北風と桶屋

 下ろされたシャッターの並ぶ、寂れたアーケード街。そこに一軒の桶屋があった。腰の曲がった店主が、ぼーっと店の前で座っている。

 ふと、アーケードの入り口から吹き込むものがあった。

 北風である。


「よぉ親父、今日も相変わらずの客入りじゃねぇか」

「お前こそ、こんなところに吹くこともないだろう」


 店主のぼやきに、北風は「そりゃ違いねぇ」と笑う。


「しょうがねぇな、ちょっくら住宅街の方で吹いてきてやるよ」

「あぁ、毎度申し訳ないねぇ」

「なに、俺が好きでやってんだ」


 アーケードをそのままくぐり抜け、北風は再び空へと舞い上がっていく。

 数時間後、桶屋の前には押し寄せ群がる客達の姿があった。


 北風が吹くと桶屋が儲かる。


 それは北風がたっぷりと蓄えていた毒性物質が一部の人間に熱・吐き気・鼻水といった症状を引き起こさせたからだったのだが、北風も店主も、それに気付くことはない。


 別の日。

 腰の曲がった店主がぼーっと店の前で座っていると、アーケードの門から吹き込むものがあった。


「よぉ親父、今日も相変わらずの客入りじゃねぇか」

「お前こそ、こんなところに吹くこともないだろう」


 店主のぼやきに、北風は「そりゃ違いねぇ」と笑う。


「しょうがねぇな、ちょっくら住宅街の方で吹いてきてやるよ」

「あぁ、毎度申し訳ないねぇ」

「なに、俺が好きでやってんだ」


 アーケードをそのままくぐり抜け、北風は再び空へと舞い上がっていく。

 数時間後、桶屋の前には押し寄せ群がる客達の姿があった。


 北風が吹くと桶屋が儲かる。


 それは北風が環境対策がずさんな工業地帯より強酸性の雨を降らせる雲を連れて来て道行く人の皮膚を焼いたりトタンの屋根に穴を開けたからであったのだが、やはり北風も店主も、それに気付くことはなかった。


 また別の日。

 腰の曲がった店主がぼーっと店の前で座っていると、アーケードの門から吹き込むものがあった。


(中略)


 数時間後、桶屋の前には押し寄せ群がる客達の姿があった。


 北風が吹くと桶屋が儲かる。


 なんかこう、バタフライ効果みたいなやつが原因だったのだが、やっぱり北風も店主もそれに気付くことはなかった。


 そして、また別の日。

 腰の曲がった店主がぼーっと店の前で座っていると、アーケードの入り口から吹き込むものがあった。


「よぉ親父、今日も相変わらずの客入りじゃねぇか」

「お前こそ、こんなところに吹くこともないだろう」


 店主のぼやきに、北風は「そりゃ違いねぇ」と笑う。


「しょうがねぇな、ちょっくら住宅街の方で吹いてきてやるよ」

「あぁ、毎度申し訳ないねぇ」

「なに、俺が好きでやってんだ」


 アーケードをそのままくぐり抜け、北風は再び空へと舞い上がっていく。


「おじさん!」


 店の奥から叫ぶような声を上げながら出てきたのは、学生服に身を包んだ一匹のカモだった。店主の親戚の子で、かれこれ十年くらい浪人学生をやっている身分だった。


「やったよ! ついに第一志望の大学に受かったんだ!」

「何だって! それはホントか!」


 二人は手を取り合い、寂れたアーケード街で気が済むまで何時間も踊った。








 北風が吹くと、桶屋ガモ受かる。

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