3本目

『さぁて、それじゃあ楽しみましょうかね』


 BLUE ROSEが不敵に笑う。

 刹那、彼女の握る茨のムチがNagiに向けて振るわれていた。横薙ぎに飛んでくる茨を、Nagiはジャンプによって避ける。

 しかし、それもまたBLUE ROSEにとっては想定内だった。空中に逃げたその軌道上に、くノ一の少女が飛び跳ねてきていたのである。


「っ――ルナブラスト!」


 とっさの判断で、Nagiは衝撃波を飛ばす技をBLUE ROSEに放った。

 その反動でNagiの飛ぶ軌道が変わる。くノ一少女の水の刃を、Nagiは紙一重というところでかわした。

 無事に着地したNagiに、ボイチャ越しでBLUE ROSEは感嘆の息を漏らす。


『ふーん、今のかわしちゃうんだ。ということはまた速度上げたわね?』

「なんで今の一撃だけで分かるんだか……というかお前! このニンジャ娘もBLUE ROSEお前だろ! じゃなきゃこんな連携できるか!」

『あら、ご慧眼』

「プレイヤー名で丸分かりだこのタコ野郎め……最近いなかったのもコイツのランク上げのせいか」


 草薙は歯噛みする。

 くノ一の少女、そのプレイヤー名は〈Aobara青薔薇〉。

 目の前で戦う二人のキャラクターは、一人によって同時に操作されている――それがBLUE ROSEというプレイヤーにとって不可能でないことを、草薙は痛いほど知っていた。


「ったくよ、ちったぁ自分の花言葉ぐらい覚えとけ……」

『で、どうするナギ? 作戦は筒抜けだが』


 ジェイがボイチャで問い掛ける。


「どうするもなにも、小細工なんか通用しないんだ。正面から殴る。最初はニンジャ」

『分かった』


 頷いたものの、Jにとってこれは不利な戦況であった。比較的スピードを重視しているくノ一とBLUE ROSE相手に、平均以下の速度ステータスのJではどうやっても後手に回ることしかできないからだ。戦うとすれば、カウンターを狙った待ちの戦法ぐらいのもの。


(しかし、相手はM・O・B)


 少しでも操作に間違いが生じれば、たちまちその攻撃の餌食となることは容易に想像できた。コントローラーを握るジェイの手に、じわりと汗が滲む。


(この緊張感、イランで反政府組織のリーダーの頭ぶち抜いた時と同じかそれ以上……)


 芋づる式に狙撃した後の遺体処理のことを思い出し、ジェイのjがむくむくと成長する。


『……いいだろう、いつもかかってこい青薔薇』


 現実とゲームで、いい感じの棒を構える。その時にはもう、ジェイは高度なトランス状態に入っていた。


『あらそう? じゃあ遠慮無く』


 予備動作のない茨の一閃がJを襲う。

 その一撃を、Jは土属性ランドを付与したガードでいなす。そしてその受け流した勢いのまま、JはBLUE ROSEの横に立つくノ一を仕留めるべく動こうとした。

 BLUE ROSEが扱ういい感じの木の棒は、異端と名高いムチ系武器のトップメタ、いばらである。

 衝撃波を飛ばす遠距離攻撃が多少なり存在するとはいえ、いい感じの木の棒で戦うことをテーマとしたボインでは近接攻撃が中心だ。そんな中で離れた間合いをもって戦うことができるムチは、適切な間合いさえ取れれば一方的な蹂躙を可能とする。

 しかしそうならないように、通常ムチでは攻撃速度が遅く設定されていたり、加護の燃費が悪かったりと相応のバランス調整が施されている。ゆえに低レートこそ間合いの利によりムチは強武器とされているが、上位にいけばいくほどムチの使用割合は減少傾向にあった。


 ――だが、世界最強がムチ使いであることも確かな事実であった。


 Jが攻撃すべく動いた時には、既にBLUE ROSEとくノ一は闘技場の対角線上にまで移動している。Jの行動を読んだBLUE ROSEが、どちらのキャラも攻撃されないように動いていた。


『ったく、相変わらず隙の一つもねぇなぁどいつもこいつも』


 ジェイが笑う。BLUE ROSE達の逃げた方向に、同時に翔る白い光があったからだった。


「奥義――天翔蝋閃あまかけるクチクラのひらめき!」


 Nagiの繰り出した、神速の一撃。それは惜しくも、くノ一の少女を掠めるに終わった。

 しかしそれも折り込み済みで、Nagiはその一刀を振り抜いていた。

 高濃度で放出された精霊の加護の素である霊気が弾け、BLUE ROSE達を襲う。二人に多少なりのダメージを与えつつ、太陽属性ソルのBLUE ROSEには追加でノックバックを付与する。


