8. 舞踏会(下)

 舞踏会中盤。参加者たちは話す相手を変えながら、ぐるぐると移動していた。もう少しでクレアゾーンだ。


 現在、俺は双子の兄妹と談笑していた。


 妹の方はアンドレア・トムソン、父曰く例の許嫁候補の一人らしい。百六十センチ程度のお嬢様然とした可憐な少女だ。グリーンの豊かな髪をアップに纏めているのはダンスをすることを見越してだろう。


 兄の方はジェームズ・トムソン、身長は百七十五センチ、髪はアンドレアよりも深い緑色をしており、長くのばしてその全てを頭の後ろでまとめたハンサムだ。

 双子は見た目が非常によく似ていると思っていたが、男女だからか、それとも双子にも種類があるのか、二人はあまり似ていなかった。

 二人とも細めの眉や大きめな目、高い鼻といったパーツは似ているかもしれない。


 トムソン家は騎士団に多くの優秀な騎士を排出している由緒ある家系で、本人達の魔術的素養も高そうだった。

「二人とも、ローランでいいですよ」

「そうですか?では遠慮無く、ローラン。私のこともジェームズと」

「私も。アンドレアとお呼びください」

 二人は気さくで話しやすく、すぐに仲が良くなった。貴族的な傲慢さを感じなかったからかもしれない。俺は自分で自覚しているよりも貴族的な雰囲気が嫌いなのかもしれない。

 加えて、ジェームズは普段探索者としても活動しているらしい。


「探索者として活動されているんですか! アンドレアも?」

「いえ、私は違いますわ。お兄様だけです。変わっていますわよね」

「アンドレア、変わっているなんて酷いじゃ無いか。ローラン、いつもは応援してくれるんですよ」

「実は俺も探索者をやっているんですよ。大した活躍は出来ていませんが」

 貴族で探索者というとは別段珍しくないが、成人前からやっているのは珍しい。 

 共通点が見つかって、俺とジェームズは会話が弾んだ。


「探索者は命がけですよね。よく当主が許可しましたね」

「いえ、私は長男ではないし、歳の離れた兄がいるんです」

「なるほど」

「将来騎士団には入るなら若い内に実践を経験するのも良いだろう、と。始めは親戚の実力者付きでしたが」

「お兄様はもうすぐB級になれそうなんですって」

「うまくやればなれるかも、って話しただけじゃないか。そんなんじゃないですよ」

「いや、でもそれは凄いことですよ。俺なんてまだD級で」

 B級といえば、コピーキャットと同じだ。だが、ローラン・ヒルベルトはD級。そのことを考えるとやはり悔しかった。


 そんな話をしている時、ダンスのメロディーが流れ出した。ダンスの時間が来てしまったようだ。

 音楽が流れたらなんとなく踊る、という風習だ。

 クレア付近にいた人間は動きが緩慢になり、逆に少し離れたところにいる男子は焦ったようだった。クレアと踊りたいのだろう。だがクレアは既に男装のレオナ嬢にエスコートされていた。

 残念だったな男子諸君。


 ダンスは今朝シャーロットに教えて貰った付け焼刃だ。相手をしていたロージーに散々笑われてしまった。頭にくる姉だが、ダンスが下手くそな事実は変わらない。

 

 なるべく踊りたくないなぁと思い、話を引き延ばしていたが、努力も空しく、俺達も踊り出さなければならない時が来た。目の前にお嬢さんがいるのに誘わないのは失礼なのだ。

 俺から踊りに誘い、アンドレアは応じた。

 教えてもらったばかりの動きで懸命にリズムをとり、目だけをきょろきょろさせながらダンスの作法を確認していた。


 舞台の中心ではレオナが男役のリーダー、クレアが女役のフォロワーとしてダンスを踊り、注目を集めていた。男装のレオナの動きは素人の俺でも美しく見えた。

 比べて俺の動きは、生まれたての子鹿のようだ。

 表情には出ていなかったが、親切なアンドレアが俺に合わせてくれているのが分かって、めちゃくちゃ恥ずかしかった。

 少しでも覚えようとレオナの足運びをちらちら見ていると、何かの拍子に目の奥がチカチカと輝いたような気がした。それと同時に、貴族風の舞踊の作法を一気に理解することができた。


 <世界の小記録アカシックレコード簿: ミニ>がようやく来たか! もう少し早く来てほしかったんだが!

 

 悪態を突きながら、知識に沿って体の動きを修正した。


 これ以上恥をかくのは嫌だった。


 骨格を意識、姿勢を伸ばし、普段使わない筋肉を動かす。アンドレアが無理なく動けるように意識する。突然動きが変わったパートナーにアンドレアは驚いた様子だったが、合わせてくれた。度々ごめん。


 アンドレアは百六十センチ程度、グリーンの豊かな髪の華のある少女だ。動き次第で大きく印象は変化する。

  社交ダンスというのは案外筋肉を使うものだ。特に男性のリードでは女性の体を支える必要があった。

 だが、俺と同じくらいの身長の彼女を支え切れるか不安があった。

 状況的に魔術を使うわけにはいかないため、俺はこっそり霊力を使うことにした。体の底、へその当たりに意識を集中して生命のエネルギーをめぐらせ、全身にさせる。これによって身体能力が向上する。探索者として外にいるときは常時この状態だから問題ない。

