10. 選択

 会神道を気に入った俺は、八歳、九歳、十歳と続けていく内に上達していき、門下生として認めて貰えるようになった。そのころには老師の道場に足を運んで稽古をつけてもらっていた。

「無駄が多いぞ。動きが間に合っとらん。足捌きも隙だらけじゃ」

「ちゃんと投げられたじゃないですか!?」

「それではダメじゃよ、いいかな、見てからでは遅いのじゃ」

 老師は同じ事を何度も言っていた。ボケてるのではなく、大切なことは多くないのだ。


 老師曰く、魔術師の戦いは一撃必殺。出遅れては、それすなわち死だ。 

 老師曰く、流れを制せ。意識の流れ、力の流れだ。先手必勝の一撃もまた流れの内にすぎない。

 老師曰く、良く立つことが肝要だ。姿勢を崩すな。

 老師曰く、会神道に先手はない。


 一個目はいいが、二個目と三個目はなんだかよく分からないし、四つ目に至っては一個目と矛盾している。わけがわからない。


 一度聞いた事がある。

「会神道って、竜も投げ飛ばせるんですか?」

「んー? できるぞ」

「めちゃくちゃデカいのに?」

「大きさではないのよ」

「でも、投げ飛ばしても、攻撃技はありませんよね?」

「それがどうかしたか?」

「投げ飛ばし続けても討伐できないんなら、そのうち自分がやられませんか?」

「かっかっか! 青いのぉ! そんなのはいらんのよ」

「はぁ!?」

「小僧!! なんじゃその口の利き方は!?」


 よくわからんが、何も全て武術だけで完結させる必要はない。攻撃力が足りないなら武術ではなく魔術を使えばいいのだ。

 老師は騎士をよく小馬鹿にしていた。突っ込むことしかできんやつが多すぎる、貴族出身の輩はまともに剣を振れないやつばかりだ、儀式用の剣に価値などない、など。

 あとは実践あるのみ。基本の動きの適用範囲を広げていくことが重要だと思った。


 十一歳の誕生日の近くのある日のこと。その頃になると俺もかなり上達していた。実戦経験を積むために、探索者になることを父上に相談しようかと思っていた.

 道場の帰りに、兄弟弟子達はプレゼントをくれた。

 貰ったのは<闘気の腕輪>という魔道具で、身体能力が向上し、痛みに強くなる効果がある。騎士も使用している魔道具で、ひそかに憧れていた俺は喜んで、その日の帰りには身に着けて帰った。


 家では父上に<闘気の腕輪>を自慢したが、父上はあまりいい顔をしていなかった。それも気に留めなかった。


 稽古すればするほど自分が強くなっていくのがわかったし、それが嬉しかった。

 『きっと貴方は立派な魔術師になるわ』という、あの日の母の期待に応えたかったのかもしれない。

 母上の中ではただの言葉だったのだろうが、俺にとっては約束だった。貴方の子はすごいんだ、ということを証明したかった。そういう気持ちがあったんだと思う。


 それからすぐの事。道場で兄弟子たちと稽古をしたあと、水を飲みに道場の更衣室に行ったとき、父の声が聞こえた気がした。


 父上が道場にいるのか? なんで?


 ひっそりと声の方に近づき、耳を澄ました。

「アレに何を教えた? ローランを前線に出す気はない! 犬死にさせるつもりか? やめてくれ」

「結構じゃ。去る者は追わず、好きにせい!」


 前線に出す気はない? 父上は俺を戦場に出さないつもりか? 

 俺が騎士を目指している事を知っていて、今まで何も言わずに?


 父上があんなことを言った理由が理解できなかった。


 犬死に?

 俺が戦場に出ても、ただ意味なく死ぬだけだと、そう思っていたのか?


 その夜、俺は父上を問い詰めた。

「......騎士は馬鹿ばかりだ」

「どういう意味だよ!?」

「突っ走るばかりで補給線も支援の重要性も分かっとらん」

「だから、なんだっていうんだ!? 学園には兵学科もあるんだって聞いたぞ、それも馬鹿がっていうのかよ!?」

「ああ。馬鹿だ」

「意味わかんねえよ! 馬鹿にも分かるように言えよ!」

「傑出した個人に頼る戦法は古い。いもしない英雄の影を追っている。そのせいで何人もの騎士が死んだのだ」

「犬死にだっていうのか?人類の土地を開拓してきた騎士たちも!」

「ああ、死ぬ必要のない戦場だった」

「ふざけるな!」

「貴様は指揮官になるのだ。外で遊んでいる時間があるなら兵学を学べ」

「それで、頭だけで戦えない騎士サマになれってのか!?」

「そうだ」

「......もういい。もういいよ」


 母の顔、老師の顔、兄弟弟子たちの顔を思い出した。彼らが、いや俺たちが『いもしない英雄の影を追っている』というのか。ディランに、彼らと過ごした時間を傷つけられたように感じた。悔しかったし、裏切られたような思いだった。


 父上の元で稽古しているうちは、<勇者>のような魔術師にはなれないと思った。だから俺はギルドのアントニウスを頼って家を出た。父上が追手を寄越さない様に手紙を置いて。


◆◆


「父上」

「なんだ。だんまりじゃないのか」

 あの日、俺は裏切られたと感じた。でも、そうじゃない。ディランは関係なかった。

 チームでも何でもない二人の人間がいただけ。


 初めから俺の人生だ。


「俺は『新魔会』で優勝するよ。それで騎士団に入れるだけの実力を証明する」

「......ほう」

 ディランは俺の目をまっすぐに見た。俺は目を逸らさなかった。

「優勝したら、入団テストを受けることを認めて欲しい。それに、テストまでにはあまり時間がない。固有魔術を使った強力な魔道具を用意したい。だから、それに集中させてほしい」

「無駄な社交も政治学も無しにしろ、というわけか」

「ああ」

「ふん。ではもし失敗すれば、おとなしく従うとでも言うのか?」

「ああ、そうする。まだ実力に見合ってないならテストはまた来年にするし、政治学も人脈作りでもする」

「ディラン。こんなに言ってるのよ」

 シャーロットも俺に加勢してくれるようだ。ディランは、顔色を変えずに頷いた。

「ふん。であれば、やってみろ」

「優勝しても認めないなんて事はしないよな」

「当然だ」

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