棒 オンライン

1本目

 新緑の森に、柔らかな木漏れ日が広がる。

 苔と背の低い草が地を覆い、ところどころに朽ちた老木が横たわる。

 ぱっと見ただけではただの陽樹林に見えるだろう。しかし、少し知識のある人間ならばそのおかしさに気付くことができる。シラカバの木の周囲に生えるのは、ブナにカエデ、クリ、サクラ……森のどこを切り取っても、同じ種の樹木が密集して生えているポイントが存在していないのだ。

 どうして、そんなことが起きているのか――。


 その理由は、極めて単純だ。


 直径二メートルはあろうかという大きな切り株の上に、突如光り輝く魔方陣が形成される。その中心に柱のように燐光が輝くと、切り株の上に一人のシルエットが浮かび上がってくる。燐光の柱が綻びほどけていくにつれ、その人間の姿はより鮮明になってくる。

 現れたのは、色白な少年だ。

 森の中を安全に歩くための厚手の靴とレッグガードをはき、上にはエスニックな装束を身に纏っている。金の短髪は地毛らしい綺麗な色合いをしており、あどけなさの残る丸い輪郭の中に、透き通った碧眼が輝く。


 魔方陣が消失し、少年は切り株の上から苔に覆われた地面へと降りる。

 すると向こうから、一人の男が少年の方に向かって走ってきた。

 男は全身を銀に輝く甲冑に身を包み、顔には褐色の肌の上に赤や白の塗料でラインが引かれている。部族的な要素と、中世の騎士的な要素が不思議に組み合わさった姿。


 二人は相対する。

 そして、ほぼ同時に口を開いた。


 Nagi:「こんです」

 J:「こん」


 なぜ、この森の木々は不可思議に生えているのか。

 ――それはひとえに、ここがゲームの中だからであった。


 *  *  *


 自室のモニターを眺めつつ、草薙はゲーミングチェアに座ってコントローラーを握る。マイク付きのヘッドホンを着け、草薙はボイスチャットの回線をオンにした。


「で、今日は何戦くらいやる? 一時間だとやれて二戦だけど」

『ま、そんなところだろう』


 ゲーム音声と混ざって聞こえてくるのは、ジェイこと寺門定次じもん さだつぐの声だ。

 ショタコンの女子高生と、世界を股にかける自分が狙撃したものでしか抜けない殺し屋。そんな遠い世界で暮らす二人が出会うきっかけとなったのが、今プレイしているオンラインゲームだった。


『棒 オンライン』は、二年前から日本の新進気鋭のゲームメーカーが販売している対戦ゲームである。最初は同人ゲームだったのだが、その大手企業顔負けのクオリティの高さからSNSでの拡散を経て大人気ゲームとなり、現在は開発メンバーによって設立された会社によって運営されている。今でもプレイヤー人口は右肩上がりに増加しており、全世界でのアクティブユーザーは五十万人にも及ぶという。

 その中でも草薙――プレイヤーネーム〈Nagi〉は日本版配信直後から最上位レート帯に常駐する、界隈で名を知らない者はいない存在だった。運営公式によるトーナメントバトルでも第一回から直近の第七回までの全てで国内予選を通過し、世界大会でも二度チャンピオンとなった、トッププレイヤー中のトッププレイヤーである。

 そしてジェイ――〈J〉もまた、レートこそ不安定だが第六回の公式戦で世界大会4位入賞を果たした猛者だ。二人は互いの実力を認め合う仲であり、知り合って一年半が経つ今でも定期的に一緒にランキング戦に潜っているのである。


 因みに現在二人がいる森は〈J〉のマイフォレスト――このゲームにおけるマイルーム的なもの――である。自分好みに拡張し森をカスタマイズすることができ、グラフィックの鮮明さもさることながら、生物学的にも追求し尽くされた樹形などの特徴は樹木クラスタからも高い評価を得ている。


