2本目
古代ローマ・コロッセオを彷彿とさせる闘技場。
しかしそれは、厳密に言えば建築物ではない。頭上を覆う天蓋が薄緑の陽光を落としているのはその天蓋が植物の枝葉によって作られているからであり、天蓋を支える観客席や壁面、柱にいたるまでの全てが、数千本もの生きた神聖なる精霊樹によってかたち作られているのだ。
そんな闘技場に、赤・青・緑二つずつ、計六つの魔法陣が形成される。
立ち上がる光の柱から現れるは、精霊の加護を受けし者達。
色白な少年、〈Nagi〉。
甲冑に身を包んだ武人、〈J〉。
二人は赤の魔法陣から現れていた。この魔法陣の色分けが、そのままタッグ戦のチーム分けとなるわけである。
残りの魔法陣からも、続々とレート上位の猛者達が現れる。
「――げ」
その中の一人に、Nagiはあからさまな反応をしてしまった。
『これは、ヤバいな』
Jもまた、驚きながら困惑した様子を見せた。
青の魔法陣から現れた、長身の女性アバター。
金に深紅のカラーを差した長髪は見事な縦ロールに巻かれ、顔立ちも鼻が高く気品の高さを感じさせる。身に纏うは真っ青なマーメイドラインのドレスであり、溢れんばかりの胸を心許なく支えるその胸元やスカート部分には、何輪もの青い薔薇があしらわれている。闘技場の舞台よりも、およそそれを来賓席から見下ろししている方が似合っているようなオーラがその女にはあった。
そして彼女に驚いている暇も無く、別モニターで開いていた草薙とJが用いるグループチャットに新たなボイス参加者が現れた。
『ハ~イナギ。元気してる?』
「おかげさまでね……最近アンタ見てなかったから調子は最高だったよ」
『も~言ってくれるんだからぁ』
流暢な日本語でこそ喋っているが、その声の主は日本人ではない。
『棒 オンライン』公式によるトーナメントバトル世界大会――七回の歴史を持つその戦いで、チャンピオンとして名を刻んだことがあるのはわずか二人。
第二回・第五回を制した、Nagiこと草薙。
そして残りの五回全てを制覇した者こそ、この声の主の正体であり『
ゲーム内チャットのスタンプも、他のプレイヤーによる驚愕の反応がどんどんと並ぶ。それもそうだろう。アクティブユーザー数五十万人を誇る世界的ゲームの二人しかいない歴代王者が、今この対戦に集まってしまったのだ。
『どうかしら、
「生憎、こっちはショタが成長する前にその姿を目に焼き付けとかなくちゃいけなくてね、アンタほど暇じゃないんだ」
『あら、まるで私がこのゲームしかしていないような言い草』
「事実言ってんだよこっちは」
そんな煽り合いをしている間に、対戦開始の時間が刻々と近づいてくる。
『ま、別にいいわ。私がナギに望むのは、私に本気を出させてくれることだけよ』
「けっ、今のうちに言ってな……!!!」
3、2、1――。
"
「
開始と同時、Nagiが先手を打つべく動き出す。精霊の加護スキルが発動され、Nagiはその身に
〈ボイン〉における属性は、火・風・土・水の四竦みに互いを弱点とする
その大きな理由の一つこそ、Nagiが確立した『SLS〈スピードルナスタイル〉』だった。
〈ボイン〉には、キャラクターレベルのシステムは存在していない。代わりに存在するのが、あらかじめ決められたポイントを各ステータスに割り振るカスタマイズシステムだ。
力、耐久、速度、技術、精神、加護。
力は攻撃力に。
耐久はHPと防御力に。
速度は移動・攻撃速度に。
技術は攻撃の精度に。
精神は加護の持続力に。
加護はバフの効果量に。
そんな具合で存在する六つのステータスを各々の好みで振るのが〈ボイン〉における最初の駆け引きとなるのだが、Nagiはそこにゲーマーとしての浪漫を見出した。
「耐久なんて、当たらなきゃいいだけの話だろ!」
