19. 監視映像(捜査3)

◆◆アンナ


 <令嬢フロイライン>が触れた木片には想像通り様々な魔力紋が入り混じっていた。やはり<万能魔術版>に残っていた魔力の痕跡は<令嬢>ではない。


 そして、<光の精霊>はなぜ<瓶>の外に出ていたのか。


 監視映像の中に何か映っているかもしれない。<監視水晶>のデータを見せてもらう必要がある。サンティーノの同行のもとで事情聴取ができることになった。

「ありがとうございます。では早速、<監視水晶>の映像を行きましょう。あ、その前に、少しいいですか?」


 まずは武道館から。武道館は、東側の壁に入り口が付いており、中はだだっ広い空間だ。高い建築技術によって、魔術的な補助なしにも関わらず柱は四隅にしかない。


 また、入り口付近とその反対の北西に<監視水晶>が付いていた。


「首を振っていますね」

 <監視水晶>が動く角度は約九十度。同期して一方が北を向いたらもう一方が南を向くようになっていた。

「周期は一定ですか?」

「おそらくそうでしょう。警備員の方が詳しいかも知れませんね」

 私たちは玄関に戻ってきた。建物の東側に玄関ホールがあり、西側に武道館がある。玄関は玄関ホールの南についている。玄関から左手には靴箱と扉が、正面左奥にはトイレや更衣室、右奥には階段があって二階に続き、玄関右手は大きな窓になっている。武道館へは靴箱の南側にある扉を開けて中に入ることになる。

「この扉は?」

「基本的に開けっ放しの様です」

 玄関ホールのうち玄関から左手側、つまり武道場への扉がある側の壁のうち、北側の天井に、武道館の入口が常に映るように<監視水晶>が付いていた。

「あれは定点ですか?」

「そうですね」

「この建物は夜、施錠するのでしょうか?」

「ええ。鍵も見ますか?」

「はい、あとで。見た限り、<魔術錠>ではありませんね」

「ええ、魔術を使ってない安い鍵です」

 鍵を手に入れさえすれば、誰でも扉を開けられるだろう。

「今朝、鍵を空けたのはどなたですか?」

「警備員です」

「警備室に行きましょう」 


◆◆アンナ


 アンナ・ハルトマンとギルド職員のサンティーノは警備室に向かった。


 建物の庭にあたる部分にも外にも武道場がある。構造は、大通りから少しのところに門があり、その先にある分かれ道の一方は馬や乗り物を置くための場所に、もう一方はこの建物と屋外武道場に繋がっている。周囲は林に囲まれ、ライバルのギルドに所属魔術師の魔術情報が漏洩しないように、林にはセキュリティ系の魔術が施されている。

 警備室は入り口の門のすぐそばの小屋だった。


 警備員は百七十センチ程度の背の低いスキンヘッドの男で、ブルックといった。


[あの門も夜は施錠するんですか?]

「ええ」

 それそれの鍵を見せて貰ったが、普通の鉄製の鍵だった。それぞれ二本ずつあり、壁際に掛けてあった。

「<監視水晶>は、玄関ホールは定点で、武道館内は一定のペースで首を振っている、そうですね?」

「ええ。そうです」

「周期によっては撮影範囲が長時間被ったりしますか?」

「いえ、武道館内のは時計と同期してますから、常にお互いが同じ場所を移すのはお互いの方を見ている時だけですよ」


 現在の映像を見せて貰った。

 入口の<水晶>が北を見ている時はもう一方が南を監視し、その後はお互いがお互いの方向を見た後、入口の<水晶>は西を、もう一方は東側を向くという動きだ。首振り動作のスピードは一定だった。


「他に、警報装置などはありますか?」

 一般的に、魔術的な火災などに備えて公共の建物には着いている。

「はい。壁に<結界>が張ってありますよ」

「ええ。詳しくお話を聞かせていただいても?」

「あれはギルド職員の一人が掛けた<結界>で、自然精霊であっても魔術的な異常があれば警報を鳴らすものなんですよ。ほら、山火事みたいなことってあるじゃないですか、魔術の練習で残った魔力が悪く働くと火事になったりしますから。そういう、火災みたいな現象にも反応するんです。それに、強度も強い」

「普段の、魔術を使用する稽古には反応しないようですが」

「建物の<結界>は何かが<結界>を通過したときに反応する魔術みたいで、内部で何かあっても外に出てこなければ反応しないみたいです。それに、昼間は感度を下げているんです。これを見てください」

 警備室には<操作装置>が置いてあった。今も低めに設定してあるとの事だった。

「確認ですが。火災の際は、例えば<結界>が施してある壁が燃え始めるまで感知しないんですか?」

「いえ、煙などの魔力に反応しますので、大きな被害が出る前に対応できますよ」

「わかりました」

 魔術で魔道具を遠隔操作をするためには、魔力が制御対象に空間的に届かなければならない。だから、<結界>を通して建物外から内部の魔道具に指令を出すことは出来無いと考えるべきだ。


