第13話 勇者に戯言を吹き込まれそうになる
あれから数日が経過した。
俺は麗花がくれた問題集をひたすら解いて自主勉している。
こんなに打ち込んだのは受験勉強以来かもしれない。
頑張れた理由は、麗花が褒めてくれるからだ。
なんていうか、あの俺にだけ見せる貴重な微笑みを向けられるとやる気が出てしまうんだ。
勿論、愛紗や詩音も応援してくれたり、わからない所を教えてくれたりと厚遇が半端ない。
おかげで一学期の期末テストも上に行けそうな手応えもある。
みんなここまでしてくれているんだ。結果は出したいなぁ。
けど最近、気になることもある。
それはクラス内で、ますます俺が浮くようになってしまったことだ。
特に男同士の対応が素っ気なく感じてしまう。
カースト上位連中は勿論、これまで普通に話していた普通の男連中に至るまで。
原因はわかっている。
きっと、俺が愛紗達と仲良くなったことを
けど全て覚悟したことだ。
別に連中とはそれほど仲が良かったわけでもない。世間話する程度だったし。
それに何か嫌がらせを受けているわけでもないしね。
きっと何かされないのは、リョウが傍にいてくれることもあるのかもな。
そして授業が終わった放課後。
俺は掃除当番のため居残りして用具を片付けていた。
リョウは千夏さんとデートしながら先に帰っている。
まぁ、俺も愛紗達を待たせているんだけどね。
「――神西君」
誰かが声を掛けてきた。
男の声だ。
俺は振り返ると、そこに意外な人物が立っていた。
「ゆ、遊井……くん?」
そう、あの『遊井 勇哉』だ。
こいつが俺に声を掛けてくるなんて珍しい……いや初めてだ。
「ど、どうしたの? お、俺になんか用?」
相手が相手だけに気まずいったらありゃしない。
特に何も後ろめたくないのに、カミカミで伺ってしまう。
「少し、キミと話したいと思ってね」
遊井は爽やかな笑みを浮かべる。
見た目だけは本当に勇者、または王子様のような男だ。
けど実際は相当な最低人間らしいけどな。
「俺に話? 何?」
「ここじゃね。どこか二人っきりで話さないか?」
遊井の提案に、俺はすかさず周囲を確認する。
同じ掃除当番の男女の二人が、すぐにでも帰ろうとしていた。
こいつと二人っきりか……はっきり言って嫌だな。
きっと、愛紗達のことで何か問い詰められるのだろうか?
つーか、俺とこいつの共通点はそこしかないからな。
「俺、人を待たせているんだ。大した用事じゃなければここで頼むよ。じゃなかったら日を改めてくれない?」
とりあえず教室内なら大声出せば誰か駆けつけてくれるだろう。
遊井は人前だと良い子ちゃんらしいからな。
日を改めれば、リョウが関わって監視してくれるだろうし、こいつと完全な二人っきりは嫌だ。
嫌悪感もあるけど……なんか不気味で怖い。
特に愛紗達から、こいつの二面性を聞いているだけに尚更だ。
遊井は俺が警戒しているのを察し、肩を
「……まぁ、いい。じゃ率直に言うよ、僕と彼女達との事、誤解しないでほしいんだ」
「彼女達? 南野さん達のことかい?」
「そうさ。きっと愛紗と麗花と詩音に色々と吹き込まれているんだろ? 僕が彼女達に酷い仕打ちをしてきたってね……。それで僕と決別したとね?」
遊井の言葉に、俺は無言で頷く。
奴は首を横に振りながら「やれやれ」と深く溜息を吐いた。
「やっぱりね……ったく、あいつらときたら困ったもんだ。きっと僕が他の子と付き合っているのが気に入らず、そういう行動を取っているんだろうねぇ」
「そういう行動?」
俺は何を言い出すんだと思い、目を細めて訊き返す。
「ああ、知っていると思うけど、僕は三人とそのぅ……男女の関係にあった。まぁ、元カノと言えば聞こえがいいのかわからないけどね。幼馴染と言ったって、そこは年頃の男女だからね」
「……それ、嘘だって聞いたよ」
「そんなの正直にキミに言うわけないじゃないか? ましてやキミは愛紗の恩人だろ?」
まるで愛紗達が俺に嘘を言っているような口振りだ。
あんなに一生懸命にしてくれる子達が俺に嘘を言うわけがねぇだろ!
こいつこそ、さっきから何言ってんだ!?
