第21話 勇者と呼ばれた男の静かな退場劇~勇哉side






 ~遊井 勇哉side



 チィッ!


 とうとう捕まっちまった。


 あれからずっと僕は警察署の留置所に入れられている。


 きっとこのまま検察に送致され、家庭裁判の審判で鑑別所か少年院かが決まるってか?

 

 未遂とはいえ悪質な行為には変わりないからな。

 学校でやらかした件といい、情状酌量もないだろう。


 ――全て覚悟の上の行動だ。


 これまで、ひた隠しにしていた自分の本性を解放してやったまでのこと。


 最後の最後で、神西をヤリ損ねたが――……


 もう、どうでもいい。

 

 僕は疲れた。


 常にトップでいなければならない重圧、そうせざるを得ない周囲の期待と取り巻く全ての環境に……何もかも疲れてしまった。


 こうして冷静に考えてみれば、あいつらのおかげで僕という超エリート像が成り立っていたようなものだ。


 ――愛紗、麗花、詩音の幼馴染達。


 彼女達が傍にいて、僕の振る舞いを全て受け止めてくれていたからこそ、僕は周囲から『勇者』と呼ばれる『遊井 勇哉』を演じることができたんだ。


 勇者か……笑わせる。


 ずっと受け止めていた、あいつらだって結局逃げ出してしまったじゃないか。


 神西のような雑魚の所になぁ。


 だがこうして捕まり独りで頭を冷やすことで、なんだかこれまでの事が全て馬鹿馬鹿しく思えているのは事実だ。


 人は行きつく所まで行けば、案外その環境に適応できるらしいからな。


 極悪だった死刑囚も執行直前には、自分を見つめ直して仏のようになる者もいると聞いたことがある。

 今の僕の心境に近いのかな?


 両親だって二度と僕に下手な期待をすることはないだろうし、このまま縁を切られるならそれはそれでいい。

 病院も穏やかな性格の弟が後を継ぐだろう。


 もう僕は周囲の目を気にせず、誰にも干渉されず生きていたい。


 平穏で静かな生活……全てを終わらせたら、それを目標としようじゃないか。






 2日後。


 すっかり気持ちも落ち着き、僕はただ処分を待っていた。


 いきなり警察官に呼ばれると、留置所から出るように指示を受けた。



「――釈放だって?」


「そうだ。弁護士が迎えに来ている。速やかに出るように」


「検察は? 勾留しないのですか?」


「……速やかに用意しなさい」


 それ以上、警察官が答えることはなかった。


 僕は荷物をまとめ受付場に行くと、担当していた男の弁護士が待っていた。


「さぁ、勇哉君。早く出よう」


「はい……どうして僕は釈放になったんですか?」


「……車の中で説明しよう。ほら時間がない、早く」


 やたらと急かす弁護士。


 僕は促されるまま警察署を出て、用意された車に乗り込んだ。




 車が走り出した途端、弁護士が口を開いてきた。


「相手側との示談が成立してね。神西君だっけ? 彼も無傷だし、他の生徒さんや親御さんとも話を付けたよ。検察も問題ない、安心したまえ」


「被害者は……神西はなんて?」


「キミを赦すそうだ。但し、幼馴染達には一切近づかないよう、キミのご両親と約束した上でね。優しくていい男の子じゃないか……」


「…………」


 僕は何も言えない。言う資格もない。

 

 同時に何故、幼馴染の三人が僕から離れ、神西のところに靡いたのかわかってきたような気がする。


 ああいう奴こそが、案外『勇者』と呼ばれるのに相応しい奴なのかもしれない。

 

