第16話 勇者の期末テストと豹変




 時は少し遡り。



 今日から期末テストだ。



 これさえ終われば、後は夏休みを待つだけになる。


 いっちょ、頑張りまっせ。




 意気込みつつ、俺は机の上のテスト用紙を眺める。


 …………おっ。


 わかるぞ。


 俺にも敵の動きが見える!?


 ……じゃなく、結構わかる問題ばかりだ。


 これ、あれじゃね?


 麗花がくれた問題集の成果じゃね?


 流石は塩姫……いや秀才と言われた生徒会長。



 逆に末恐ろしいくらいだぜ。



 っと、こんな感じて順調に期末テストが終わる。



 テスト後の安心感もあり、詩音とリョウと雑談をしていた。

 

 そんな最中、俺は二人の様子が可笑しいことに気づく。

 時折、遊井をチラ見しているようだ。

 しかも睨むような鋭い目で。


 特にリョウなんて、元ヤンだから怖いったらありゃしない。

 まぁ、二人とも遊井のことは大っ嫌いだからしゃーないんだけど。


 俺も同じように、遊井の姿をチラ見する。


 遊井は珍しく一人だった。


 いつもは仲間達グループに囲まれ、ヘラヘラ笑っているのに、ずっと窓際で外を眺めている。


 心なしか、やつれたようにも見えた。


 最近、ますます遅刻も増え、田中先生にも何度か呼び出されているようだ。


 そういや麗花の話だと、ここ最近ずっとイライラしていると聞く。

 多分、そのせいだろうと思った。


 けど、日頃つるんでいる仲間の連中も薄情だよな……。

 こういう時に励ましてやるのが友達じゃねぇの?


 まぁ、俺には関係ないか……。

 あれ以来、声を掛けてこねーし。


 遊井のことで、考える時間の無駄だと割り切ることにした。






 翌日の朝。



 期末テストの学年順位表が掲示板に貼られた。

 ちなみに100位内まで名前が挙げられる。


 俺は愛紗と麗花と詩音、それにリョウと彼女である千夏さんと一緒に順位表を眺めていた。

 


 思った通り、麗花はトップだ。


 愛紗も上位入りしている。


 不思議なのは、詩音も真ん中くらいに名前が載っていた。

 いつも勉強している風には見えないのだが、そこは『三美神』の美少女の一人。

案外、天才肌なのかもしれない。



「おっ! サキ、お前の名前載ってんじゃん!」


 リョウが声を張り上げ指を差した。


 俺は釣られて、その方向を視線を置く。



 60位。



「おおっ!? 本当だ、載っている! しかも真ん中くらいじゃん! 凄げぇ!」


 初めて名前が載り、まるで他人事のように喜んでしまう。


 手応えは感じていたものの、ここまで上位に食い込むとは思わなかった。


 偉いぞ、俺!



