18. 偶然・クレアの事情聴取(捜査2)

◆◆ローラン


「魔力紋が無い?」

「ええ。特定の魔術師が発動させた魔術の形跡はありません」

「クレアの<令嬢>の魔力とも違うのか?」

 クレアの精霊が外に出ていた事はすでに伝えてあった。


「クレアさんの精霊が魔術を使ったなら、クレアさんのメンバーの魔力紋が混じって残っているはずです。しかしここには、そもそも魔力紋ありません。魔力で作った物にはその痕跡が残り、それが接触した先にもある程度残りますが、魔力紋は魔術師の魔術にしか残りません」


 アンナの監察結果を聞いて、情報をまとめると、こうなる。

「じゃあ......。昼間は人が見ていて、夜は施錠、<結界>、<監視水晶>で侵入は困難で、魔術による遠隔操作でも無いってことか」

 魔術師の犯行では無いことが明らかになってしまった。それは、俺の設計が間違っていた事を意味する。


 それ以外の残る可能性は。魔術師以外の自然発生的な現象しかない。


「じゃあ偶然、<精霊>が発生したってのか?嘘だろ?」


 でも、それは何かがおかしいのだ。


 サンティーノが口を挟んできた。

「うーん、これは災難でしたね」


 クソみたいな偶然によるもの、という常識的な判断。それを、アンナは肯定しなかった。


「いえ、そうとは限りませんよ。魔力紋は人間の魔術で生み出された物にのみ残ります。魔術師が個人で生成したのではない、いわゆる自然的な状態で発生した場合には術者の魔力紋は残りません。それに、大量生産された物であれば、魔力紋で判断することは不可能です」

「つまり、自然発生的な状態なら、例えば木の棒でピンポイントに殴れば、魔力紋は残らない?」

「その場合、木の魔力はどこかに魔力の痕跡として残るかも知れません」

「でも、木の棒じゃあ魔石が不安定になるのに十分な魔力が籠りません」

サンティーノが口を挟んだ。

「しかも、この建物は夕方18時以降の夜間は施錠されていますから、人間の犯行は不可能ですよ」


 アンナは淡々と答えた。

「一晩のうちに<精霊>が飛び出して、すぐ近くで別な自然精霊が顕現して魔石が壊れる?これは誰か人間の意志が働いていますよ。ここに来て分かりました。この大会にはそれだけの熱があります」


「そうかも知れないけど。でもそんなもの分かるのか?もしかしたら<自然精霊>の気まぐれかも知れないし、幸運の魔術か何かで偶然を作ったのかも知れない」

 先日、ハスタ荒原でトルネードを起こした<風の精霊>を思い出した。もちろん、弱い<精霊>には意思は無いが、あれは意思を持った精霊が俺達をあざ笑うかのような出来事だった。


 時に偶然とは、誰かの利益や不利益に直結するように作用する。


 偶然なんかで俺達の作品が壊されてたまるか、と思う一方で、実際は俺の設計ミスかもしれないという考えや、現実的に可能なのか、魔力紋を残さない犯行が現実的に起こり得るのかという疑心が頭の中で渦巻いていた。


 しかしアンナは......探偵はそれをきっぱりと否定した。


「落ち着いてください。いいですか?魔術はなんでも出来ますが、制約があります。意志をもった人間が、準備をして、行動をして得られる結果があるだけです」


「参加者にとって他の出場者の作品が壊れるなんて、嬉しい事ですね。そうでしょう?しかし、何もしないで望んだ結果が出るような物は、魔術とは言いません。ただの都合の良いです。そして、奇跡なんて信じません。私はね」

