11. 約束

 舞踏会の翌日、俺は聖大空孤児院に来ていた。


 ここは孤児のアンドウにとっての実家のようなものだ。特に用事が無い時、アンドウはここでシスターの仕事を手伝ったりちびっこ達と遊んだりしている。


 俺がここに初めて来たのは七歳くらいの頃だったか。


◆◆


 当時の俺は一人で稽古をしたり、魔術研究もどきをしたりことが多かった。他の家との交流が少なかったヒルベルト家には他の家の子供が来たことはほとんど無かったからだ。


 大空教は、ブルタニアで最も人口が多い宗教だ。ある時、父がこの孤児院に多額の寄付をした際に、感謝状を送るための式典に連れてこられた。

 初めて訪れた孤児院は、式典なだけあって知らない大人ばかりだったが、孤児の子供たちも沢山いた。暇を持て余していた俺は、初めて同年代と遊んだ。アンドウは孤児たちの中心的な人物だった。


 話の合う子はいなかったが、アンドウとは気が合った。式典の後も孤児院に行くようになり、俺達はすぐに友達になった。


 十歳の時に、エミリーにお願いして、俺達は一緒に≪役割≫の”神託”を聞きに行った。

 神託とは、大精霊への祈りによって、その人がどのような方向に進めばより力を発揮できるかを示してくれるものだ。

 ≪役職≫は肉体が丈夫な≪戦士≫、魔術師や霊術士のような≪術士≫、剣士のような道具を扱うのに長けた≪武具士≫、魔物を手懐ける≪調教師≫など。この五つになる人がほとんどだが、中には稀に≪勇者≫のような変わった役職も存在する。


 また、≪役割≫はその時々の能力で決定されるらしく、成長によって変化することもある。

 その時々の能力や性格を総合的に判断して、最も向いている仕事の方向性を教えてくれる、というありがたいお告げというわけだ。


 神託は、三歳、五歳、七歳で聞きに行く慣習だが、いつでも無償で受けることができる。無償といっても、貴族ならばいくらかの謝礼金を送るのがマナーだが。


 アンドウはこれまで神託を受けたことが無いらしかった。俺達二人は、同じように≪勇者≫に憧れていて、だからまずは自分たちの特性を知ろうという話になった。


 儀式では、まずは『天の水』エーテルを頭から振りかけてもらう。

 エーテルというのは魔力の籠った水で、飲むと疲労回復の効果があるとされている。古くは信仰の対象だったが、回復効果が知られてからは商用の製造が広がっていった。良質な教会のエーテルは魔力が濃いらしい。

 次は少しの酒を口に含んでうがいをして吐き出す。

 酒は果実を発酵させて作る飲み物で、渋かった。

 そして、大きな水晶の上に手のひらを当てて魔力を流し込んむ。すると、水晶の中がもやもやと動いた。術者の牧師さんには意味のある文字に見えているのだろう。


 俺は≪占い師≫と啓示された。

「......アンドウ、なんだった?」

「僕は≪戦士≫だった。≪術士≫かなと思ったんだけど。ローランは?」

「......」

「? どうしたの? 前は≪術士≫だったんでしょ?」

「≪占い師≫だった」


 強力な魔術で竜種を倒し回る≪勇者≫に憧れていた俺にとって、≪占い師≫という結果は、『≪術士≫の才能も≪戦士≫の才能も無いからやめておけ』という大精霊の意思に思えた。


 アンドウの≪戦士≫は、肉体が丈夫で、戦意を高く持ち続けられる能力が高い人間に啓示される。アンドウは魔術的才能もあることが分かっていたため、それよりも強い身体的特徴があるということを示していた。


 ≪役割≫は能力の適正を示すのみならず、≪役割≫自体が魔術のように働いて、≪戦士≫ならば身体強化など、<加護>と呼ばれる作用を起こすことも知られていた。


 アンドウは魔術が使える≪戦士≫としての方向に目覚めた。凄く騎士向きな能力だし、彼の中にそれだけのポテンシャルがあることもローランは知っていた。

 だからこそ、ショックだったのだ。


 啓示は、大精霊の意思であり、人の一生に大きな影響を与える、いわば運命だ。<世界の小記録簿>によって、俺はその意味が理解できた。

 

