3. 最初の試練 1

 ゴーンと、時計が鳴る。

 Ding-Dongと、時計が鳴る。

 ぼぉんぼぉんと、時計が鳴る。


 退屈そうに、『彼女』はソレを聞いた。

『彼女』の体は肩が剥き出しになった、黒のドレスに包まれている。

 白く、細い首筋には、銀の鎖が巻かれていた。肌の上には、長い黒髪が散っている。退屈の中、『彼女』が身じろぎをする度に、それは床へと流れ落ちた。

『彼女』の周りには、無数の時計が飾られていた。砂を使ったモノ、星の動きに従うモノ。精霊の時を表現したモノ。先史時代の動きの異なるモノまである。だが、共通項があった。

 全ての時計は、遅々として進まない。

 しかし、『彼女』はソレに慣れていた。

『時間は決して味方ではない』───そう、『彼女』は知っている。

 再度、時計が鳴るまで、『彼女』は独り、待ち続けることとした。

 ゆっくりと、『彼女』は黒い目を閉じる。

 そこは寒く。

 そこは暗く。

 そして、孤独だ。


     ***


 ギィィインッと鋭い音が鳴る。

 刃が擦れ、金の火花が散った。

 コウは奇妙な剣を振り抜く。その握り手は細い。だが、先に行くに連れ、刃は膨れるように広がった。全体は鳥の羽根に似た形状をしている。ソレも当然だ。

 コレは、白姫の翼から外した一枚だった。彼女の羽根を剣として、彼は使用している。

 中には、コウのモノではない魔力が充填されていた。

 振るう度、炎が細かく宙を奔る。

 強力な武器と言えるだろう。だが、それを手にして尚、コウの状況は悪い。

 剣を構え直しながら、彼は額に伝う汗を拭った。

 コウの後ろでは、白姫が機械翼を広げたまま佇んでいる。

 彼女の姿はやや変化していた。細い体は薄布ではなく、軍服の形状を基本とした、白の衣装で覆われている。袖口や胸元は装飾過多とも言える、布やリボンで彩られていた。

【花嫁】の名に相応しい。また、帝都内にいるという、神職の巫女をも連想させる姿だ。

 現在、白姫は戦ってはいなかった。あくまでも、彼女はコウの補助に徹している。

 そして、二人の前には怪物がいた。

 巨人型の【キヘイ】だ。その骨は金属で、肉は生物と岩の混合で造られている。分類は、やや特殊だが【甲型】だろう。精霊を憑依させ、岩で造る、ゴーレムに形だけは似ていた。

 巨人の頭部は教室の天井に危うく接しかけている。時折、岩の先端が音を立てて擦れた。

『彼』の前には、幼い少女が立っている。

 白姫と同様に、彼女は改造を施した軍服を身に纏っていた。

 少女は複雑にフリルを重ねたスカートを穿いている。首元には花の飾りを留めていた。その髪は金色で量が多く、柔らかい。瞳は翠色で、まるで妖精のようだ。

 愛らしい外見に相応しい声で、──彼女は似つかわしくないことを口にする。

「なかなかやるんですね。潰してしまおうと思ったのに、潰れない。つまらない、面白くない、可愛くない、愛らしくない。わかりません。どうして死んでくれないんですか?」

 少女の顔は無表情に近かった。ただ純粋に、彼女は『どうして』と尋ねている。

 物騒な問いを受け、教室の中から声があがった。一人の男子生徒が忠告をする。

「ツバキ君、殺しは厳禁だ。君がカグラに殺されるぞ。それでも構わんと言うのかね?」

「ヒカミは黙っていてください。どうせ潰すつもりでやったって潰れないんですから。それなら、私がどんなに潰れろと考えたって無問題。これぞ思考の自由というものですよ」

「……ふざけないでください、先輩。こっちはたまったものじゃありませんよ」

 強張った声で、コウは返した。目の前の少女の背丈は、彼よりも遥かに低い。だが、彼女は紛れもなく先輩、しかも、四年生だった。コウは先に聞いた、少女の情報を思い返す。

 名は、カゲロウ・ツバキ。

【花嫁】は【甲型】の巨人──通称【少女の守護者ドールズガーデイアン】。

 先程から、ツバキは一歩も動いてはいなかった。ただ、コウだけが疲弊し続けている。

 冷たい目を、彼女は彼に投げかけた。可愛らしい唇を、ツバキは皮肉げな形に歪める。

「うるさいです。【鬼級】の私よりも上の【幻級】なのでしょう? それならば、この程度はできて当然、傷つけば不格好、死ねば分不相応。ただ、それだけの御話です。『私は潰す気でいきますが、お前は潰れない』。それを当然と考え、全力で抗いなさい。潰します」

「コウ、敵性認識が可能だ。殺すか?」

「絶対に駄目だ。それに己は戦うが【キヘイ】には控えさせる。今はそういう決まりだ」

 コウは白姫にそう告げた。白姫は頬を膨らませる。こくりと、ツバキは頷いた。

 この戦闘は、己の【キヘイ】の力を借りながら、【花婿】だけが戦う。そういう決まりだった。実際、ツバキは己の【花嫁】を動かしてはいない。堂々と、彼女は指を鳴らした。

「お前が来ないのならば、こちらから行きますし──潰します」

 同時に、コウの前に石の壁が現れた。彼を潰そうと、ソレは圧し掛かってくる。

 瞬間、コウは石と石の隙間を刃で突いた。石同士は肉液で癒着している。それに彼は火を点けた。一部が溶け、壁は崩壊する。何とか今回も成功したと、コウは荒い息を吐いた。

 何故か、ツバキは満足げに頷いた。美しい金髪がふわふわと揺れる。

 一斉に、周りから野次と歓声が飛んだ。勝手な声が次々と言い放つ。

「いいねぇ、いいねぇ、俺は新入りに賭けるね」

「こっちはツバキに一枚」

「せっかくだ。殺害する気で返せ」

「一撃には期待するね」

「番狂わせもありかと」

 カグラはと見れば、腕を組んで立っている。彼は事態を静観する構えだ。

 必死に、コウは考える。何故、自分はこんなことをやっているのか。

 一体、どうしてこうなったのか、と。

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