15. 準備万端

 最終週。最後の一枚、作り直しになった魔術板が完成し、俺たちのチームはついに最後の駆動テストにこぎ着けた。

 武道館の左側は十四チーム分の机が三行五列で並んでおり、そこで基本的な作業を進め、武道館の右側では試験運用ができるようになっている。

 俺たちの魔道具はたぶん全体で一番大きい。それを車輪のついた台ごと移動させて試験運用スペースに移動させた。


 一昨日テストを行い、魔術に不具合があって修正が完了したのが今日だった。そして今日は準備最終日だから、失敗できない。


 でも、大丈夫なはずだ。


「じゃあ、ダミアンとナナ、俺をテスト項目を」

「僕は魔力の循環の点検を始めちゃうよ」

「任せた」


「配線OK。魔力石OK。いくぞ......」

 左手をかざして魔力を注ぎ、駆動させる。駆動させた後は電源から魔力が供給され、魔術板がぼんやり輝き出す。魔力の注ぎ込み方を変えれば、<魔術盤>が狙ったとおりに動いた。

「良さそう......!」

「いけいけいけ......」

「うん、行けるんじゃないかな!」

 ナナ、ダミアン、ヤングが口々に言った。


 手を握り、緊張して、あるいは天に祈りながら点検項目を一つ一つチェックし、無事正常に動く事が確認できた時、俺たちは思いっきりハイタッチをした。

 四人ともニヤニヤしながら我が子を眺め、みんなでジュースを買ってきて乾杯して完成を祝った。


 自画自賛ながら、作品はかなり完成度が高いと思う。プレゼン点だけで優勝できそうな気がしてくるくらいだ。やっと、コピーキャットとローラン・ヒルベルトの差が埋められそうだった。

 明日の審査の打ち合わせをして解散した。俺たちの作業終了は早い方で、十五時くらいだった。

 アンドウ組は作業が終わっていたようでもうおらず、クレア組は発表の練習をしていて、ジェームズ・トムソン達の組は完成はしているが打ち合わせをしているようだった。

 その後、俺は周囲の魔道具を眺めたり話を聞いて回ってから、一人で帰った。


◆◆ 


 十分な準備はしてきたつもりだった。

 だが、先週の交流会の日。私の心には悪魔が宿った。

 天才というのはああいう人のことを言うんだろうか。きっと彼の魔術は審査で一番になる。一つだけ毛色が違った。明らかに異常だった。

 有名な参加者が何人も出る大会だが、真っ当に戦えばきっと、私の魔術と戦術ならば十分に優勝できると思っていた。その自信が、ぽっきりと折れてしまった。


 あれを発表させては不味い。


 悪魔など実在しない。そんな事は分かっている。だが、誰にも気づかれずに犯行に及べる事に気が付いてしまってから、まるで悪魔が私にまじないを掛けたように、そのことが頭から離れなかった。

 カメラは天井から床を見ているから、天井付近は死角が多い。だから、タイミングを計って死角を選ぶ軌道を選択すればいい。

 計画に入念にチェックしたはずだ。誰にも分かるはずがない。

 腕時計を見る。十九時三分五十秒。残り<監視水晶カメラ>の首振りパターンから、確実に<水晶カメラ>が標的を移さない時間まで十五秒。深呼吸を一つした。大丈夫。待つだけだ。

 そして『魔弾』が銃口から放たれ、たがこと無く目標を射貫いた。


◆◆


 審査当日の朝、会場が開く九時の十分ほど前に会場に到着した。

 ほぼ同時に、アンドレアとジェームズが並んで到着した。

「おはよう、おふたりさん」

「おはよう、ローラン」

「おはようございます、ローラン。ついに発表会の日ですね」


 朝早く来ていた他の参加者の数は思ったより多く、すでにかなりの人数がいた。ぱっと見四十人くらいで、いつもに比べれば大分早い。


 俺達メンバーはほぼ朝一で集まった。昨日の時点で、朝は早めに来ようという話をしていたからだ。ダミアンはいなかったが寝坊だろう。朝が弱いと言っていた。

 審査は十時からで、俺達のチームは午前中に発表する予定だった。他のチームの発表を聞く義務は無いが、トーナメントのために聞いておく参加者が多いだろう。

 持ち味である戦術の幅広さを生かすために、点検は速攻で終わらせて、めぼしい参加者の発表を聞くつもりでいた。


 職員が鍵を開け、ぞろぞろと作業机に向かった。玄関スペースと武道場を仕切る扉を開けたとき、先頭の職員が大声を挙げた。


「おい!全員警戒!」


 職員が目にしたのは、作業スペースでがぼんやりと参加者たちを待つ<光の精霊>の姿だった。


 解錠したギルド職員があわてて警戒体制を取り始め、参加者の群衆の中からクレアたちが大慌てで出てきた。


「私たちのです!」


 クレアたちの魔術は<精霊>で、本来は<入れ物>の中に収まって大人しくしているはずだった。

 それからはしばらく騒然としていたが、精霊は何か行動を起こすわけでもなく、<精霊>すぐに<精霊瓶>の中に収められた。その後、クレアはこっぴどく叱られたみたいだった。

 遠くから見ただけでちゃんとは見られなかったが、<入れ物>は薬品を入れるような形で、一抱え程の大きさのガラスの瓶だった。帽子のようなガラス製のちょうどの大きさの蓋が乗っているはずが、今朝来た時には蓋が外れていたという。蓋は作業台の下に転がっており、落下の衝撃によってか、一部欠けていた。それで<封印>の魔術が解けてしまい、<精霊>が出てきたのだろう。


 <人口精霊>の<封印>、あるいは<制御>は古くから研究されてきた分野だ。そのおかげで一般的に使用される精霊用の<魔術陣>でも洗練されている。だから、中の<精霊>がどんなに暴れても、抜け出すなどという事はほとんど無いはずだ。

 クレア達の式も教科書通りの式で、俺の目には不備は無いように見えた。高性能な精霊とはいえ、<令嬢>にアレが壊せたとは驚いた。


 予想外のハプニングは案外すぐに起きるものだ。俺たちも気をつけねば。

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