第17話 勇者と呼ばれた男の末路




 愛紗、麗花、詩音。


 そして、遊井。


 この四人が実際にどういう幼馴染だったのか、俺には想像できない。


 つい最近まで、ぱっと見は仲良さげだった印象しかなかったからな。


 けど、これまでの言動を聞いている限り、三人とも裏で相当遊井に振り回されてきたことだけは理解した。


 だからこそ、奴から離れた今の彼女達はとても生き生きしているのだろう。



 仲良くなった俺も、そんな彼女達を信じて守ってあげようと思ったわけだが――。




「離せぇぇぇっ! 先公がぁぁぁっ! 僕を誰だと思ってやがるぅぅぅっ!」


 遊井はまだ暴れている。


 次第に取り押さようとする先生達も増え、完全に身動きできなくなっていた。


 ――遊井は俺に目を合わせてきた。


「……神西、お前だぁ! お前のせいで、僕がぁ、僕がぁ、こんな目にぃぃぃ! 赦さない! 赦さないぞぉぉぉっ!!!」


 いきなり俺を名指しする。しかも鬼のような形相で絶叫し非難してくる。


「お、俺……?」


 思い当たる節はあるとはいえ、どうしてこいつがこんなにキレているのかわからない。


 愛紗達の件なら、テメェの自業自得じゃねぇか!?


「サキ、あんな奴、ほっとけ。麗花さんじゃねぇけど、遊井はもう終わりだ。関わる必要はねぇよ」


「ああ……そうだな」


 俺はそう言ってはみたものの。



 先生達に連れて行かれる、遊井からずっと目が離せないでいた。




 その日、遊井は姿を見せることはなかった。


 殴られた女子も保健室で休んだあと早退している。


 サッカー部の坂本は歩けなく、救急車で搬送された。

 後々、知った話だとやっぱり足首が骨折しており、夏の全国大会の出場は絶望的だとか。



 クラスでも遊井が豹変した話題で持ち切りとなっている。


 実は以前から変な薬をやっていたんじゃないか?


 そう囁かれていた。


 また俺への疑惑や非難も小耳に挟んだ。



 ――神西が『三美神』を寝取ったから、遊井はイカレてしまったのだろう。

 


 これまでも不審な目で見られていたが、今回の特に去り際で遊井に叫ばれたのが決定打となってしまったようだ。


 けど、リョウが周囲に睨みを利かせてくれるので、俺が直接みんなに何か問われることはない。


 詩音から「ごめんねぇ……サキ。あたし達のせいでごめんねぇ……」っと、まるで悪くないのに涙声で謝られてしまう。


 俺は「大丈夫、気にしてないから」と微笑んで見せ、詩音は落ち着いてくれた。




 放課後、俺はリョウと詩音の三人で生徒会室に向かった。


 麗花が事の発端である『あの件』について説明してくれるらしい。

 勿論、愛紗も同席するだろう。


 せっかく順位入りして舞い上がっていたのに……。


 みんなで喜びを分かち合っていたのに……。


 遊井 勇哉のせいで、すっかり冷めてしまった。






 ~遊井 勇哉side



 僕は教師達に職員室へ連れて行かれ、親を呼び出される。


 多忙な医者である両親がそう簡単に来れるわけがないが、僕の暴れっぷりで「警察を呼ばなければならない」と言った瞬間、あわくって使用人を迎えによこしてきた。


 また友人を殴り蹴り、大怪我をさせたとの理由で無期停学処分となってしまう。


 そんな奴らがどうなろうと知ったことじゃない。


 超エリートの僕に付きまとう金魚のフンの癖に対等な口答えをしやがるからそういう目に合うんだ。



 ――僕は悪くない。



 そうだ。僕は常に正しい。


 なのに、どうしてこんな目に合うんだ!?


 幼馴染達に離れられ、神西の誘導に失敗してしまった、あの時以降――。


 最近じゃ、あの件で相当参っているのに……。


 あの件。



 ――僕が一年生の女子を妊娠させてしまったこと。



 確か入学式早々に告白され、その日のうちに美味しく食べちゃった子だ。


 名前なんて覚えていない。


 その子がいきなり僕に打ち明けてきたんだ。


 まずい……まずいぞ……よりによってこんな時に、このビッチがぁ!


 そもそも、この女が僕の容姿と甘い言葉に乗ってあっさり股を開いたのが悪いんじゃないか!


 僕は『勇者』と言われる完璧超人のエリート様だぞ。


 テメェ如きの小石に躓いてたまるか!


 幸い発覚して、まだ2ヶ月……これならまだ処分できる!


