第7話
見える範囲に、タマゴはない。
一人空しく、誰もいないリビングでテレビが騒いでいるだけだ。
ゆっくりと息を吸い込み、俺は足を伸ばした。
どこだ? タマゴはどこにある?
耳を澄ますが、タマゴの転がる音は聞こえてこない。
カシャッ……!
あ、やっちゃった……。
呼吸が止まった。
足下を見るまでもない。
聞き覚えのある音、そして、硬い何かを踏み砕いた感触を足の裏で感じ取った。
「誰か、嘘だと言ってくれ……」
恐る恐る、俺は足下を見る。
タマゴが潰れていた。
正確には、俺が潰していた。
右足で、完全にタマゴを踏み潰していた。
内容物が飛び出し、フローリングの床を汚している。靴下を通して伝わってくる、冷たい感覚。
一瞬、頭が真っ白になる。だが、すぐに激しい後悔が襲ってきた。玉依に怒られる、いや、殺されるかも知れない。なによりも、タマゴの中身を殺してしまった。その事に、俺は動揺していた。
ピッ
突然、テレビの画面が切り替わり、洋画が映し出された。さらに、矢継ぎ早にチャンネルが切り替わっていく。
冷たい汗が、背筋を滴り落ちる。
周囲に気を払いながら、俺はタマゴから足を退ける。
内容物が少ない。割れた殻が散乱しており、粘り気のある透明な液体が足の裏にくっついている。
「生まれたのか……。そいつが、チャネルを変えている?」
リモコンは座卓の上にあったはずだ。だが、何処を見てもリモコンはない。
「何処だ? いるのか?」
意を決し、俺は声を張り上げる。
返答は、ない。
チャンネルも変わらない。
俺が来て、相手も警戒しているのかも知れない。
俺はリビングを見渡す。
左手には掃き出し窓。その前にはテレビ台があり、テレビの前には座卓。座卓を挟んでテレビの反対側には、ソファーがある。
右手には、ダイニングテーブるがあり、その向こうには対面式のキッチンがある。
ここから完全な死角になっているのは、キッチンの向こう側だ。
ゆっくりと、落ち着けるように呼吸をして俺はそろりと足を進める。
真っ昼間、それも自宅にいるというのに、尋常じゃないほど緊張感が高まる。
タタタタタッ
何かが視界の隅を走り抜けた。
想像していたよりも、小さい。
一瞬、鼠かと思ったが、この家で鼠など見たことがない。
「誰だ!」
誰だ、と俺は叫んだ。
一瞬だったが、視界の隅で捕らえた『それ』は、二足歩行だった。
小人。
俺は、昔話や童話に登場する小人を真っ先に思い浮かべた。
「そこにいるのか?」
『それ』は、ソファーの向こう側へ隠れたように思えた。
俺はテレビの方からソファーの正面へ回り込む。
ソファーと壁の間。およそ三〇センチ程度の隙間に、『それ』は居た。
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