「じゃあとりあえず、いつも通りタッグ戦行きますか」

「そうだな……スタイルはいつも通りか?」

「んや、今日はちょっと試したいことがあって、加護ちょっと下げて速度に振ってる」

「分かった。俺の方はいつも通りだ」

「オーケイ」


 二人は草薙が入ってきた切り株に向かう。

 切り株の上に乗ると、プレイヤーの画面にバトルへの移行アイコンが表示される。

 草薙はそれを選択し、再び燐光の柱の中へと消えていった。


 森で拾った、いい感じの木の棒――。


 少年心を持っている、あるいは持ったことがある人間ならば、その魅力を滔々と語ることができるだろう。長さ、太さ、重さ、材質、形……様々な要素が絶妙に噛み合わさったとき、それは個々人にとっての聖剣エクスカリバーとなる。その時の無敵感たるや、目の前に魔王が現れようとも切り伏せられるかのような心地であることだろう。

『棒 オンライン』(略称:ボイン)はそんな少年心を燻ることを目的として作られた、いい感じの木の棒で戦うアクションゲームである。

『棒 オンライン』のレート戦は、基本的に一回の対戦を「探索フェイズ」と「戦闘フェイズ」の2パートで構成されている。「探索フェイズ」では森の中で展開され、制限時間の中で各々が求めるいい感じの木の棒を入手することが目標となる。そしてその後の「戦闘フェイズ」にて、その拾ったいい感じの木の棒を武器としてバトルするのだ。



「これは――短小包茎みじかい



 鳥がさえずる深緑の森、ブナの折れ枝を拾ったNagiはステータスを瞬時に判断して投げ捨てる。


 探索フェイズの森は、実世界の尺度にして500m×500mという面積で対戦ごとに生成される。しかしそれを行うAIのバイアス上多少なりのパターンというものがみられ、上位プレイヤー同士の戦いでは生成マップの迅速な把握が勝負を握っているのだ。


 樹木に関しても種類だけで50種類が存在し、さらに同種の木であっても幼木・成木・老木がそれぞれ3パターン用意されている。樹種はそれぞれのプレイスタイルに、木の生育・パターン差はドロップする木の棒の排出率に影響する。


 Nagiが得意とするのは細く適度な長さをもったブナの木、一撃の火力より手数で相手を打ち倒すスタイルだ。ゆえに彼女はマップを把握するやいなや、北にあるブナ林へと移動していた。


「これは……まぁ及第点ちっちゃい中一男子かな。ステはいいけど加護が低いか……」


 Nagiはそれなりにいい感じの棒をリザーブに加える。

 本作での木の棒は「長さ」「太さ」「重さ」から算出されるステータスと、「美しさ」から算出される加護レベルが存在する。加護というのは、本作の世界観が大きく関わってくるポイントだ。


 金属資源の貴重な世界、人類は森の精霊との共生によって豊かな暮らしを手に入れていた。しかし突如、魔界より魔族達が現れ、森林を伐採し巨大なリゾートホテルを建てようと侵略してくる。人間は森を守るため精霊と結託し、その加護をいい感じの木の棒に受けて立ち向かうことにした――というのがおおまかなあらすじだ。その辺はストーリーモードに詳しいし、なんなら対戦モードでは魔族の魔の字も出てこない。


 閑話休題。加護を受ける精霊というのも個人で選択するもので、精霊により加護の得意な樹種、不得意な樹種がある。Nagiが契約している精霊は、そのプレイスタイルに合わせたブナ一点特化型の精霊だった。


 Nagi――モニターを見つめる草薙は、その画面の隅にきらりと輝く何かを感じた。トッププレイヤーとしての勘が、Nagiをそこに突き動かす。

 そこに落ちていた木の棒を、Nagiは拾う。

 そのステータスを開いた瞬間、草薙は目を見開いた。


「こ、これはっ! バリ勃ち精通前カリ高ァ!!!」


※バリ勃ち:草薙だけが使う用語。太さ長さも申し分ないことながら、見事に真っ直ぐな枝ぶりであることを指す。

※精通前:草薙だけが使う用語。落枝後の経過時間が少なく、耐久値が理想値かそれに近しいことを指す。

※カリ高:草薙だけが使う用語。美しさのステータスが高く、加護が強いことを指す。


 期待以上のイチモツに思わずガッツポーズをする草薙。

 Twitterでショタのエロ画像を漁りつつ、草薙はタイプ別の対策について頭の中でひとつずつ反芻してフェイズ終了を待つことにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る