猛者達の休日

 某所の公園。

 ふたりの少年が、仲良く砂場遊びをしていた。


「しゅーいち、そっちからほって」

「わかったよ、たろうくん」


 彼らの腰ほどまでに盛られた砂山に、両サイドからスコップで穴が掘られていく。小学校低学年ほどの小さな手に握られたスコップは、少しずつ砂をかきだして横に小さな山を作っていた。

 ――そんな彼らを、離れたベンチから観察する男女がいた。


「はーーーーーーーー砂になりてぇ」


 突如砂塵願望を叫んだのは、ショタコンの草薙である。十数メートルのソーシャルディスタンス社会的に殺されないための距離を取りながら双眼鏡でまじまじと観察する彼女の緩んだ頬に、隣に座った男は肩を竦めてみせる。


「ったく……お前が双眼鏡貸してくれと聞いてきた時点でそうじゃないかと思ったが、相変わらずブレねぇなぁ」


 その男は黒いコートを羽織っていた。オールバックに固めた髪に無精髭、彫りの深い目元に残った痛々しい傷痕、傍らに立て掛けられたギター用の楽器ケース。休日の昼過ぎの公園には似つかわしくない、どこに出しても怪しい不審者。


「フン、アンタには言われたかないけどね。日本にいるうちはただの機能不全EDのくせに」

「けっ、好き勝手に言ってろ」


 草薙が観察を再開し、男がおもむろに煙草に火を点けた、その瞬間。

 キキーッ! と、どこからともなくブレーキ音が鳴り響いた。


「「っ!?」」


 音の方向に目を向けると、公園の入り口にワゴン車が停まっていた。そしてそのドアが開き、三人組の覆面男が飛び出してきた。

 男達はまっすぐに砂場で遊ぶ少年二人の元へ駆ける。何が起こっているのか分からずその場にしゃがみ込む少年達を、男達は乱暴に抱き上げた。


「わー!」


 ぽかぽかと覆面男の背中を叩いてはみるが、所詮は小学校低学年の力。意にも介さない男達に少年らは担ぎ上げられ、ハイエースに乗せられる。そしてドアが閉まるのも待たずに、車は再び走り出していった。

 そんな十秒にも満たない出来事を、二人はベンチに座ったまま――草薙に関しては双眼鏡越しで――眺めていた。


「――っておい何呆けてんだ! 追うぞ!」


 背を叩かれ、草薙は正気を取り戻す。


「はっ、いかん誘拐されるショタが可愛くてつい固まってしまった!」


 二人は立ち上がり、攫われた少年達の後を追い始めた。


  *  *  *


 住宅街の隙間を縫う狭い路地を、一台の車が疾走する。

 時に他の車とぶつかりそうになりクラクションを鳴らされながら、誘拐犯達は十キロ離れた場所にあるアジトへと向かっていた。目的はまぁ、おおかた身代金とかそういうのである。彼らが犯行に及ぶまでの動機はそれはもう涙無しには語れない不幸なエピソードだらけなのだが、本筋には一切関係ないので割愛する。

 そんな誘拐犯達の車から少し遅れて、けたたましいエンジン音を響かせるものがあった。


「今のクラクション、あっちだよジェイ!」

「うっせぇ分かってる!」


 草薙とジェイと呼ばれた黒コートの男が、大型バイクでその後ろを追っていた。誘拐犯達は入念にルートを計画していたのに対し、二人は草薙がショタを求めるがままに隣町まで徘徊してきただけ。地理的な情報ソースの差が、その間の距離を中々縮められない要因となっていた。


「どうすんのさ! このままじゃ逃げられちゃうよ! ショタに傷を付ける悪を見逃そうってのあんたは!」


 焦る草薙。その背には、ジェイのものである楽器ケースが背負われている。

 フルフェイスの中で不安げな表情をする草薙に、ジェイは背を向けたまま、冷静に路地を駆け抜けていく。


「いや、このままでいい。もうすぐ開けたところに出るはずだ。そこで奴らを仕留める……ナギ、運転代われ!」

「えぇ!? 私原付しか運転したことないよ!?」

「大して変わらん! お前のその揺るぎねぇ愛でどうにかしろ!」


 そして、それはさながら曲芸のように行われた。ジェイがハンドルを離し大きく横に体を反らした瞬間、草薙がハンドルを握り、腕の力でぐっと体を前に引き寄せる。ジェイは傾いた車体のバランスを取りつつ、ぐるりと草薙の後部に回った。


「あ、いけた」

「よし、そこ右だ」


 細い十字路を二回ほど曲がり、二人を乗せたバイクは開けた河川敷沿いの道路に出た。その視界のはるか向こうに、例のハイエースが走っているのを二人の眼が捉える。その距離、およそ二百メートル。


「ナギ、百メートルまで縮めろ!」

「分かった!」


 加速するバイク。

 その後部で、ジェイは草薙の背負った楽器ケースを開けた。

 そこに入っているのは、ギターではない。分解されていたパーツが、走るバイクの上という悪条件下で瞬く間に組み上げられていく。十秒後には、ジェイの手にはスナイパーライフルが握られていた。


 寺門定次じもん さだつぐ――コードネーム「 J 」と呼ばれるその男の存在を、世界の裏社会で知らないものはいない。依頼された相手をどこまでも追い、仕留め、喰らう……最強の殺し屋であり、稀代の腕前を持つスナイパー。それこそが彼の正体なのだ。


「速度合わせろ、三秒でいく」

「オーケイ」

「3、2、1――」


 そして休日の河川敷に、銃声が鳴り響く――。

 どこからか聞こえてきた銃声に、傷心し川を眺めていた高橋くんは「はは、またか……」と力のない声で笑った。


  *  *  *


 警察がやって来る前に誘拐犯達を拘束し少年達を元の公園に帰した二人は、ウィニングランのようにバイクで草薙の自宅へと帰還していた。すでに日は暮れかけ、街灯がぽつぽつと灯り出している。


「ありがと、送ってくれて。スリリングな一日だったよ」

「あぁ、全くだ」


 二人の表情は、過激なカーチェイスとは対照的に晴れやかだった。草薙に関してその理由を述べれば、ショタにお礼を言われ、頼み込んで自分の頭を撫でてもらったからである。


「で、それ結局持ってくの?」


 草薙が指差したのは、バイクの後部座席に縛り付けられる破裂したハイエースのタイヤだった。それはジェイがバイクの上から狙撃し、百メートル先の走る車のタイヤを撃ち抜いた、何よりの証拠である。


「? 当たり前だろう、思ってもない戦利品だ」

「あんたもその……大概よね」

「お前にだけは言われたくないが、今日のところは機嫌がいいから許してやろう」


 ジェイがニヤリと笑う。そして再びヘルメットを被ると、そのまま夕日の沈む向こうへ走り去っていった。

 その男の背中を、草薙は手を振って見送る。


「今夜はきっと……あのタイヤで抜くんだろうなぁ」


 コードネーム「J」、寺門定次。

 自分の狙撃した相手でしか興奮しないかわりに狙撃したものであれば人だろうが無機物だろうが構わない男のオカズが、今日一つ増えたのだった。

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