 ……いや、違う。



 全て麗花のおかげだ。


 それに、愛紗と詩音も。


 みんな泊まり込みで俺ん家の環境を整えてくれたり、勉強を教えてくれたり。



 ――本当に感謝しきれないくらい感謝している。



「よかったね、サキくん」


「うん、ああ……」


 ニコっと微笑む愛紗に声を掛けられるも、俺は言葉を詰まらせてしまう。


「サキくん?」


「ごめん、愛紗……俺、嬉しくて」


 なんだろう? 目頭が熱くなって涙が込み上げてくる。


「サキ君が頑張ったからよ。胸を張りなさい」


「そうだよ~、サキ~、にしし♪」


 麗花と詩音も自分の言葉で褒め称えてくれる。


 けど違うんだ……俺は自分の成果で感動しているんじゃない。


 俺が本当に感激しているのは――


「みんな……三人のおかげで、ここまで頑張れたから……みんなの優しさが……気持ちが凄げぇ嬉しくてさぁ」


「サキくん、ありがとう……(やっぱり優しいサキくんが好き、大好き)」


「フフフ、まだまだこれからよ(まずいわ、益々本気になっちゃう……サキ君)」


「えへへ~っ、今度なんかおごってね~♪(ずっと愛しているよ、サキ~♡)」


 愛紗、麗花、詩音の温かく優しい微笑み。

 個性的な三人の天使、いや女神……俺にはそう思えてしまう。


 この子達に出会えて良かった。

 仲良くなって嬉しい……そして幸せだ。


 心からそう思えた。


 俺は愛紗からハンカチを受け取り、自分の涙を拭く。

 年甲斐もなく泣いてしまって恥ずかしいと思いながら。



 だが――



「ふざけるなぁ! どうして僕がこんなに下位なんだぁぁぁっ!?」


 順位表を見ていた、遊井が声を張り上げていた。

 普段、比較的穏やかなのに珍しいことだと思う。


 しかしその怒声で、愛紗と詩音が反射的にビクッとして怯えている。

 麗花がそんな二人を落ち着かせるよう肩を抱いていた。



 また、遊井の傍にいた仲間のグループでさえ、驚いた表情を浮かべている。


「お、おい勇哉……どうした? いきなり大声だして?」


「こんなの間違いだ! 僕がこんな下のわけがない! 下のわけがないんだぁ!」


 どうやら普段より順位が下がったことに不満を訴えているようだ。


 どれどれ? 真ん中より少し上か……。


 なるほど、確かに普段は上位入りしているのに随分と低い総合点数と順位だな。


 でも悔しいが、俺よりもいいじゃん。

 まぁ、もうちょっと努力すれば手が届きそうだけど。


「ねぇ、勇哉ぁ。今回は調子が悪かったのよ……こういうこともあるよ。気にしないでね?」


 仲間の一人である可愛らしい顔立ちをした女子が慰めている。

 幼馴染である『三美神』が離れても、まだ奴にはああいう子達に囲まれているのだ。



 だが、



 ガッ!



「きゃっ!」


「うるせぇ、このビッチがぁ! お前に僕の何がわかるというんだぁぁぁ、ああっ!?」


 遊井の奴、慰めた女子の顔を拳で殴りやがった!?


「おい、勇哉! いくらなんでもやり過ぎだぞ!」


「やかましい、この腰巾着どもがぁ! 偉そうに口答えしてんじゃねぇ!」


 挙句の果てに制止に入る、サッカー部エースの坂本にまで腹部に蹴りを入れた。


「ぐあっ!」


 彼は床に倒れてしまう。

 そして遊井はこともあろうか、彼にとって命と言える足に向けて、思いっきり何度も踏みつけていた。


「ぎゃあ! あ、足が……足が痛てよぉ!」


 坂本は悲鳴を上げる。

 今、ゴキって鈍い音がしたぞ!?


 場は一気に騒然となる。


 こ、こりゃもう止めに入らないと!


「おい、遊井やめ――」


 俺が踏み込もうとした瞬間、リョウが肩をギュと握ってきた。


「駄目だ、サキ! お前は行くな! これは奴ら仲間内の問題だ!」


「リョウ?」


「それに、千夏に頼んで先生にチクってもらっている。直に治まるだろうぜ」


 リョウが言った束の間――。


 千夏さんに報告を受けた、田中先生と別の男性教師が駆けつけ、暴れる遊井を抑えつける。


「はっ、離せーっ! 僕が何をしたぁぁぁつ! どいつもこいつもバカにしやがってぇぇぇっ!」


 遊井は人が変わったかのように発狂して怒鳴り散らしている。

 まるで悪霊か何かに憑りつかれたような変貌ぶりだ。


「あれが、勇哉の本性よ……」


 麗花が冷静な口調で囁いた。


 本性? あれが? あの狂犬みたいな奴が?


 みんなに『勇者』と呼ばれていた……


 遊井 勇哉の正体だと?



「……あの人。自分の思い通りにならないと、決まってだれかに当たり散らしていたの……前はわたし……あるいは詩音。小学生まで、麗花も被害者だったわ」


 愛紗が体を震わせている。


「ユウは決して、あたし達以外に本性は見せたりしない……だから、あたしがいくら訴えても周りは誰も信じなかった。だって、あいつ優等生だから……みんなの信頼を勝ち取っていたから……あたしはビッチの噂、ずっと流されていたから……」


 詩音が瞳に涙を浮かべて語っている。


「正直、こんな形でボロを出すとは思わなかったわ……それだけ、『あの件』で追い詰められたってことね。普段からメンタルは弱い方だけど……プライドだけは人一倍だったのにね」


「麗花、あの件って?」


 淡々と言う彼女に、俺は尋ねた。


「……サキ君にはあとで教えるわ。多分、勇哉も終わっただろうし」


 麗花の言葉は冷たく聞こえ、でもどこか悲しそうにも聞こえた。




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