第19話 勇者に襲われる俺
「ヒャッハァーーーッ!」
狂った遊井がナイフを振り翳して襲い掛かってくる。
「遊井、お前! 自分が何をしているのかわかっているのか!?」
「うっせーっ! 死ねやぁぁぁぁぁ!!!」
遊井は理性の無くした獣のように雄叫び発している。
こいつ、ちょっと挫折したくらいで、ここまで取り乱し落ちぶれたっていうのか!?
お前ほどの男なら、その気になればいくらでもやり直しができるだろーに!?
俺なんか刺したって余計やり直しできねーぞ!
……遊井、お前って奴は……どこまでも……。
「――人生を舐めやがって!」
俺は臆することなく闘志を漲らせる。
持っていた傘と鞄をアスファルトへと放り投げた。
「やい、遊井ッ! この俺を――神西 幸之を甘く見るんじゃねえぞ!」
「んだと、コラぁぁぁっ!?」
「俺はなぁ! 俺は――」
瞬間、俺は猛ダッシュで駆け出した。
「逃げ足だけは速えんだよぉぉぉぉぉん!」
遊井が向かってくる真逆の方向へ。
「神西ぃっ!? 何逃げてんだぁぁぁっ!? 待てぇぇぇっ、テメェ!!!」
「刃物振り回している奴に待てと言われて待つわけねーだろ、バァーカッ!」
まともに喧嘩すらしたことのない俺が、んなキレた奴を相手にすると思ってんのか!?
残念だが俺はお前と違って『勇者』じゃねーんだよ!
モブらしくみっともなく逃げきってやるっての!
「クソッ、神西、野郎! マジで逃げ足速えぇぇぇっ!? ちくしょぉぉぉっ!!!」
遊井は追いかけながらブチギレている。
しかし運動神経抜群と称されるだけあって思いの外しつこいったらありゃしない。
こうなりゃ、必殺技「火事だぁぁぁっ!」って叫んで誰かにヘルプを求めるか?
俺がそう考えていた矢先、とぼとぼ歩いている男子生徒の後ろ姿があった。
あれは、リョウだ。
あいつ、まだ家に帰ってなかったのか!?
まずいぞ……このままだったら、リョウを巻き込んでしまう!
「リョウ! 逃げろーっ! 遊井に刺されちまうぞぉぉぉ!」
いくら喧嘩が強い元ヤンでも、ナイフを持った奴に敵う筈がないと思った。
第一俺の事情で親友を危険に巻き込むわけにはいかない。
俺は必死に叫び、すぐさま逃げるよう訴えた。
その声で、リョウは振り向く。
「ん? サキか? 遊井だと……野郎ッ!」
リョウの目つきが一瞬で変わった。
逃げるどころか、持っていた傘をぶん投げて颯爽とこちらに向かって駆け出した。
そのまま風を切るように俺を通り過ぎ、遊井へと突進していく。
「ひぃ、火野だとぉ!?」
「遊井ィ! 死ねやぁ、コラァァァッ!」
ゴッ!
