17. 被害状況(捜査1)

 「あれ、ローラン君じゃないですか?」

 「アンナ! ちょうどいいところに!」

 

 アンナ・ハルトマン。 

 身長百五十センチに満たない小柄な女性だが、冷たく輝くストレートの黒髪を腰まで伸ばし、肌は陶器のように白く、長いまつ毛の奥にはゾッとするような青く美しい瞳が冷たく輝いていた。

 人間味のないビジュアル。魔術に愛されていることがはっきりとわかる冷たい気配。


 彼女は<黒魔術>、とくに<死霊術ネクロマンシー>を専門にしている魔術師で、個人で相談所を開いている。心霊相談や探偵業などなんでもござれ。俺と同い年のはずだが、既に界隈では天才魔術師として有名だ。

 俺とはかつてとある事件で相談して以来の付き合いだ。


 夏の真昼間で暑いというのに汗を一切掻かず、全身を黒のローブで包み、赤い舌でアイスキャンディーをぺろぺろと舐めていた。

「ちょっと、聞いて欲しいんだ」

「私は見てのとおりのオフなんですが。夏休みですよ。どうしたんですか? 随分ご機嫌な様子じゃないですか」


 俺は今の状況を伝えた。

「ほう。『新魔会』で不正を働いた輩がいるかもしれないと」

「ああ、根拠は無いが」

「あるじゃないですか。私の助手の勘が何かおかしいというなら、それば一考に値する根拠ですよ」

 断定されると俺も恐縮してしまう。

 ちなみに助手ではない。たまに手伝っているだけだ。

「まぁ、行きましょうか。私のオフを使おうって言うんですから、御礼には期待していますよ。あれ、貴方の発表は終わっちゃったんですよね。もう一回やってくださいよ。捜査に必要ですからね」

 ニヤニヤと言っているところを見ると、コイツただ暇を持て余してたんじゃないだろうな。


◆◆アンナ


 武道館には基本的には部外者は進入禁止とのことだった。

 私は職員の同伴付きでならという条件で、武道館に入る事が出来た。

 同伴するのはローランも所属する『夜明けの天馬』の職員で知り合いのサンティーノだ。

 サンティーノはかつて私にアンデットの討伐を依頼してきたことがあり、面識があった。私の素性が知れているため、事情を話したら理解してくれた。


 建物には<結界>が張られ、武道館の玄関ホールは<監視水晶カメラ>が作動していた。

 玄関ホール左側には扉があり、その向こうが武道場だ。玄関ホール正面には階段があり、そのまま二階に繋がっているようだ。二階も武道場になっていた。

 武道場にも<監視水晶カメラ>が二つ。扉のすぐ上とその対角の天井に張り付いていた。<水晶カメラ>は首振りタイプのようだ。

 会場は二つのエリアに仕切られており、手前が試験運転スペース、奥が作業スペースで、作業スペースには机が並べられている。試験運転は二階でもできるようだ。

 作業スペースやエリア間の仕切りは無く、誰でもお互いの位置を確認できる。


 キョロキョロと周りを観察しながら、私たちは作業台にたどり着いた。ローランのチームメンバーは黙々と作業をしていた。

 ローランたちの作業台は、削った木材や魔石などの削りカスが散らばり、様々な魔力の痕が滅茶苦茶に残っていた。

「ふむ。壊れたのは動力源の魔石周辺の、オーク材の所と、その結合部だけですか?」

「ああ」


 意識的に目に魔力を注ぎ込むと、目に入ってくる情報の解像度が大幅に増えた。魔力の痕跡、属性、性質、流れが視覚情報として流れ込んだ。

 私の瞳は、魔力の流れを読み取る<月光の魔眼>。『天空から夜を照らし、暗闇を見通す』魔性の力。あらゆる物の魔力や霊力の流れすらも可視化する<魔眼>は、見えない物を見るための瞳だ。


「......何か魔術的なモノが触れたような痕跡がありますね。薄いので属性はわかりませんが。属性は宿っていないようにも見えます」


 ローランの魔道具は、本体は魔術板や他の部品を並べて一つの箱に収めたもので、紐で背負えるようにしているため大きな鞄のようになっていた。箱の中には体側から魔術板、各種基本的な魔術を構成する魔術格納部分(ローラン曰く『セル』)、魔石が嵌められたオーク材という順に並んでおり、動力付オーク材の周辺には制御装置がついている。


 動力付オーク材が最も被害が大きく、亀裂が走り、焦げ跡が残っていた。今は取り外され、端に転がっていた。


 もともと、市販の一般的な動力装置をベースにオークや樫を組み合わせ、魔物の骨や魔石を結合して繋ぎ合わせていたらしい。ベース板には魔石が埋め込まれており、その周囲には刻印が掘られている。本来は魔術回路が形成されて動力が伝達されるはずの機構が、魔石の暴発によって意味を成さなくなっていた。

 オーク材の手前側、装置の内壁に木製の部分に魔術的なモノが触れたような痕跡が薄く、細く長く残っていた。


「このオーク材はあなた方が修理のために取り外したということでいいですか?」

「そうだ」

「魔石周辺が焦げていた以外に、気づいた事は?」

「いや、無いな」

「動力装置はどのように設計しました?」

「市販されているやつを組み合わせただけだ。ほかの部分になるべく時間をかけたかった」

「ふむ」


 あらゆるものは魔素から作られている。その中でも魔石とは、魔力が多くたまっている物質の相称で、様々な属性、性質があるが、鉱物が魔道具の動力源として広く使用されている。

 魔石の扱いには注意が必要で、一定以上の魔力が外部から与えられると非常に不安定になり、時に爆発を起こす。専用の道具を使用するか、意識して魔力を流さないようにして持つか、慎重に扱わなければならない。年間で何件も事故の例が報告されている。


 不安定になった魔石に暴発したと見て間違いない。


「このチームは精霊を使用しませんよね」

「ああ。何か?」

「ここに、魔力の痕跡が残っています」

 私はさっき見つけた魔力の痕跡を指で指し示した。ローランには心当たりがないようだった。

「魔力紋か?」

「いえ。魔力紋はありません」

「魔力紋が無い?」

「ええ。特定の魔術師が発動させた魔術の形跡はありません」

 魔力の痕跡とはそのままの意味で痕が残っている状態であり、感知能力が高い魔術師にも感知できる。一方魔力紋は魔力の波形や特徴のことを示す。

 魔力には一人一人に特徴があり、同じ物は無いと言われている。それが魔力紋だ。専門の探知魔術を使用しなければ分からないが、犯罪捜査の重要なヒントになる。

 

 しかし、人間の魔力紋は発見されなかった。

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