9. 確執

 夜も更け、舞踏会はお開きになった。アンドウも一緒についてきていたはずだが、彼は誰とも話せなかったらしい。申し訳ないことをした。


「ローラン。アンドレア嬢とはどうだったかね?」

「ああ。トムソン兄妹とは気が合った。仲良くなれそうだ」

「そうか。友人は多いほうがいい」

「はっ。そうですね。色々と」

「こら、ローラン。どうしてそんな口をきくんですか」

「......」


 シャーロットが俺を窘めた。

 義母を敵にまわすのは部が悪い。


「......昨晩言ったな。許嫁候補は何人かいる。似たような会が今月何件かあるから、そこで事前に顔を合わせておくぞ。正式な会は別に設ける」

「拒否権は?」

「ローラン」

 義母が再び窘めた。何が許嫁だ。


 貴族の結婚は必要だからする、いわば社会的契約だ。関係を結ぶ一つの手段に過ぎない。なんで俺が会いたくも無い人と気を使った会話をしなければならないんだ。

 貴族なんてうんざりだった。

「父上。母上とは。リザ母さんとは、政略結婚だったんですか?」

「違う。あれとは、幼い頃からの腐れ縁だった」

「だったら。.......。いや」

 リザ母さんの名前を出すと、シャーロットは悲しげな顔をする。表情には表さないが、瞳の奥の魔力の輝きのようなものが暗くなる。

 俺はこれ以上言うのをやめた。

「ローラン。お前は長男だ。魔術学園に行きたいのなら行かせてやる」

「そうかよ」

「言うことを聞け」

「舞踏会に出ろってんだろ」

「それに、もう大人だ。歴史や内政の家庭教師を付ける。お前は理解は早いが記憶力が足りん」

「歴史?内政?」

「マナーや人付き合いも少しは覚えろ。やることはいくらでもある」

「ちょっと待てよ! 家に缶詰めになってお勉強しろってのか?」

「ローラン、貴族というのは」

「貴族が何なんだよ!?」

「聞け!貴族は人々を導かねばならん。我々がやらねば領地の者はどうなるのだ! 騎士団だってそうだ。誰かが管理し、支援して初めて人は正常に働くのだ。ローラン、聞いているか!?」

「......」

「ローラン!......。はぁ。話はまた今度だ」

「......」

 俺はだんまりを決め込んだ。

 何を言おうとも,どうせ拒否権はない。だったら意思表明だけさせてもらう。



 ヒルベルト家が居なくても領地はどうにでもなることは分かっていた。

 貴族家の下で土地を分割し、地域内を完全に支配していた時代はとうの昔の話だ。今はすべて一度王の下へ返却され、その後、人々の手に渡った。

 貴族家は確かに大きな力を持っているが、地域の代表に過ぎない。

 当主がろくでなしの家だってあるが、ちゃんとその領地だって存続している。


 これでも探索者として色々と見て回っているし、<世界の小記録簿>はそういった情報にもアクセスできる。下手な大人よりもいろいろな土地の情報を持っている。

 それでも何処もおかしくはなっていなかった。

 それに、ディランの言うことは、なぜか妙に頭にくる。ディランは昔からそうだった。

 俺がディランをどこか信用できなくなったのは10歳のころ、武術を習っていた時だったと思う。 


◆◆


 ≪勇者≫に憧れて、父上に頼み込んで家庭教師を雇ってもらった。

 自分に何が向いているか分からないから、様々な道場に行ったり、武術家を家に呼んで貰ったりした。

 ≪勇者≫になるには竜を倒せるようにならなきゃいけない。対竜戦闘を想定した武術を中心に、ひたすらに全力の一撃を狙うための魔術制御を中心とした不退転の”厳砕流”、高速の移動を主軸とした”風功流”、対象の攻撃をいなしそらす”水気流”など、使用人口の多い武術から、対象と通じ動きを読むことを中心とした”夢幻流”の様な珍しい武術にも挑戦した。


 だが、どれも長続きしなかった。


 固有魔術の<世界の小記録簿>によって基本的な情報は一度経験すれば理解できた。もちろん、理解しただけでは出来ない部分が多いけど、鍛錬の方法が分かってしまったら後はもうやる気がかなり失われてしまった。


 結局長続きしたのは基礎トレーニングと霊術、そして”会神道”だけだった。


 霊術は家庭教師の一人がを教えてくれた。だけど、才能のある人間特有の勘のようなもので霊術を使っていたらしく、教え方は下手だった。

 <世界の小記録簿>の知識によって大幅に補完されたことで、俺も多少霊術が使えるようになった。とはいえ、霊力を感じることと身体能力強化しか出来ない。少しでも強力な身体強化を習得するため、コツコツ練習を続けた。


 会神道の師はファビアン爺、俺はいつも『老師』と読んでいたが、老師は開祖の直弟子であるらしく、そこいらの騎士よりも深く武術を知っている点が気に入っていた。


 初めて老師を読んだ日の衝撃は、今でも覚えている。


 老師はピンと立った背筋にしっかりとした足腰をした老人だった。頭髪は綺麗さっぱり無いのに、白く豊かなひげを蓄えていた。俺の師匠として召喚されるような人物はこれまで剣術、柔術、気功術、飛行術、いずれも一流であり、現役を引退していても気力体力のあるような人物ばかりだったため、老人と言うだけで特殊だった。


 会神道。敵に合わせることで力を使わずに吹っ飛ばせるらしいという事は聞いていた。


「では始めましょうかの」


 一度、演武を見たことがあったが、攻撃を食らっている人が大げさにリアクションを取っているとしか思えなかった。

 俺はまだガキだけど、これでもいくつもの武術を体得してきている。化けの皮を剥いでやる。まず名前が怪しい。変な宗教じゃないだろうな。そう思っていた。


「お前さん。始めは言ってもわからんだろうから、掛かってきなさいな」


 掛かってきなさい!とは余裕だね。じゃあ会神道がどんなもんか、お手並み拝見としますか。


「では、お願いします!」


 言うや瞬時に体中の霊力をコントロールし、爆発的な加速で接近した。真っ向から正拳突き、と見せかけて、狙いは足払いだ。


 ファビアン爺はひょいっと後ろに退いて足払いを躱した。俺は<風>の補助を使い、回転力を生かしたまま腹へ回し蹴りを放った。その動きに合わせて老人の影が向かってきて、


 くるりと世界が回り、

 気づいたら俺は仰向けで転がっていた。


 訳がわからなかった。なんのとっかかりもなかったからか、この時は何も<想起>されなかった。本当に、一切なにも分からなかった。


「若いのう、ローラン。結構結構」

「マジかよ」

 朗らかに笑って老人は言った。

「始めは信じない輩が多いからな。お前さんもそういう顔をしておった。さて、じゃあまずは受け身からやろうかの。それと、ローと呼んでも良いかな?」

「大丈夫です! お願いします!」


 『会神道』は理屈が単純ではなかった。入り組んでいて、バリエーションが尋常じゃない。動きはパターンなのに、狙いは流動的。

 始めは<想起>出来なかった。そして次第に動きが分かってきて<想起>できるようになっても、全く理解出来なかった。

 <想起>出来ないのではなく、<想起>した上で出来ない。こんな経験は初めてだった。俺は会神道にのめり込んだ。

 これが、何人もの家庭教師のなかで結局二人だけとなった、生涯の師匠のうちの一人、ファビアン爺との出会いだった。

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