「警備員さんはこの警備室を離れることはありますか?」

「ええ、夜間は2時間ごとに巡回に行くよ」

 巡回の事を詳しく聞くと、夜間の巡回ではただぐるぐると周囲を回るだけらしい。また、施錠と解錠のときには館内をすべて見回るとのことだ。その際、夏は内部か籠って蒸し暑いため解錠の後すぐに窓を開放するらしい。

「昨晩はなにかありましたか?いつもと違う点は?」

「今朝、精霊が出てたって聞いたから確認したんだけど、そしたらほんとに<光の精霊>が出ててびっくりしたよ!」

「ありがとうございます。では、その前後の映像を見せてください」

 精霊脱走は時刻は夜十九時過ぎだった。映像の拡大は出来ないようでよく見えにくいが、まず蓋がはじけ飛び、封印が不安定になって精霊が自由になったようだ。

「この5分前くらいからもう一度見せてもらえますか?」

 映像をじっと眼を凝らしながら見たが、特に何もおこらなかった。

 窓は開かず、魔術発動の際の魔素の輝きエフェクトも見られなかった。

「ここ、拡大出来ますか?」

 ニコラのデスクには、大会前日とは思えない程大量の部品と資料が置いてあった。だが、完成していると思われる魔道具も置いてあった。何のための部品だろうか。

「なるほど。ありがとうございます」


「じゃあ、今朝、九時の十五分前くらいから見せていただけますか?」

 目を凝らしてじっと見ていたが、<光の精霊>は、窓からの光が当たる場所で大人しくしており、解錠前はどの<水晶>も映像が変化しなかった。

 玄関ホールも特に変化はなかった。9時を回り、参加者と職員が入ってきた。

「この職員は貴方ですか?」

「ええ」

「何か、不審な事は?」

「<光の精霊>をのぞけば、特に。今日は最終日だから、いつもより朝一の人が多かったかな」

「なるほど」

 映像では、ローラン、ナナ、ヤング、ジェームズ、アンドレア、ニコラ、クレアなどの姿が映っていた。見ていると、ニコラ一行が二階に上がり、クレアが<精霊>を<瓶>に収めた後職員と話をし始め、ローランがそこに加わった。

 その後、昨夜の閉館間際の映像も確認させてもらったが、重要な手がかりは掴めなかった。


 他にも確認したい事はあった。

「<監視水晶>が最近改変された疑いは?」

「無いなぁ。じゃあ、今見てみるか?」

「よろしくお願いします。その前に。鍵に<結界>、<監視水晶>。サンティーノさん、この建物はずいぶん厳重ですが、なにか危険な用途でも?」

「いえ、そういうことは無いですよ。<結界>を掛けた奴がそういうのが好きな変わり者でして」

 <監視水晶>に改変された形跡がないかの確認のために、私たちはもう一度武道館の中に戻ってきた。<監視水晶>を点検してみたが、それらしい痕跡は発見できなかった。


 他に内部には不審な点は見当たらなかった。というよりも、多くの魔術師が魔道具を作っている現場は雑多で、不自然なものを見分けるのは困難だった。


「サンティーノさん。受付では不要な魔道具の持ち込みを禁止していますよね。不要な魔道具を持っていた場合はどうするんすか?」

「えー、その場でお預かりして、運営の方で保管して置きます」

「ということは、誰が何を持っていたかのリストの方なものは取ってありますね?昨日のを見せていただけますか?」

「わかりました」

 サンティーノの元で預かり物リストを見ると、ニコラの名前があった。預けていたのは、魔動工具だった。

 今日の受付担当に詳しく話を聞いた。金髪で童顔の青年だ。

「魔道工具は持ち込み禁止なんですか?」

「そうですね。工具類は小型で戦闘に使用できる物がありますから。それを隠し持っていてトーナメントで使用されては困ります。それに、使用するものは運営が貸出しているもので十分ですので」

「他に、何か気づいた事は?」

と聞くと、サンティーノが口を出した。

「ジェーズム君は、預けていないの?」

 昨日のリストを見ると、ジェームズ・トムソンの名前はなかった。受付の職員が確認したところ、数日前から持ち込んでいないようだった。

「ジェームズ・トムソンはいつも何か預けているんですか?」

とサンティーノに尋ねると、サンティーノは

「ええ。先週までは。毎日預かっていたんです。私も職員なので、当番で受け付けをしているんです」

「何を預かっていたんですか?」

「小さい鞄ですよ。貴重品しか入らないような」

「他に鞄は持っていましたか?」

「えーと、日によりますかね」

「なるほど。後で確認します。あとは、ここ数日、大会に関係のない部外者は入館しましたか?」

「いや、ありませんでした」

「わかりました。ありがとうございました」


「次は事情聴取です。いきましょう」 

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