 正直、アンドウに嫉妬した。


 アンドウは俺の答えを聞いて、目を丸くして

「え!? レアな≪役割≫じゃないか!? すごいね!」

と驚いていた。俺はその反応が予想外で、上手く返す言葉がすぐには見つからなかった。

「そうかな。でも、騎士向きじゃないよ」

「でも凄いよ! 十歳でレア≪役割≫が出るってことは、相当≪占い師≫向きな固有魔術をもってるんだよ!」

「......。うん、そうだね」

「......?」

  その言葉も、ショックだった。≪勇者≫や闘う騎士を目指すのをやめろという意味に聞こえてしまった。

「やっぱり≪勇者≫にはなれないのかな?」

「え?そんなことは無いと思うよ」

「え?」

「うーんと。ねぇ、知ってる?『火炎の勇者』の話」

「うん」


 火炎の勇者は強力な火炎魔術でどんなに強い竜種でも燃やし尽くした、実在したとされる伝説の≪勇者≫の一人だ。竜種の大群と大型竜種を相手取って勝ち、当時の国を救った英雄だ。

「『火炎の勇者』の≪勇者≫はずっと一人で戦ってたわけじゃなくて、何人か仲間がいたんだよ。その一人が≪賢者≫。あらゆる魔術を使いこなす魔術師で、同時に参謀でもあったんだって」

「さんぼー?」

 俺は”さんぼー”という言葉が<想起>できた。≪占い師≫が英雄になれるかもしれない可能性だと思った。≪勇者≫そのものじゃなくたって構わない。

 

 さっきまで八方塞がりに思えていたのに、嘘のように道が開けたような気がした。


「≪占い師≫って未来が見えたり、何か特別なことが知れたりする人にしか出ないんでしょ。だから、≪勇者≫とはちょっと違うかもしれないけど、ローランは凄い参謀になるんじゃないかな」

「うん。俺、≪賢者≫になるよ。だからアンドウは、『勇者』になってよ!」

「うん。分かった、僕は『泥の勇者』になるよ」

「それで、俺達の伝説を残すんだ。絶対だぞ」


 あれから3年が経った。幼い俺達の目標はいくらか変わったけど、本質的には変わっていない。『伝説の勇者』に近づくために、大急ぎで経験値を貯めてきたし、魔術の研究も続けてきた。


◆◆


「アンドウ、ほんとに組んでくれないのか?」

「うん。君とは出れない」


「オペレーターって魔道具を使う役割なんでしょ。ローラン。僕はオペレータとして出たい。君も実力を親父さんに見せるって言ってたじゃないか。それなら、オペレータだよね。なら、僕らは同じチームにはなれないよ」


 『泥の勇者』と『賢者』になるんだから、俺たちはどっちも前線で戦うんだ。

 当たり前の事だった。

 父のことで、少し弱気になっていたのかもしれない。


「ああ。そうだな。変なこと聞いて悪かったな」

「うん。仲間は見つかったの?」

「俺はいまいちだけど。とりあえず一人見つけたよ。アンドウは、昨日はどうだった?」

「昨日は全然だった。使用人じゃあ話しかけても対等には接してくれないみたいだね」

「そうか。悪いな」

「ああいう会、初めてだったんでしょ? 謝らなくていいよ」

「おう」

「実は、僕の方は孤児とかの知り合いでチームがほとんど出来上がってるんだ」

「マジか!? 不利だろうから気を聞かせたってのに、お前の方が俺より準備進んでたのかよ」

「ん。だからお気遣いなく」

「わかったよ」


「ローラン、負けないよ」

「アンドウ、勝つのは俺だ」

 俺達は決意を新たにして、コンビを一時解消した。

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