14. 交流(下)

「ローラン」

「やぁ。トムソン兄妹きょうだい

「ひとまとめで呼ばないで欲しいな」

「そうですわ。雑です」


 緑髪の双子、ジェントルマンのジェームズ・トムソンとお嬢様のアンドレア・トムソンはさっきまで別な集団で話をしていたが、ちょうど離れて次に行こうとしていたところみたいだった。


「他のメンバーは?」

「あっちの方で話しているよ」

 ジェームズが指さす方を見ると、確かにそれらしい人物が数人、他の貴族らしき人物と談笑していた。

「名前は、アランとエミだっけ?」

「惜しいですわね。アラン・カストロとエマ・リトルですよ」

 アラン・カストロは百八十センチの長身に白髪の男で、ジャケット姿の上でも筋肉質であることが分かった。

 一方、エマはストレートの青髪をツインテールにした女性で、大人しい色合いのドレスを着ていた。

「なんだか、二人と似ているかも知れない」

 貴族度が高い、というか。

「そうですか?ふふ、小さいころからよく遊んでいただいて居ましたから、似てしまったのかもしれませんね」

 今日のアンドレアは涼しげなワンピースだった。ジェームズは襟のついたシャツ。ラフにしているが育ちの良さが分かる爽やかな仕上がりだった。やはり貴族度が違う。


「ん。アンドレア、もしかしてかなりの甘党?」

「ええ。お恥ずかしいながら」

 アンドレアの持っている皿は甘いものがたんまりと乗っていた。マカロンやケーキなどが綺麗に並べられていたが、量が多すぎる分綺麗というより破天荒というか、カラフルな城が出来上がっていた。

「見逃してやってくれ。こいつは昔からこうなんだ」

「お兄様......」

「まぁ、俺の姉も甘いものは好きだし。でもその量、さすがに飽きるんじゃないか?」

「いえいえ、オレンジにベリーに......この緑色のはなんでしょうか? こんなに種類があるんですもの! 飽きるなんてとんでもないです!」

「アンドレアは菓子を見ると熱くなるんだ。でも、そのおかげでコイツのケーキは美味くてね。プロのパティシエに認められるほどなんだ」

 プロに認められるほどとは。どんなに好きでも、簡単な事ではない。本当に凄いと思う。

「私なんてまだまだですのに」

 アンドレアの趣味の話で盛り上がり、今度菓子を食べさせてもらうことになった。

 これほどお嬢様度が高いとは。

 アンドウに聞かせてやろう。奴はきっと喜ぶだろう。


 ◆◆


 ジェームズ・トムソン、アンドレア・トムソンとの話題は自然に魔術の事になった。


「二人のチームはどうなんだ? 魔術はやっぱり<風魔術>?」

「ああ。やはり、髪色で属性が分かってしまうのは、魔術師にとって都合が悪いな」

 緑色の髪は風属性の影響が強い魔術師の特徴だ。

「プロはローブで隠すか、さもなければ戦闘が始まった時点で勝ちが決まっているように仕組むらしいな」

「ああ。凄いものだ。果たして、どれだけの研鑽を積めば良いのだろうか」

「ローランはどうなんですか?というか、ローランは髪色では分かりにくいですわよね。灰色というのは珍しいですから」

「ヒルベルト家は<意味魔術>、<文字>の使い手ではなかったかな」


 魔術師間で、魔術を探りあうのはご法度だ。とはいえ、魔術は血脈に大きく依存する、つまり遺伝する。

 だから貴族家の魔術は家族で研究し、後世にデータを残すことで魔術への理解を深め、優位に立って来た。一方で、家族で似たような魔術を使う事になるため、魔術を使っているところを人々に見られれば少しずつ情報は漏れてしまう。

 だから歴史が深い貴族家であればあるほど『OO家は△△魔術』というのは知れ渡っているのだ。

「そう。ヒルベルト家は<意味魔術>だよ。『世界を書き換える魔術』だ。でも、俺の魔術はちょっと特殊なんだ」

「この大会ではどんな魔術を作っているか、聞いても良いですか?」

「うん。そのうち分かるしね」


 俺達のチームの魔術は<万能魔術盤>。コピーキャットの<汎用指輪>の改良版だ。


 あの<指輪>は魔術刻印の経路を操作することでいくつかの一般的な魔術を発動できるが、<万能魔術盤>は同様に魔術刻印の経路を選択することで魔術を操作するだけでなく、より複雑な設定を付け加えたり、複数の魔術を混合させたりできるようになる画期的な魔術だ。