 相談を受けた僕は優しい言葉で、その子を誘導し、その日のうちに両親が経営する病院の産婦人科へ連れて行った。


 未成年で親の同行もないので、当時の担当医師や看護師に不審がかれるも、経営者の息子である僕が同行することでなんとか上手くやってくれる。


 中絶費用だって僕が全部出してやった。手切れ金と思えば安いもんだ。


 こうして事なきことを得たと思った。



 どうだ? これが、僕が生まれながらの選ばれしエリートだからできる裏技だ。


 その気になればなんだってできる。


 愚民どもがひれ伏す超越した存在。


 ――なのになぜだ?


 なぜ、愛紗、麗花、詩音は僕から離れていくんだ?


 お前たちの親だって、僕と仲良くしておけって、ずっと言われ続けてきたんじゃないのか?


 どうして、あんな神西なんかと親しく仲良くしているんだ!?


 その神西を別れさせようとするも失敗し成す術も思いつかず、しばらく連中を傍観していた。


 だがこの時、事態はさらに悪化していたことに気づかなかった。


 中絶した女の子の父親が訴訟を起こしてきたのだ。


 あの日から、その子はショックで登校拒否となり、それで発覚したらしい。


 しかも父親は敏腕の弁護士として有名であり、僕を含む両親や病院を相手取ってきやがった。


 このことがマスコミに知られたら病院が経営できなくなる。当然、家中が大騒ぎとなる。

 僕は生まれて初めて両親に怒られ、父親にも殴られた。


 さらに最悪なことに学校まで知られ、僕は教師の田中に度々呼び出され、校長や理事長の前で説明を余儀なくされる。


 完全に大人達からの信用を失った。


 さらに、まだ生徒達の間で知られてない筈なのに、今まで仲良くしていたグループの連中も少しずつ僕を遠ざけるようになっていく。


 あいつらは鼻だけは利く俗物だからな。

 きっと女の子の友達か何かから情報を耳にしたのかもしれない。



 ――僕が築き上げてきた地位と権威が……王城が崩れ始めている。



 なぜ、こうなった?


 なぜ、僕がこんな目に合う? 


 誰が悪い?


 誰のせいだ?


 僕が自問自答を繰り返す中、席替えがあった。


 周りの連中の手引きで僕はいつもの席へと座る。


 ふと、詩音のことが気になった。


 チラ見すると、あいつは神西の隣の席になり、嬉しそうに笑ってやがる。


 僕には一度も見せたことのない笑顔。


 詩音だけじゃない。


 愛紗も……麗花も……。


 僕の幼馴染の三人がみな神西と仲良くなり、当てつけのように笑っている。


 そうか――。


 お前か?



 神西 幸之。



 お前が僕をハメたのか?


 そうだ、そうに違いない!


 クソッ! 


 ただの空気みたいな奴だと思って無視していたら、どんだ猛毒を含んでいるじゃないか!?


 ちくしょう! ちくしょう! ちくしょう!


 よくも! よくも! よくも! よくも――……。



 僕の中で憎悪が生まれる。




 そして極めつけは期末テストだ。


 麗花のサポートも受けられず、僕はこれまでにない以上の最悪な結果。


 けど、神西は僕の幼馴染に支えられニヤついてやがる!


 返せぇ! そいつらは僕のモノだ! 僕の所有物だぁぁぁぁっ!!!


 僕はついにブチギレ暴れるに暴れまくった。






 あれから僕は自宅部屋で監禁されている。


 親から状況が落ち着いたら、今後のことを話し合うと言われた。


 なんでも、訴えを起こしている弁護士と示談中らしい。


 初めて母親に泣かれ、父親に「お前が勇哉を甘やかしすぎたからだ!」と怒鳴り散らしていた。


 ケッ! 生まれた時から、こうだったっつーの!


 寧ろ、あの幼馴染の女どものおかげで、これまで本性を隠してこれたんだぜぇ!


 だけど、


 ちくしょう……ここまで公になってしまえば、僕はもう終わりだろう。


 二度と僕はあの学校へは行けない……行くつもりもない。


 しかしだ。


 このまま負けたくない!


 おめおめと引き下がりたくない!



 ふと、僕はズボンのポケットに手を入れる。



 ――折り畳みナイフが入っていた。


 あの時の……神西に浴びせられた言葉が蘇ってくる。



 ――カッコ悪いよ。



 この僕がカッコ悪い? 


 上等だ。



「神西……僕の全てを奪った、お前への落とし前だけはつけさせてもらうぞ……」



 僕の内側からドス黒い闇がどこまでも広がっていった。




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