「じゃあ、訊くけど、どうしてあの時、不良に絡まれていた南野さんを見捨てたんだよ?」
「見捨てたんじゃないよ。一度、人を呼ぶのに離れただけさ。それこそ用事があるように装ってね……でも、真っ先にキミが代わりに助けてくれたようだね」
そ、そうなのか?
なんか辻褄は合ってそうだけど……。
「北条さんは? 本人は涙流してセフレじゃないって言ってたぞ!?」
「……あいつは昔から、僕にぞっこんだったからね。自分が遊ばれていると思われるのが嫌だったようだ。詩音の気持ちは嬉しいよ……でも、やっぱり幼馴染の枠から抜けだせなくてね」
「東雲さんは遊井君と彼女のフリをしていただけだって……」
「麗花はプライドが高いからね。キミだって良く知っているだろ? 中二の時、僕と愛紗と付き合っていたのを一番嫉妬していたのも彼女なんだ」
俺の問いかけに、遊井はポンポンと返答してくる。
しかも、やたら真実味を込めた堂々としたドヤ顔だ。
きっと、あの子達を知らなければ、思わず信じてしまうかもしれない。
「そ、それで、遊井君は俺にどうしろと?」
「無関係な神西君には迷惑を掛けたと思っているよ。だから謝罪したくてね」
言いながら、遊井は頭を下げて見せる。
「――この通りだ。本当にすまないと思っている」
やたら潔い謝罪っぷりだ。
あのカーストトップであり『勇者』と呼ばれた男が、俺に頭を下げている。
「やめてくれよ、遊井君! 別に俺、迷惑してないよ! だから頭を上げてくれよ!」
俺も状況が慣れずに止めるよう呼び掛けてしまう。
つーか慣れるわけもない。
遊井は頭を上げ、俺をじっと見つてめいる
少し瞳を潤ませていた。
本当に申し訳ないと思っているようだ。
「わかってくれるかい、神西君」
「ああ……一応ね。けど、遊井君の話が本当なら、俺じゃなく南野さん達に謝るべきじゃない?」
「え?」
「だって彼女達を怒らせているんだろ? だったら、まだ学校内にいるから謝っておいでよ。俺のことは、もういいからさぁ」
「……そうだね。明日にでも、そうするよ」
ん? なんか急に様子が可笑しくなったぞ、こいつ。
「俺、さっき人を待たせているって言ったよね? 南……いや、愛紗と麗花と詩音のことだよ。ずっと生徒会室で待ってくれているんだ」
「そ、そう……」
「遊井君も一緒に行く? 俺から口添えしてあげるよ」
「いや、だから明日でいいよ」
「どうして? 俺に潔く頭下げてくれたのに、彼女達には頭下げれないのかい?」
「……ハハハッ、違うよ。僕は、神西君の誤解をまず解きたいと思って誠意を込めたまでさ。あの三人は幼馴染だ。気心しれているしね。いつでも謝れるさ」
「でも、相当怒っているよ。俺に嘘をつくくらいだしね」
俺の言葉に、遊井は口を閉ざしてしまう。
やっぱりそうか……この野郎、嘘をついているな。
愛紗達に会えば、バレるもんだから躊躇してやがるんだ。
わざわざ、俺に声を掛けて謝罪までしているのは、彼女達が俺を騙していると思わせたいため。
遊井との幼馴染の男女トラブルに、俺が巻き込まれているっていう風に演出したいんだな。
確かに彼女達と友達になる前なら、そう捉えてしてしまうのかもしれない。
いや、おそらくそう思って自分から身を引くだろうな。
――多分、そこが遊井の狙いなんだと思う。
本来、俺なんかと一緒にいてくれる子達じゃないからな。
寧ろ『当て馬』として利用されているんじゃないかと思ってしまうだろう。
けど、これまで接してきた限り、あの子達は俺に一度も嘘なんかついてない。
いつも真剣に親身になって、俺と向き合ってくれているんだ。
今だってそうさ。
俺は信じる――。
愛紗、麗花、詩音の三人を信じるぞ。
胡散臭い遊井の言う事なんか信じるわけねぇだろ!
俺は真っすぐ、遊井の顔を凝視する。
「遊井君、俺に言ったこと……みんなには黙っておくから、もうそういうのやめなよ」
「なっ……」
「カッコ悪いよ」
それ以上、俺は何も言う事なく、自分の鞄を持って教室から出て行く。
遊井がどんな表情で立ち尽くしているか、あえて確認しようとは思わなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます