オトシモノ・ノート

 廊下に一冊のノートが落ちていた。

 アタシはそれを拾い上げる。まだ新しい使い始めのノートのようだ。表紙には何も書かれておらず、誰のノートかも分からない。

 これでは届けようもないので、アタシはとりあえず中味を確認する。


「……」


「……」


「……」


「…………官能小説やないかい!!!」


 それはもう、ものスゴい勢いで廊下に叩き付けてしまった。

 あれ、気のせいかな? やけに写実的なBL小説が書かれていた気がするぞ? そんなものが、こんなふうに高校の廊下に落ちていていいのか?

 間違いかもしれないので、もう一度確認する。


「……」


「……」


「……」


「……やっぱり官能小説やないかい!!!」


 読み間違えでなくバリバリにまぐわっていた。


「しかしまー、いかにも遠藤が好きそうなやつだな内容だったな……もしやあいつ、とうとう二次元でもイケるようになろうと自分で書き始めたのか?」


 端を摘まみ持ち、ノートをぶらぶらと揺らす。ショタコンのアタシからすれば、こんな男子高校生のBLなぞ汚物でしかなかった。まったく、陰毛の生え時が男の失せ時だと何度説明すれば分かってくれるんだあいつは。

 その内容に気を取られ、アタシは周囲への注意が疎かになっていた。


「――あら、草薙さん?」

「ひぃ!?」


 急に背後から聞こえてきた声に、アタシはノートを放り投げてしまう。慌てて振り返ると、そこには2組の萌木萌々もえぎ もえもえが教科書を胸に抱いて立っていた。

 萌木は、アタシの友人である遠藤のルームメイトだ。腰までに伸ばした黒髪は枝毛の一つもなく、指先に至るまでの立ち振る舞いに気品がある。ただ目立つほどのオーラを纏うまでではなく、教室の隅でこぢんまりとしている人形みたいな子だ。

 アタシが落としたノートを見て、萌木は表情を明るくする。


「あっ、私のノート!」

「……え"」


 これが? 萌木の? この甘口カレーライス(隠語)が? もしや遠藤のやつに毒されたのではあるまいな?

 逡巡する私の目の前でノートを拾い、萌木はほっと息をつく。


「生物の授業に行ってから見当たらなくて困っていましたの。見つけてくださってありがとうございます」

「あっ、そう……あのその、アタシ中味、読んじゃったん、だけど。萌木はその……(BLとかそういうのが)好きなのか?」


 隠しておくのもあれなので、私は正直に話すことにした。てっきりよくない反応が返ってくると思っていたのだが、萌木の表情は明るいまま――むしろ嬉々としていた。


「? ええもちろん、(遠藤さんのことは)好きでしてよ」

「おお……そっか……」


 そう屈託なく言われると、正直引く。


「んじゃ、アタシはこれで」


 これ以上話してもアタシが辛くなるだけだと判断したので、アタシは教室に向けて踵を返す。


「――あの、待ってください!」


 しかし萌木に引き留められる。

 振り向くと、萌木は少しばかり真剣そうな顔に変わっていた。


「草薙さんは、遠藤さんとは小学生の頃からの仲だとお聞きしています」

「確かにあいつとは腐れ縁だが……遠藤がどうかしたのか?」


 ルームメイトとして何か相談したいことがあるのだろうか。こっちもいまだ動揺が抑えられないが、BL以外なら答えてやらんこともなかった。

 ぐっと俯き、萌木は少しの間言葉を探す。

 そして紡いだ言葉を、彼女はアタシに投げかけた。


「遠藤さんには何か、BL以外の性的嗜好はあるのでしょうか?」


 いやBL以外だけど答えれないやつやないかーーーーーーい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る