第18話 勇者と雨降りの邂逅




 あれから生徒会室にて。



 俺は麗花から、今回の勇哉が起こした問題やこれまでのことなど聞かされていた。


 あの『勇者』と呼ばれていた遊井から想像できず、本当に信じられない内容ばかりだった。


 同時に、ずっと「幼馴染」というある種の呪縛に縛られてきた、三人がとても不憫に感じ憤りさえ覚える。


 俺と仲良くなったことがきっかけで、おそらくそれが導火線に火が付き一気に爆発したんだと思う。


「そんなことがあったんだ……」


「ええ、あの勇哉の言動と気性だと、これからサキ君を標的にし兼ねないわ……ごめんなさい」


「どうして麗花が謝るんだよ?」


「……だって、目を付けられるきっかけを作ったのは、明らかに私達よ」


「本当にごめんね、サキくん……ごめんなさい、ごめんなさい、ううう……」


 愛紗まで謝罪し大粒の涙を零し泣いてしまう。


「やめてくれよ、二人とも! 詩音にも言ったけど、みんなは一つも悪いことしてないからね! 寧ろ被害者じゃないか!?」


「サキくん……?」


「愛紗も麗花も詩音も……ずっと、勇哉に振り回され我慢してきたんだろ? 幼馴染としてさぁ!」


「……うん」


「だったら良かったじゃないか!? こうして三人とも自由になれたんだし、みんなは悪くないよ!」


「……でも、サキくん……わたし達と一緒にて迷惑じゃない?」


「全然、寧ろ誇りに思うよ。確かに三人とも素敵すぎる女の子だか他所から色々と言われているけど、俺は普通の女の子として仲のいい友達として、これからもずっと大切にしたいと思っている! カーストがなんだよ! んなの誰が決めたんだっつーの! だろ?」


「サキくん……(わたし、キミのことが大好き。ずっと、ずっと大好き)」


「ありがとう、サキ君(……完全に堕ちたわ。もう迷わない、貴方が好きよ)」


「にしし~♪ サキ、サンキュ~(愛しているよ……サキになら何されてもいいよ♡)」


 愛紗も麗花も詩音も、俺にとっては大切な存在となっている。


 それが恋愛感情とか、誰に対してとかまだはっきり言えないけど……みんな素敵すぎてね。


 こんな優柔不断な俺でも、はっきりと断言できることは一つだけある。


 少なくても遊井だけには、どの子も絶対に渡したくない!


 ――俺がみんなを守る!


 そう心に決めていた。


「まぁ、俺も目を光らせているからよぉ。遠慮なく、ハーレム満喫しろよな~」


 リョウが余計なことを言い出す。


「お、おまっ、変なこと言うなよ! 俺達はそんなんじゃないからな! なぁ、三人とも!?」


「「「…………鈍感」」」


 全否定する俺に、三人はジト目で睨んでくる。


 え? な、何? 


 普通そこ「そ、そうだよ~!」って揃って否定してくれるんじゃないの!?





 それから数日が過ぎた。



 遊井は無期停学となり、事と次第によっては退学もあり得るとのことだ。


 奴のいないカースト上位のグループは健在でこそあったが、前ほどの勢いは完全に消失している。

 それになぜか俺に対して愛想がよくなった。


 これまで俺のこと空気扱いしていやがった癖に、やたらと声を掛けてくるようになった。

 おそらく俺と仲良くなることで、また『三美神』が戻ってくると思っているのだろう。


 だが、んなことに俺が靡くわけがない。


 詩音も特に男達に変に言い寄られた経過もあるからか、「あたしのサキに近づくな~!」と威嚇している。

 って、いつからお前のサキになったんだちゅーの(照)。




 このように俺の日常生活は以前よりも充実している。



『サキくん、おはよ♡ よく眠れたぁ? もう朝だよぉ、えへへ♡』


 朝は愛紗の甘々のモーニングコールで起き、色々な意味で目覚めがいい。

 昼は彼女が作ったお弁当をみんなで仲良く食べることが習慣になっていた。


 親友であるリョウも、すっかりみんな仲良くなり、彼女の千夏さんを交えて談笑している。

 そのリョウにも度々、俺の登下校に付き添ってもらってもらい、ちょっとしたSPになっくれた。


 麗花も変わらず問題集を作ってきて、俺のレベルアップを支援してくれる。

 最近では運動メニュー表も作成し、「サキ君はもう少し体力つけなきゃ駄目よ」と手渡してきた。


 時折、彼女は俺をどうしたいのだろうかと、ふと頭に過ることもある。



 けど今、俺にとって毎日が凄く楽しい。


 みんなと過ごす日々が幸せだ。


 ずっと、こうしてみんなと面白おかしく楽しく過ごしたい。


 そう思えていた。




「サキくん、夏休みどうするの?」


 お昼休み屋上で、愛紗が訊いてくる。


「ん? 家でゲームかな……俺の両親、正月まで帰れないって言ってたからな」


「そう、一人なんだね」


「よし、みんなでどっか行こうか?」


 珍しく俺から誘ってみた。


「じゃ、サキぃ、海行こ~っ!?」


「おっ、詩音いいね~」


「わぁ、わたしぃ、花火とか夏祭りに行きたい……サキくんと、みんなと一緒に」


「勿論だよ、愛紗」


「じゃあ、また三人でサキ君のお家で夏休み中、強化合宿しましょう? 名付けて『サキ君パワーアップ計画』よ」


「「賛成~っ!」」


「ちょ、待って、麗花!? 夏休み中って……ずっと、三人で俺ん家に泊まるつもりか!?」


「そうよ。お部屋も綺麗になるし、食事も困らず栄養面も心配ないし、おまけにサキ君の勉強と運動のサポートもリアルタイムで常にできるのよ。いいこと尽くめじゃなくて?」


 いえ、それよりも俺の理性と煩悩という難題が待ち構えております。


 夏休み中ずっとなんて……絶対に何か間違いを起こしそうじゃないか!?


 特に俺が……!


「サキ、やっぱりハーレムじゃんか?」


 うるせーっ、リョウ! 千夏さんと一緒にニヤついてないで、彼女達の暴走を止めてくれよ~っ!



 こんな感じで、ほぼ強引に夏休みの計画が決められてしまう。


 強く拒めない、優柔不断な自分を呪うのであった。






 夏休みまで、残り三日となった日。



 ――事態は動いた。


 その日の学校帰り、大雨が降っていた。


 俺は家の近くまでリョウと一緒に下校して別れた。


 傘を差し一人で歩く。


 もうじき自分の家が見えてくる、その前に。


 一人の男が立っていた。


 傘もささず雨に打たれ、深々とパーカーのフードを被る男。


 俺を待ち構えるように佇み、その口元がニヤリを微笑む。


 誰だ、こいつ? なんで家の前にいるんだ?


 すると男が近づいてくる。


 右手をポケットに手を入れたまま、左手でフードを剥いだ。



 その晒された素顔に、俺はぎょっとした。



「お、お前は――遊井!?」


 間違いない、あの「遊井 勇哉」だ。


 こいつがなんで!?


 遊井は俺に名前を呼ばれた途端、突然駆け出した。


 ポケットから右手を抜き出す。

 その手には折り畳みナイフが握られている。



「神西ぃぃぃっ! 死ねぇぇぇぇぇぇっ! ヒェェェェェェイ!!!」



 顔を醜く歪ませ、目を見開き、奇声を発する。



 嘗て皆に『勇者』と崇められた男。



 遊井 勇哉が俺に襲い掛かってきたのだ――!




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