力・耐久を最低限に、技術を平均程度に振り、そしてその余った残りを全て速度と精神・加護に割り振る。
勿論初心者が使ったら即死を免れない、ピーキーもピーキーなステータス配分である。しかしそれを使い続け、Nagiは――草薙は世界王者に至るほどにそのスタイルを極めていた。
完全に同じ型で使いこなせる人間は、世界で100人いるかいないか。
そして真に理解し使っている人間はただ一人。
それこそが浪漫、それこそが、Nagiの
Nagiが駆ける。画面上に、目映いほどの閃光が迸る。
まず最初に狙ったのはBLUE ROSEとは別、緑チームの長いクスノキを持った男だ。しかし、相手も手練れ。Nagiが攻撃してくることを想定して、すぐさま防御行動をとっていた。
Nagiのブナの木と、男のクスノキが樹皮を交える。理論値と2
「――そして、そこまで想定通り」
草薙がわずかに口角を上げたその時、画面の向こう、中国人の男は驚きに目を見開いた。連続で防ぐはずの二撃目が、どういうわけかガード崩しされていたのである。
その理由を、男はわずかばかり遅れて理解する。
『おいおい、間違えてタッグ戦に入っちまったクチかい?』
Nagiの
Jの扱ういい感じの木の棒は、その長身の半分はあろうかという長さと、腕ほどの太さのあるクリの木だった。手数に重きを置いたNagiとは真逆に、一撃で確実に仕留めにいく。それこそが一人のプロの殺し屋が見いだした、このゲームでのスタイルだった。
阿吽の呼吸で相手の防御を崩したところに、Nagiがすかさず連撃を叩き込む。そのダメージは、致命傷とは程遠い。しかしそれこそが、Nagiの生み出したSLSのギミックなのだ。
それが意味するのは何か。
(滅茶苦茶殴れば、滅茶苦茶火力が出る……!)
もちろんNagiの思惑を、相手が理解していないわけはない。すぐさま緑チームのもう一人が、Nagiに攻撃される相方を助けようと握ったいい感じの木の棒に炎のエフェクトをまとわせて殴りかかった。
しかし攻撃が当たろうかと思った瞬間、それは当人へのダメージによりキャンセルされた。
『だ~め♡ 私が全力のナギちゃんと戦うんだから』
離れたところで、BLUE ROSEが艶美な笑みを浮かべていた。
その右手に握られているのは、五メートルはあろうかという茨のムチであった。
BLUE ROSEは追撃の手を止めず、すぐさまムチを振るう。精霊の加護により環形動物の如く恣意的に動いた茨は、Nagiに殴りかかった男に巻き付いて拘束した。
そこに颯爽と、青いチームアイコンを頭上に掲げた少女が突っ込んでいく。
BLUE ROSEの相方は、くノ一の格好をした和風な少女だった。口と鼻は布で隠され、琥珀色の丸い目だけがBLUE ROSEの拘束する相手だけを見つめていた。
「
ゲーム内で設定されたCVの、涼しげな声が響く。
そして少女が両手に握った二本の小枝に、水の刀身が錬成された。
「水面二刀流奥義――睡蓮舞踏!!!」
弱点属性での、加護を極大化した一撃。身動きのとれなかった男はそのままあっけなく、HPを0にされ退場となった。
それとほぼ同時、支援を受けれず2対1の不利を強いられた男もまた終わりを迎えるところだった。
「これで、終わりだっ!!!」
Nagiが叫ぶ。因みに、CVは草薙が一目置くショタボイス御用達声優である。
高速の連撃から最後に放たれる一太刀。この時点ですでに、Nagiの力ステータスは攻撃力特化のJの半分にまで至っていた。
爆散。緑チーム、全滅。
残されたのは、互いにほとんど消耗のないNagiら赤チームと、BLUE ROSEらの青チームだった。
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