 

 アンドレアと俺はお互いの動きを合わせながら、修正を繰り返した。姿勢が安定すると無駄な力が抜けて余裕が生まれ、音楽が聞こえてくるようになった。


 優雅な音楽だった。


 アンドレアの動きから、彼女がのびのびと広がるような、悠然とした動きをイメージしているのが分かった。

 身体能力を強化した俺は、姿勢を整えた状態で彼女をしっかりと支えることができる。

 アンドレアの長い手足を生かした大きな動きを意識して、自由な風を体現し、滑らかに、煌びやかに回転した。

 動きが良くなると周囲の反応も変わってくる。

 それを見てレオナ・クレアが並んできた。クレアの動きは洗練されているのが分かった。

 指の先まで意識した動き、骨格の見せ方を意識した動き。レオナはそれを支える額縁で、<光の精霊>のようなクレアに付き従う、伝承の中の騎士のような動きだった。


 なるほど、そうやるのか。


 二人の動きを見てまた俺も動きを修正した。アンドレアがより映える動きは何か。より伸びやかに。より滑らかに。歩幅を大きく。


 動きが分かってきて、色々とやってみる事が楽しくなってきた頃、音楽が終了してしまった。

 俺達四人は舞台に中心になっていたようで、いつの間にか様々な人の視線が向けられていた。

「ありがとうござました!ローラン様!」

「ありがとうございました」

「私、こんなに踊れたのは初めてかもしれませんわ。また、ご一緒していただいても?」

「え?ああ、こちらこそ、楽しかったです。ぜひまた」


 動きをかなり合わせてもらった申し訳なさと、体格的な問題で霊力の身体強化をしてしまったことの後ろめたさで、そっけない返事になってしまった。


 アンドレアの口が開きかけたが、レオナが話しかけてきたため意識がそっちに向いた。

 アンドレアはまだ話したそうにしていたが、一歩引き下がった。


「貴方の踊りには感心しました。私の踊りもいっぱしのものだと自負していたが、慢心でした。私はレオナ・サザーランドさんですね。お名前は?」

「私はローラン・ヒルベルト。ありがとうございます。でも私は貴方の真似をしただけですよ」

「ははっ。真似だけであんな動きをされては、たまったものではありませんよ。誰に習っておられるのですか?」

「え......義母ははに稽古をつけて貰いました」

 クレアも話に入ってきた。

「ローランさん、ですか。どちらのお家の方ですか?」

「ヒルベルトです」

「ヒルベルト家の方でしたか。これほどの方であれば、どこかで風の噂で聞いているはずですが、ごめんなさい」

「いえ、今日お知り合いになれただけで光栄ですよ。クレアさん」

 クレアは俺の目をじっと見つめてきた。レオナが不思議そうな顔をしていた。

「今まで、どこかでお会いになったことがありますか?」

「今日が初めてのはずです」

 内心の焦りを顔に出さないように必死だった。

 でも、嘘を突く必要は本当はなかったのかもしれない。よくわからなかった。

 そのままの流れで、俺達はしばらく話ができた。ダンス万歳、<世界の小記録簿>万歳だ。

「レオナさん、クレアさん。『新魔会』というのはご存知ですか?」

「ああ。もちろん」

「ふふ。私たちは出るつもりですが、ローランさんも?」

「はい。オペレーターとして出場するつもりでして、実は今メンバーを探しているんです。人脈が少ないですから」

「そうですか。私もオペレータ志望なんです。レオナはピットで、一緒のチームで出るんです。だから、ライバルですね」

 レオナがピットなのは意外だったが、クレアもオペレーターか。強敵だな。

「そうなりますね」

「仲間にはなれなそうですが、お互い頑張りましょう」


 ちなみに後で聞いた話だが、クレアとレオナはホスト側の見世物として中心で踊っていたらしく、他の参加者はもっとのんびり、つまり普通に踊っていたらしい。俺たちは妙に目立ってしまったようだ。


 あの時とは違う意味で恥ずかしかった。


◆◆


 クレア達を会話をしたとも何人か周り、参加していた人のうち有力な貴族とは一通り話すことが出来た。


 グループの顔役クラウジウス家の御曹司ニコラはプライドの高さが全身から溢れ出た鼻持ちならない男で、艶やかな藍色の髪をきっちりオールバックにしていた。意志が強そうな目、太い眉が特徴で、身長は百七十センチ程度だった。身体を見る限り剣術には長けていなそうだったが、かなり不遜な態度だった。


 彼は俺とクレア・レオナコンビが楽しくおしゃべりしていたのが気にくわなそうで、会話の中でも二人を気にしていた。幼なじみだそうだ。


 彼もまた『新魔会』に参加するらしいが、仲良くなれなそうだったため勧誘することすらしなかった。


 もう一人、カスパー・ダミアーノはどうやら早々に帰ったようだ。天才≪調教師≫で変人との呼び声高く、ペットの世話があるといって聞かなかったとか。


 俺としても『新魔会』に参加しないのであれば用は無い。


 他の人ともずいぶん話をしたが記憶に残った人間はいなかった。

 終わり際はジェームズが声を掛けてくれなかったら暇を持て余しまっていただろう。

 トムソン兄妹もジェームズをリーダーにして『新魔会』に出るそうだ。アドレスを交換し、大会で会おうと言い合って別れた。

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