幕間劇 part1

大きなカプ

 あるところ、自給自足で暮らす夫婦がいます。

 二人は毎日畑を耕していました。

 畑の名をpixivといいます。

 夫はSS、妻は漫画でたくさんのフォロワーを抱えておりました。

 二人は共に一つのカップリングを愛しています。最初はマイナーでpixivでの作付面積もわずかなものでしたが、長年に及ぶ布教活動が実を結び、気が付けば夫婦の推しカプは大きなカップリングへと成長していました。


「いやぁ、ずいぶん大きくなったなぁ」


 タグ検索のヒット数が4桁に達したのを見て、夫は感慨深く頷きました。

「そうね」と妻も微笑みます。


「それであなた、次の同人誌の内容についてなんだけど」


 妻は夫に〇〇〇〇〇〇〇〇〇とてもカクヨムには載せられないような内容でいこうと提案します。すると夫は神妙な面持ちで顔を横に振りました。


「もう、r-18からは手を引こうと思う」


 夫の急な発言に、妻は理由をただします。

 夫はこう答えました。


「pixivの検索ヒット数が一桁の頃から推してきて、そのおかげで君とも出会えて、こうして今の人生が送れている。界隈の規模が大きくなっていくさまもずっと見守ってきた。僕にとって恩人であり、子供のような存在なんだ。そして最近気付いてしまったんだ……自分が推しカプで抜けなくなっていることに。僕はもう、純愛路線の二次創作に手を合わせて拝むことしかできないんだ」


 夫の告白に、妻は驚きを隠せませんでした。

 しかし、思い当たる節はありました。

 自分の描いたr-18イラストを渡すやいなやトイレに駆け込んでいた夫が、近頃はただぼんやりと眺めるだけになっていたことを思い出したのです。

 年齢のせいもあるのかもしれません。

 しかし、妻は諦めたくありませんでした。


「私に任せて」


 妻はすぐさま作業デスクと向かい合います。

 うんとこしょ、どっこいしょ。

 すさまじいスピードでエッチなイラストを仕上げ、夫に見せてやります。


「どう? ムラッと来る?」

「う~ん」


 それでも夫は抜けません。


「じゃあ……」


 うんとこしょ、どっこいしょ。

 妻はかつて夫がSSで書いていた濡れ場のラフ画を書き上げます。


「どう?」

「う~ん」


 それでも夫は抜けません。


「じゃあ」


 サセックスしないと出られない部屋。


「う~ん」


 催眠。


「う~ん」


 NTR。


「う、う~ん……」


 それでも夫は抜けません。

 三時間近くイラストを描いていた妻はさすがに疲れ、ネタも尽きかけていました。


「仕方ない、応援を呼ぼう」


 妻は推しカプ界隈のDiscordで救援を呼びかけました。


「あ、あなたほら、森々パセリさんの緊縛」

「う~ん」

「山茶花さんのバラムツ食後おむつ」

「う~ん」

「ヌギャスさんの電気風呂は?」

「う~~ん」

「☆mikan☆さんの感度三千分の一」

「う~~~ん」


 その後も、種々のイラストやSSを浴びました。

 それでも夫は抜けません。


「ごめん、僕はもう……」

「そんな、まだ諦めちゃだめよ」

「気持ちは受け取るよ。でも、きっとこれでいいんだ」


 パソコンの前に座る二人の間に、どんよりとした空気が漂います。

 沈黙に耐えかねてか、夫は妻の横を離れようとしました。


「……ん?」


 しかしその時、夫はサブモニターに表示していた推しカプのr-18タグ絵の一つに目が留まりました。


「これは、この絵は……」


 のめり込むようにモニターに食らいつく夫。

 妻も画面を覗き込みます。

 それは、お世辞にも上手いとはいえないイラストでした。

 人間同士が絡むシーンを描いたことがなかったのか体のパーツサイズはとことん不安定で、肌の色塗りもバケツツールで乗せただけのような単調さ。トレスして書き込んだらしい背景も、キャラクターとのパースが合っておらず余計に不自然さを生んでいます。

 しかし、そこには何かがありました。

 夫は引き寄せられるようにクリックし、添えられたコメントを読みます。


『初めてのイラストで稚拙ですが、気持ちが抑えられなかったので投稿しました。』


 投稿したユーザーの作品数は1。

 つまり、このイラストが初めての投稿作品。


「──なんだか、眩しいわね」


 あの頃の私を見ているみたい。

 妻は呟き、力無く笑いました。

 夫も頷きます。


「大切なことを忘れていたよ。僕達はいつの間にか、よりニッチに、よりえげつなくと突飛さを求めてしまっていたんだ。あの頃の気持ちを……キスシーンだけで際限なく興奮できていたあの頃の初々しさを失っていたんだ」


 涙を流す夫。

 その股間はもう、すっかり初心を取り戻していました。


「もう大丈夫だ、行ってくる」

「ええ──行ってらっしゃい」


 スマホで同じイラストのページを開き、部屋を出る夫。

 その背を見送ってから、妻は自身のアカウントのページに飛びます。

 そして最も古い、今となっては稚拙で見るのも辛いと思っていた二次創作漫画のページを開きます。

 十にも満たない反応。

 しかしそこには、一件のコメントが付いていました。

 それこそ妻が自分の作品に初めてもらった反応。

 二人が初めて互いを認知した瞬間であり、サイトに刻まれた出会いの電子記録。



“エッッッッッッッッッッッッッッッ(3回抜きました)”



 その文字列を、妻はいつまでも眺めていました。

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