「凄いですわ!でも、短時間で、そんな魔道具が作れるんですの?」

「ある程度は市販されている魔道具を使って時間短縮しつつ、残りは自分で作るんだ。俺は体質的に全属性が使えるから、それはどうにかなった。あとは組み立てだよ」

「そうか。君はすごいな。陳腐な言葉しか出てこないのがもどかしい。なんというか、それは『失われた魔術体系』、いわゆる『魔法』に近いんじゃないか?」

「いや、そんなおおげさなモノじゃないよ。でも、いずれは。俺の<魔術>は多分、そういうことに向いているはずだから。......でも、<万能魔術盤>には弱点があってさ。さっきの話だけど、『プロは戦闘が始まった時点で勝ちが決まっているように仕組む』。だから、魔術師の魔術は一撃必殺でなくっちゃいけない。結局、何か一つの機能に尖った方がいいのかもしれない」


「では、ローランは『なんでも出来ること』に尖ってはいいのではありませんか?」

「いや、『なんでも出来る』は『何にも出来ない』ってことのような気がしているんだ」

「そんな事はありませんわ。魔術戦闘は魔術師同士の戦いばかりではないのでしょう?命がけの外で取れる選択肢は、少しでも多いに越したことは無いのではありませんか?ね?お兄様?」

「ああ、そうだ。きっと、君の魔術で救われる人がいる」

「ありがとう。変な事を言っちゃったな」


 ジェームズは頷き、アンドレアは微笑んだ。


◆◆


 アンドレアがエマのもとに行った後、

「ローラン君、クレアさんと話したいんじゃないのかな?」

と、ジェームズが俺の耳打ちしてきた。

「なぁ! 何を言うんだよ! 別に、」

 突然の話に、俺は戸惑ってしまって言葉が出てこなかった。

「はは。そうか、では行こうか」

「ええっ」


 クレアはレオナと共に沢山の人に囲まれていた。

「やぁ。私達も混ぜてくれないか?」

 と言って突入したジェームズを俺は密かに尊敬した。そして、彼のエールに応えるべく俺はジェームズとクレアの間に割り込んだ。

「あ、ジェームズさん、だったよね。ローランも。お疲れ様!」

「お疲れ様」

「皆さん、どうですか? 魔道具は......」

 ジェームズは俺にウィンクすると、『その他大勢』の話題の中心になった。『ここは任せて先に行け』、そんな感じだった。

 これが真の貴族的紳士ジェントルマンということか。アンドウが言わんとしていた事が分かった。


「クレア、魔道具の製作は順調? 昼間、精霊の召喚に成功していたよね」

「見てたの? 恥ずかしいなぁ。今日のはテストで、精霊として形が定着するかの確認だよ。昨日はまだ全然出来てないんだ」

「いや、俺、これでも物を見る目には自信があるんだけど、かなりの魔力量の精霊なのにちゃんと形になってたよね?」

「そう! そうなんだよー。もしかして<光魔術>も出来るの? ヒルベルト家だったよね」

 <光魔術>の話題から話を広げていくことに成功した。


 どうやら人工精霊の名前は<令嬢>らしい。

 魔術の名前は非常に重要である。本質を捉え、世界を作り変えるだけの力が無くてはならない。

 <令嬢>の示す魔術的価値の知識が俺の頭の中を駆け巡ったが、分かりやすい情報は無かった。だから敵情視察という目的に関しては、大した成果は期待できなそうだった。


 会話は参加者の実力予想に移っていった。

「そういえば、あの黒髪の彼、えーっと名前何だったかなぁ。<土魔術>の」

「アンドウ? あの。背の低い、童顔の」

「そう! アンドウ君はたぶん魔力保有量が相当大きいよね?」

「ああ。一番だと思う」

 クレアは俺の口ぶりから感づいたらしい。

「あれ? もしかして知り合い?」

「うん、幼馴染なんだ」

「えー、そうなんだ。どうやって知り合ったの?」

 意外そうな顔をしていた。ヒルベルト家の長男と孤児だからな。

「小さい頃、父が孤児院に大金を寄付したときに始めて会った。貴方とレオナさんも小さい頃からの仲と聞いたよ」

「うん。レオナの家の長男が、父に弟子入りしたんだよ。一緒によく遊びに来てくれて」

「いつも一緒にいるね」

「そうかもしれないね。過保護なんだよ、レオナって」


 色んな話をした。


「アンドウにも組もうって誘ったんだけど、オペレーター志望らしくて」

「じゃあ、ライバルになったんだ! そういう展開ってうらやましいな。物語みたい」

「『槍の勇者』の話?」

「知ってるの!? 私、あの話が好きで」


 俺達は似ていた。


 彼女の父は、彼女が騎士として未開領域の開拓がしたいと考えていることを知って。英才教育を施したとのことだった。

 可愛い愛娘だからだろう、実践で鍛えるのには渋ったが、成人の歳だからと探索者として外に出ることを許可したらしい。

 彼女も、騎士になるための重要な一歩として、優勝しにきているんだ。彼女だけじゃない、きっとジェームズも、ニコラも、誰もが理由を持って参加しているんだと思った。

 それぞれの思いを乗せた『新魔界』はラストスパートに突入した。

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