 青い瞳がまっすぐに俺を見ていた。焦っていた気持ちが段々と落ち着いていくのが分かった。


「まぁ、任せてください。所詮暇つぶしですから」

「それは俺に言ったらダメなんじゃないのか?」

「あ、でも、もしでも私への貸しは無くなりませんからね」

「はいはい」


「じゃあ、まずは事情聴取です。今朝は何か変わったことは?」

「ああ、えっと......」

 今朝の様子、昨日の行動、最近俺たちのスペースにきた人間など、洗いざらい話して解放された。

 アンナに捜査を託し、明日のために修復作業に取りかかった。


◆◆アンナ


 ローランのチームメンバーからも話を聞いたが、めぼしい情報は得られなかった。


 ローランは積極的に他のチームの魔術情報を集めていたようで、顔見知りになっていた参加者は多かった。意外と社交的な性格らしい。


 そのため、作業ブースに来て<魔術盤>を眺めたことがある参加者は数多くおり、具体的な個人を特定する必要は無いように思われた。加えて、メンバーには動機が無いはずだ。


 次にクレア・ゲベートのチームに話を聞くことにした。

 今朝、ローランたちが武道館に到着したとき、クレアたちの作品である<人工精霊>が封を破って館内に出たらしい。何か関係があるかも知れない。


 クレアのチームの作業スペースは非常によく片付いていた。作業はほとんど終わっているようで、今は主に発表に向けた練習をしていた。

 良く片付いているとはいえ、床には魔力の痕跡が沢山残っていた。簡単な掃除をしただけなのだろう。

 この体育館はどこも床は汚い。魔術的に、だけど。<月光の魔眼>にはどこもかしこもカラフルに見えた。


「大会準備中にすみませんね。お話を伺いたいのですが」

「いえ。話は聞きました。私たちの<精霊>のせいでローランたちの魔道具が壊れてしまったかもしれないんですよね」

「捜査中です」

 背の低い私を、クレアが柔らかく微笑んで見下ろしてきた。

 探偵の捜査ごっことでも思っているのだろう。

 この程度で機嫌を悪くする私ではない、こんな事は慣れっこだ。人を見た目で判断するなんてけしからんことだ。ふん。

「今朝の様子を教えてください」

「今朝は解錠とほとんど同時に到着して、会場入りしました」

「何か変わった様子は?」

「私たちの精霊<令嬢>が外に出ていました。封印はしっかりやったつもりだったんですが」

「封印や、精霊の能力はかなり改良されましたか?」

「精霊は出来る限り高出力にしましたが、<精霊瓶>は一般的な理論の魔術です。十分に抑えられると思っていたんですが......」


「<瓶>を見せてもらえますか?」

 <精霊瓶>。精霊を入れておくための入れ物だ。瓶という名前だがこれは総称であり、ランプでもフラスコでもなんでも、蓋があるものならばなんでもいい。

 クレアたちのは四人家族が使うような一般的な鍋くらいの大きさで、瓶も蓋もガラス製だった。蓋はちょうどの大きさの栓の形になった蓋の底が瓶に入るタイプで、帽子のような形をしていた。

 瓶の下には魔術陣が描かれたシートが敷かれており、見たところ正常に機能していた。

「壊れた部品があれば見せていただけますか?」

「壊れていたのは蓋です。角が欠けただけですけど」 

 蓋は帽子のつばにあたる部分がかけていた。よく見ると、つば裏側の中ほどに小さな白い傷跡が残っていた。

 <万能魔術盤>と同様、魔力紋のない、魔力の痕跡も。

「この傷に覚えはありますか?」

「いえ、ありません」

「<瓶>、蓋、シートの配置はどうなっていましたか?」

「シートは作業机の上で、瓶は倒れていました。隣に置いてあった本に当たって転がらなかったんでしょう。蓋は床のこのあたりに落ちていました」

 クレアはしゃがみ、机の下を指先でなぞって円を描いた。床に落ちて転がったならば不自然ではない位置だ。

「他に、変わった点は?」

「いえ......とくには」

「では、昨晩、帰り際に変わったことは?」

「作業をして、精霊を<瓶>に戻して、後片付けをして、それだけですから」

「誰かが作業スペースに来ることはありましたか?」

「ありません」

「なるほど。では、<精霊>に関して。貴方たちの<精霊>は、命令が無い場合、どうなるように作られているんですか?」

「命令がない時は、特に何もしません。するかもしれませんが、それだけです」

「そのことを知っている人は?」

「え? えっと、そうですね。メンバーは知っていますが、メンバーじゃないと知らないかもしれません。でも、試運転中に<令嬢>を放置して話し合っていたことが何度かあったので、試運転を見ている人は分かるかもしれません。話し合いの間はずっと動かず待ってくれてました」


「昨日、あなた方の作業スペースを訪ねて来た人はいますか?」

「メンバー以外はニコラが来ました。一人だけです」

「ギルドの職員も含めて一人ですか?」

「そうです」

「ニコラさんとはどんな関係ですか?」

「ニコラは幼馴染で、小さい頃から会っていたのでよく知っています」

「どんな会話をされましたか?」

「えっと、彼は魔術理論に詳しいので、今回の作品も完成度が高いみたいで。その自慢というか、お互いの魔術の自慢話をしました」

「何か持ってきたり、触ったりしましたか?」

「<封印の陣>のシートを裏返したり、参考書を読んだりしていました」

 そのシートをよく観察した。

「今朝シートはどうなっていましたか?」

「どう、と言っても、机の上に敷いてありました」

「昨晩から今朝、シートは移動していないということですか?」

「そうですね」

「シート、<瓶>含め、魔術的に改変されていた様子は?」

「特に、無かったと思います」

「本をお借りしてもよろしいでしょうか?明日には返します」

「いいですよ。今日はもう使わないでしょうから。いいよね?」

 クレアがチームメイトに確認を取り、借りることができた。

 タイトルは『千夜一夜蒐集録アラビアンナイト』。様々な魔術が記載されているほか、これ一冊に載っている魔術をすべて合わせるとまた別の一つの魔術になっている。主に精霊術に関して多くの魔術師に参考にされている魔術書である。


「昨晩、精霊はずっと顕現したまま瓶の中に入っていたようですが、なぜですか?」

 精霊は、召喚時に魔力がかかるが、何も行動していないときに顕現を維持する時には魔力消費は少ない。昨夜、クレアたちのチームは<精霊>を<顕現>状態、つまり誰にでも姿が見える状態で維持していた。

「自作の<人工精霊>って、召喚の時にエラーを起こす事があるんです。<精霊>を結構作り込んでいたので、今日の発表前にエラーを起こしたら嫌だったので、昨日テストしたまま放置していました」

「自動的な<帰還>は実装されていましたか?」

「大会の規定で安全対策には厳しいので、24時間で必ず<帰還>します。さっき点検のために再召喚しましたけど、していなければ今日の17時くらいに帰還していました」

「その設定は最近変えました?」

「いえ、ただの保険みたいなものですから、帰還機能は実装してから変更していません」

「魔石を削ったりするような加工はありますか?」

「いえ、私たちはないですね」

「そうですか。では、最後に、この木片を、<令嬢>に軽く撫でてもらう事ってできますか?」

「?......いいですよ」

 同様に他のメンバーにも確認したが、クレアとほとんど同じような証言だった。


「サンティーノさん、<監視水晶カメラ>の映像を見せて頂けませんか?」

「分かりましたよ。アンナさんの頼みなら、仕方ありませんね」

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