 僅かに動きが止まったBLUE ROSE。

 その足下が、突如槍のように突き上がった。


『って、ふたりとも最初からBLUE ROSEわたし狙い!?』


 BLUE ROSEが、少しばかり驚いた声を出した。

 すぐさま視点を動かす。

 離れたポイント、Jのアバターが地面に木を突き刺していた。

 BLUE ROSEにダメージを与えた一撃こそ、Jが唯一使える遠距離攻撃「隆起槍クエイク・ランス」であった。


「こないだ狙う相手ぇ天邪鬼で伝えようっつってたからな……さすがにこれぐらいは決めさせてくれるか」

『あら~、Jったら私のこと買いかぶりすぎじゃない?』


 軽口を叩きながら、BLUE ROSEはくノ一の少女でNagiに攻撃をする。間合いをとるまでに、Nagiも少なくないダメージを食らわされた。


「ぜんっぜん動揺しないやつには言われたかないけどな……」


 Nagiがいい感じの木の棒を構え直す。

 勝負は、まだ始まったばかりであった。



 月光が空気を裂く。

 陽光が刺々しくしなる。

 大地が鳴り響く。

 水が迸る。



 後に動画サイトで配信されたアーカイブ映像に、世界中の〈ボイン〉プレイヤーは驚き、猛り、そして笑うことになる。


『おいおい、これ本当に俺たちがいつもやってるゲームかい?』

『なんだ、僕たちのはただの木の棒だったらしい』


 過去の世界大会すらも凌駕する、〈ボイン〉史上最も白熱した一戦。

 最初に倒れたのはBLUE ROSEの扱うくノ一だった。NagiがBLUE ROSEの本体とタイマンを繰り広げている間に、有利対面のJが辛勝を勝ち取っていた。

 しかし、ある意味ではそこからがこの戦いの始まりだったとも言えるだろう。二人同時に操っていたBLUE ROSEの操作リソースが本体に集約されたその瞬間、Jはその猛攻に瞬く間に倒されてしまったからだ。


 そして闘技場に残された、NagiとBLUE ROSE。

 プレイヤー対の間で「第七.五回世界大会決勝」と語り継がれることになるその死闘は、互いの残された加護を全てぶつけた一撃によって決した。


 Nagiの「天翔蝋閃あまかけるクチクラのひらめき」。

 BLUE ROSEの「エヴァー・ローズ・ガーデン」。


 目映い月光と咲き乱れる薔薇の花が闘技場を覆った後、最後に立っていたのは――。


  *  *  *


「――お見事だわ」


 画面に表示された「YOU LOSE」に、BLUE ROSEはボイチャでマイクの向こうにいるのであろう少女に賛辞を送った。


『気まぐれで速度上げてなきゃ、アンタの勝ちだったけどな』


 それに対し、集中力の切れた草薙は疲れ切った声で答える。


「うふふ、運も結果には含まれるものよ。あーあ、私もまだまだ強くならなきゃいけなくなってしまったわ」

『2キャラ同時プレイしといて何言ってんだか……別に、私はアンタが世界で一番強いことに異論はねぇよ』

「あら、デレるなんて珍しいわね?」

『うるせぇ! はー……駄目だ。全部気力使い果たしたから今日はもうやめだ』

「そう? お疲れ様。私はあと三戦くらいやろうかしら」

『ったく、相変わらずバケモンだな……ああいや、バケモンだけど』

「あら、失礼しちゃうわね。そんな態度じゃ世界最強には程遠いわよ?」

『別に――私には人類最強にさえなれれば十分だよ。じゃあな』


 ボイスチャットが切断される。



「もう……向上心があるんだかないんだか」



 BLUE ROSEは握っていたコントローラーをテーブルに置き、うんと四本の触手を上に伸ばした。それが合図となるように、暗がりの部屋のドアが開けられる。入ってきたのは、スーツを着こなしサングラスをかけた女性だった。


「ロゼさん、今よろしいでしょうか。ロゼさんの母星から通信が入っておりまして……」

「あらホント? ちょうど今キリがいいわ」


 椅子の上から、BLUE ROSE――ロゼがそのタコのような軟体を降ろす。

 アメリカ・ネバダ州、エリア51地下施設。

 そこに設けられた自室を離れ、ロゼは粘液を引きながら通信施設へと向かった。



 いい感じの木の棒で戦う〈棒 オンライン〉。

 そのトッププレイヤーである〈BLUE ROSE〉の正体は、惑星オクトパより使者としてやってきたタコ型宇宙人だったりする。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る