園最強のヒロイン達と、ひとつ屋根の下で過ごしているんだからな。

 無論、何もありゃしませんよ。

 

 愛紗も麗華も詩音も……みんなピュアだってことがわかっているからな。

 俺だけ一人、ムラムラしたら色々と終わってしまう。


 けどやっぱり三人とも魅力的な女の子に変わりない。

 つーか、男なら普通っていうジレンマもある。


 だけど三人とも、俺を信頼してくれているから泊まりに来てくれているわけで……。

 その気持ちは裏切れないわけで……。

 

 こうなればと、俺は常に賢者でいられるよう、水シャワーで身を清めてから寝るようにしているんだ。

 

 効果あるかはわからないけどね……。



 そんな夏休みから三日ほど経った頃だ。


 お昼時。



 ピンポーン♪



 チャイムが鳴ったので、俺はインターフォンの応答ボタンを押した。


「どなたですか~?」


『…………』


 応答なし。


 ドアフォンで確認するも隠れているか姿が見えない。


 悪戯か? 

 こんなことするの、リョウくらいだが……。

 けど、あいつ今日は千夏ちゃんとリア充デートするって言ってたしな。

 

 応答しないで居留守してやりゃよかったか?


「サキくん、どうしたの?」


 エプロン姿の愛紗が台所から顔を覗かせている。

 まさに新妻っぽく、可愛すぎる。


「うん、なんか悪戯っぽくてさぁ。怒鳴ってやろうか迷っているんだよね」


「待って、サキ君。この世の中、迂闊に出たら物騒よ」


 居間で、ノートパソコンと向き合っている麗花が言ってきた。


 彼女はなんでも俺の成績と身体能力データーを打ち込んでいるらしい。

 たまに覗こうとすると「もうエッチね!」って怒られてしまう。


 こっちは、そう思われないよう必死で頑張っているのも知らないでよぉ……。


 まぁ、愚痴っている場合でもないか。


「そうかもしれないけど、このまま放置してもね……」



 ピポッ、ピポッ、ピポッ、ピポッ、ピポッ、ピポッ、ピポッ――ン♪



 ん? しまいにはインターフォンを連打してきやがった。


 悪戯にしちゃ質が悪いぞ!


「サキ~ッ、なんかヤバそうだね……出るなら、あたしもついて行こっかぁ?」


 ソファーで俺と一緒にゲームをしていた詩音が訊いてくる。


「いや……俺一人でいい。なんかあったら、すぐ警察を呼んでくれよ」


「わかったわ。じゃ、これ持って行って」


 麗花が掌サイズのスプレーを渡してくる。


「何これ?」


「不審者撃退用の唐辛子入りスプレーよ。護身用に持っているの」


 マジっすか?

 流石、秀才の生徒会長だ……余念がない。

 つーか、俺も下手なことしたら撃退されるかもしれないってことじゃんか。


 あ、あぶねぇ……毎晩、水浴びしながら自制してよかったわ。



 とか考えながら玄関先へと向かう。


 撃退スプレーを構え、静かにドアを開けた。


「どなたですか~?」


 顔だけ出し辺りを確認する。


 ――誰もいない。


「……クソッ。新手のピンポンダッシュか?」


 俺は舌打ちし、ドアを閉めようとする。


「サキぃ」


 女の子の声。


 俺は「ん?」っと声をした方向、つまり真下に視点を置いた。


 ボストンバックを抱きかかえた、可愛らしい少女が玄関前でしゃがみ込んでいる。

 長いおさげの黒髪で小顔。若干釣り目だが瞳は大きく、小さな鼻梁に形の良い唇と、どこか子猫っぽい雰囲気。


「……ニコちゃん?」


 俺はその子の名前を呼んだ。


 見覚えがあるっというより身内だった。


 ニコちゃんと呼んだ少女は立ち上がり、微笑みを浮かべる。

 背は低いがキャミソール越しから年相応の美しい身体のラインを描いていた。


 この子の名前は、神西かみにし 和心にこ

 俺の従妹であり、現在15歳の中学三年生だ。


「ニコちゃん、どうしたの? 一人で来たのか?」


「そっだよ。サキ兄ぃ、一人暮らしでしょ? 寂しいと思って遊びに来てあげたんだぞぉ」


「叔父さんと叔母さんには?」


「きちんと言っているよ。今回は家出じゃないから大丈夫ぅ」


 普段のニコちゃんは両親と隣街で暮らしている。

 中二の頃、思春期で親と揉めて、よく俺の家に泊まりに来ていたのだ。

 俺は高一から今の暮らしをしているので、この子にとってはいい避難場所になるらしい。


「泊まるっていつまで?」


「受験勉強も兼ねてだから、夏休みいっぱいかな? 駄目?」


「いや、きちんと許可もらっているなら別にいいよ……」


 俺は、しれっと言いながニコちゃんを玄関に入れようとした。


 が――


「はう!?」


 ある重大な事に気づく。


 やっべ~!


 愛紗達が泊まりにきてたんだぁ!


「ニコちゃん」


「なぁに、サキ兄ぃ?」


「サキ兄ぃ、お小遣いあげるから、今日はビジネスホテルに泊まりなよ。受付まで付き合ってあげるから……」


「はぁ!? マジで言ってんの!?」


「うん。だってアポなしだろ? 俺だって年頃なんだよ……ニコちゃんに見られたくないモノだってあるんだ。だから一日お時間頂戴。急いで片づけて明日必ず迎えに行くから……」


「……サキ兄ぃ、変」


「変って何がぁ!?」


「いつもアポなしでも入れてくれるもん。『散らかってるぞ~』で済んでたもん!」


「だから年頃だって言ってんだろ! 俺だっていつまでも、呑気なサキ兄ぃじゃねぇんだよ!」


「そのキレ方……何か誤魔化そうとしている時だ」


「うっ!」


「図星だぁ~」


 ニコちゃんは言いながら、玄関を覗く。


「女物の靴……叔母さんは海外だからあり得ないよね? しかも若いし」


「い、いいだろ、別に……」


「まさか、サキ兄ぃの彼女?」


「まぁ、そのぅ、お友達っていうかなんつーか……」


「ふ~ん……でも、随分と靴の数多いよね? 三足もあるじゃん……」


「実は夏休みに泊まりに来てんだ……だけど、決してやましい関係じゃないからな! 俺の向上を目指して勉強とか運動とか色々と面倒見てくれてんだ!」


「別に、サキ兄ぃが誰と付き合おうと、ニコに関係ないし……」


 とか言いながら、どこか寂しそうな表情だ。


「でも……靴のサイズとか種類も別々だね? どんな人なの?」


「え!? ああ、みんな素敵な子達だよ」


「――みんな?」


「しまったぁ!」


 俺は慌てて口を押える。


「どういう事? まさか複数の女を連れこんでいるんじゃ――」


「サキ~☆ 不審者撃退したの~」


 詩音が空気読まずに廊下を歩いてくる。


「バカ、詩音! 来ちゃ駄目だろ!」


「あれ、お客さん、超かわいい~♪」


「……サキ兄ぃ、この人誰?」


「ああ、同じクラスの詩音っていうんだ……」


「北条 詩音だぞ~。よろ~♪ って、サキって妹ちゃんいたっけ?」


 ギャル特有の決めポーズをしながら自己紹介してくる。


「……サキ兄ぃ、雑誌モデルみたいに凄くかわいい人だけど、センス疑うわ~」


「いや、だから、まだそういう関係じゃ……それに詩音は、こう見ても凄くいい奴なんだ」


「サキ~ッ、えへへ♪ 照れるっちゅーの♡」


 頼むから黙ってもらえませんか、詩音さん。


「サキ君、どうしたの? 警察呼ぼうか?」


 あっ、麗花まで姿を見せて近づいてきたぞ!


「うわっ、めちゃ美人!」


「あら、可愛いお客さんね……ごめんなさい。初対面なのに」


「い、いえ……私、神西 和心です!」


 ニコちゃんは一変して緊張しながら頭を下げて見せる。

 これぞ下々の者を従わせる生徒会長、いや塩姫オーラだろうか?


「東雲 麗花、よろしくね、サキ君って妹さんいたっけ?」


「いやぁ、この子は……」


「はっ!? ニコってば見知らぬ女相手に、何丁寧に頭下げってんの!? サキ兄ぃ、これ、どういうことなの!?」


 ニコちゃんは正気を取り戻し、俺を責め立ててくる。


 こりゃ全部ぶっちゃけるしかない。


 まぁ、別に本当にやましい関係じゃねーし。


「ニコちゃん……実はもう一人、いるんだよ……」


「え?」


「サキく~ん。みんなも素麺できたよ~」


 トドメに愛紗が顔を覗かせて出てきた。


「あっ、アイドルだ……」


「ん? サキくんのお知り合い? とても可愛い子だねぇ」


 呆然と立ち尽くす無表情のニコちゃん。

 

 対照的に癒し系の爽やかな笑みでちょこんと首を傾げる、南野 愛紗であった。




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