「ブギャッ!」
リョウの拳が遊井の顔面にめり込み、奴は悲鳴を上げて吹き飛ばされた。
遊井は地面を滑り転がっていく。
そのまま電柱に頭をぶつけて動かなくなった。
「凄ぇ……ワンパンで倒しやがった……」
俺は思わず戦慄してしまう。
つーか、リョウがここまで強かったとは思わなかった。
まぁ、しかしあれだ。
こいつが俺ん家の近くに住んでいて良かったと思う……。
リョウは倒れている遊井に近づき、右手に持っていたナイフを奪った。
奴のパーカーとズボンを脱がせたかと思うと、そのままロープ代わりに手と足を縛り始める。
なるほど、意識を取り戻して逆襲されないようにする気だな。
流石こなれている。余念がない。
にしても、Tシャツにパンツ一丁って情けない姿だな。
しかも、ずぶ濡れだし……俺達もだけど。
事を終え、リョウは俺の所に近づいてきた。
「――サキ、このまま警察呼ぼうぜ」
「え? でも……」
「これは立派な傷害事件だ。お前が逃げなかったら、今頃こいつに刺されていたぞ」
「うん、そうだけど……」
「このまま、お前の優しさで甘やかし見逃しても、遊井はまたお前を刺しにくる。こいつはそういう奴だ」
「うん、そうかもしれない……でも」
「遊井はみんなから散々甘やかされて生きてきたんだ。可哀想なことに、こいつはそれを当然だと思っちまっている。自分は人に優しくされて当然だとな。だから余計に必要なんだよ、遊井には……社会の厳しい現実と常識ってやつがな」
「リョウ……」
まるで遊井のこと、ずっと見てきたような言い方だと思った。
そういや中学が一緒だったと聞いたことがある。
それに、リョウは遊井が可哀想だとも言っていた。
確かに異世界ファンタジーの世界なら、こんなヒャッハーな奴もいるだろう。
だけど現実の人間社会じゃ、未成年として親の力で有耶無耶できるかもしれないが、いつまでも通じるわけがない。
特に今の時代、社会に出てたら尚更だ。
今の内に正すのも、遊井のためか……。
俺は警察に通報することにした。
3分もしない内にパトカーが来て、遊井は警察官に取り押さえられ連行された。
俺とリョウも説明するため、別のパトカーに乗って警察署へと向かった。
途中、警察官がヤンキー時代のリョウを知っていた様子で、「火野! またお前か!? すっかり足を洗ったんじゃないのか!?」と怒鳴られ、リョウは「ちげーよ! んなワケねーだろがぁ!」っとキレていた。
警察署での事情聴取も終わり、俺とリョウは外に出た。
丁度、雨も晴れて夕方になっている。
「あっ、俺の鞄と傘……」
「ああ、千夏に頼んで回収してもらっているぜ。感謝しろよ」
「はい、何から何までありがとうございます。キミ達カップルには色々と助けられております。結婚式には友人代表としてスピーチさせてください」
「うっ、うるせーっ! あのまま遊井に刺されちまえ、バカヤロウ!」
リョウは顔を真っ赤にしてデレる。
よく俺をイジり回す癖に、自分がイジられるのを苦手とする身勝手な奴だ。
でも今回は本当に助かったわ~、ガチ感謝だ。
その時――
「サキくん……」
愛紗が立っていた。
彼女だけじゃない。
麗花と詩音もいる。
みんな瞳を真っ赤にし、俺を心配そうに見つめている。
「どうして、みんながここに?」
「勇哉の両親が、わたしのお父さんに連絡してきたのよ。辛うじてだけど親同士はまだ繋がりはあるから……」
「そう……でも俺は大丈夫だよ。リョウが守ってくれたからな」
「ああ、実に見事な逃げ足だったぜ……ケケケッ」
うるせーっ。地味にさっきの仕返ししてくるんじゃねぇよ!
「良かったぁ、サキ~ッ、無事で良かったよ~!」
詩音は可愛い顔がぐしゃぐしゃになるくらい泣き出してしまった。
「詩音……ありがとう」
「本当に良かった……サキくん……う、ぅぅ」
「ごめんなさい……私達のせいで、サキ君、ごめんなさい……」
愛紗と麗花まで体を震わせ、すすり泣いてしまう。
「みんなぁ、泣かないでくれよ! それに謝る必要ないって言っているだろ?」
俺の言葉に、三人は頷き微笑んでくれる。
うん、みんなかわいい。
いや、そーじゃない。
本当に心配しれくれてありがとう。
結局、俺はみんなに助けられてばかりだなぁ。
こうして波乱の一幕が終わった。
それから俺は遊井の両親に初めて会い謝罪される。
俺は起訴しない代わりに、二度と愛紗達三人には近づけさせないでもらいたい旨を伝える。
一応は了承してくれたが、これまで遊井を放置してきたあの両親がどこまで約束を守るかわからない。
だが釘を刺すことくらいはできただろうか?
次の日、学校でも、その話題で持ち切りだった。
なぜか、俺が遊井を倒したことになっており、周囲から『新たな勇者の誕生』とされている。
実際にブチのめしたリョウも自分のヤンキーが広まるのが嫌なので黙っていた。
そんな時、田中先生が教室に入ってくる。
早々に俺達に向けてこう告げてきた。
「遊井は今日限りで学校を辞め、これから海外留学のため転出することになった。もう二度と、お前らとは会うこともないだろう」
――なんだって!?
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