第9話


「えっと、名前か……」


 ゲームのように、適当に名付けるわけにもいかない。


 俺は少し考えた。


 彼女の容姿を見る。


 お人形のように、可愛らしい顔立ち。どことなく、玉依に似ている。彼女の中で、一番目を引くのが、あのピンク色の髪と瞳だ。


「あっ、待って」


 俺は廊下に出て、向かいにある和室へと向かう。祖父母が使っていた和室には、書架があり、そこに『色』の本があったはずだ。


 俺は手早く目的の本を見つけると、それを畳の上で広げた。


 目次を見て、赤色のページを捲る。


 タタタタタ……


 少女が後を着いてきた。


 襖の手前で止まり、こちらの様子を伺っている。


「来て」


 俺は優しく少女に呼びかける。


 少し警戒したように眉間に皺を寄せ、体を強ばらせた少女だが、ゆっくりと、慎重に近づいてくる。


「見て、君の髪と目に近い色は……」


 色と言っても様々な色があり、名前がある。特に、日本人は昔から色には深いこだわりがあったようだ。


 赤と一言に言っても、『赤』『猩(しよう)々(じよう)緋(ひ)』『紅(くれない)』『深緋(こきひ)』『緋(ひ)色(いろ)』『赤丹(あかに)』など、僅かな濃淡によって呼び名が違う。


 俺は少女の髪の色と、色見本を見比べた。俺の反対側に座った少女は、同じように色見本を覗き込む。


 俺は赤色から、徐々に薄い赤色へと見ていく。


 少女の指先が、一つの色を指し示した。


「これ、わたしとおなじ」


『朱華(はねず)色』、『唐棣色』とも書く。唐棣とは、ザクロの古名らしい。


「お、これは」


 俺は色の説明文を見る。


 天武天皇の時代、親王など一部の権力者のみが身につけていた色で、一般の者が使うことを禁じられた、『禁色』になったこともあるそうだ。


「高貴な色なんだな。確かに、髪の色はこれにそっくりだ。それじゃ、君の名前は、今日からこの色の名前を取って、『朱華(はねず)』だ」


「はねず?」


 少女、朱華は自分を指し示す。


「そう、君の名前は、朱華だ」


「うん。わたし、はねず」


 少女はコクコクと頷く。


 改めて、俺は朱華を見つめる。


 童話なやゲームなどで出てくるピクシーという可愛らしい妖精を想像すれば、それが一番近いかも知れない。羽は生えていないが、ピンク色の髪と瞳は、彼女の愛くるしさを際立たせている。


 コスプレで髪をピンク色にしているが、その作り物の髪と、朱華の髪は全くと言って良いほど違っていた。艶やかで、花が生み出すような自然な色合いだ。


「とりあえず、着る物か……」


「きるもの?」


 朱華は目をぱちくりさせて、俺を見上げる。


「これだよ」


 俺は服を引っ張る。朱華は自分の体と、俺の体を交互に見ている。


 全長一五センチほどの朱華。裸でいさせるわけにも行かないだろう。少女相手にやましいことなど考えないが、目のやり場に困ってしまうのも事実だ。


「きるもの? わたし、ふくきたい。はくほう、と、同じの」


 はくほう、と呼ばれると、少しこそばゆい感じがする。


「だよな。でも、そのサイズの服なんてあったかな」


 立ち上がると、同じように朱華も立ち上がる。


 本を書架に戻した俺は、隣の奥座敷にある押し入れを開ける。


「……衣装ケースに、麒麟のお古があったはずだけど」


 『きりん』と記された衣装ケースを開けてみる。


「やっぱり、こんなに小さな服はないよな。生まればかりの子供だって、朱華より遙かに大きいんだしな」


「ふく、ないのか?」


 朱華が残念そうに呟く。


「ちょっと待って。もしかすると、麒麟の部屋にあるかな」


 今はあんな麒麟でも、昔はよく咲と一緒に人形遊びをしていた。もしかすると、何処かに人形の服が残っているかも知れない。


 早速、俺は二階へ行く。


「とっ、大丈夫か?」


 階段の途中で、俺は振り返る。


 朱華は、小さい体でジャンプをして、なんとか一段一段、階段を登っている。


「乗るか?」


 俺は身を屈め、手を差し出す。


 朱華は俺の手を見て、顔を見て、ニコリと微笑む。


「うん」


 朱華の体は、見た目以上に軽かった。まるで、羽を乗せているかのようだ。


 温かい。朱華から伝わってくる温もりは、確かに、この極小の幼女が存在していることを俺に示していた。


 これは、夢でも錯覚でもない。紛れもない現実の出来事だ。


「どうかしたか?」


 小さな口から発せられるのは、拙い言葉だ。


 俺は「なんでもない」と答えると、麒麟の部屋へ向かった。

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