 今は考えるのはやめにしよう……それより、


「――にしても早くないですか、僕が釈放されるの? いくら嫌疑不十分だって……」


「多少融通を利かせている。けどキミが気にする範疇じゃない。キミはこれからの自分の在り方を考えるべきだ」


 自分の在り方か……まぁ、その通りなんだろうけど。


 でも何だ? 何か腑に落ちない。


 それによく見てみれば……。


「弁護士さん、さっきからどこへ向かっているんですか? この道路、僕の家と進路方向違いますよ?」


「……空港に向かっているんだ。あまり時間がない」


「空港? どうして?」


「勇哉君は、これから海外に転出してもらうためだよ。大丈夫、キミの両親も納得済みだし学校には『海外へ留学するため転出する』って既に説明しているから問題ない」


「海外だって!? どうして僕が行かなきゃならないんだ!? 親と学校って……なんで、あんたが!?」


「全て白紙にするため……私からはそれしか言えない」


「白紙だと? あんた……親が雇った弁護士じゃないのか!?」


 僕は不信感を抱き、シートベルトを外そうとする。


 このまま訳の分からない所に行かされるくらいなら、負傷覚悟で飛び降りて逃げた方がましだと思った。


「落ち着きたまえ、勇哉君。これはキミのためでもあるんだ。それにロックかけているから運転席側でしか開けれないよ」


「ぐっ……なら、あんたを事故らせて、その隙に逃げ出してもいいんだぞ!」


 僕がそう言った瞬間――。



 ブー、ブー、ブー



 スマホが鳴った。


 当然、僕は所持していない。


「出たまえ」


 弁護士が自分の胸ポケットからスマホ取り出し渡してくる。


 僕は応答に出てみた。



『――遊井君。無事、釈放おめでとう』


 男の声だ。まだ若い……僕と同じ年か?


「誰だ、お前……?」


『僕のことはどうでもいい。それより、彼の言った通り、これからキミには海外に行ってもらうよ』


「彼?」


『運転している弁護士さ。僕が雇った敏腕弁護士だよ。っと言っても、キミを100%無罪にするのに何人かの権威ある大人達の力を借りているけどね。お金だって裏で相当動いているよ』


「なんなんだ、お前……」


『……この声を聞いても、まだわからないか? まぁ、常にトップであり続けたかったキミらしいね』


「まさか、僕と同じ学校の……」


『――詮索は不要。とにかく、キミには日本から離れてもらう。拒否権はない』


「何が目的なんだ? 何故こんな手の込んだ真似を……」


『キミが完全にリタイヤしてしまったからだよ。馬鹿みたいに自滅してね……とんだ期待外れさ。でも、まぁ、これまで頑張ってくれたおかげで、僕も二番手として好き勝手振舞えていたのも確かだ。だから全て真っ白にしてあげたのは、僕からの感謝の意味でもある』


 二番手だと?

 それに、僕と似たような喋り方の男……。

 元同じ学校……。


「お前、まさか――!?」


『おっと、それ以上こちら側に深入りしない方がいい。国内どころか、この世にもいられなくするよ』


 脅しに聞こえない冷酷な口調。

 こいつガチだと思った。


「わかった……従うよ」


『流石、懸命だね、遊井君。キミが日本から離れることで、みんな幸せになれるんだ。ご両親は勿論、被害者や……南野さん達もね』


「南野……愛紗か?」


『……そうさ。キミの海外行きは、その報いであり罪滅ぼしでもあるんだ……最後のね』


 その言葉で、僕がこれまで愛紗にしてきた事が走馬灯のように蘇っていく。


 愛紗だけじゃない……麗花や詩音……僕の幼馴染達へしてきた数々の仕打ち。

 確かに謝罪して済む話じゃないか。


 全てを失った僕は、もう日本にすらいてはいけない男らしい。


「最後の罪滅ぼしか……わかったよ」


『どこの国かは空港に行けばわかる。せいぜい頑張りたまえ――』



 ツーツーツー



 スマホの応答が切れる。


 僕は無言で、弁護士にスマホを返した。


「……勇哉君。行先、教えてあげようか?」


 さっきと打って変わって弁護士の口調がやたらと優しい。

 僕に同情してくれているのか?


 無言で頷くと、弁護士は行先や目的など詳しく教えてくれた。



 ――僕は絶句してしまう。



 同時に留置所で考えていたことを思い出した。



 誰にも干渉されない平穏で静かな生活……。



「これぞ俗に言う追放イベントってやつか? しかし、これはこれで願ったり叶ったりかもな……」


 僕は全てを受け入れることにした。


 新たな地で自分が犯した罪と向き合うために――



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