7. 舞踏会(上)

 どんな組織も、結局のところは人が動かしている。


 貴族社会の基本は顔見知りであることだ。話したことがあれば知人だし、知人と言われれば話を聞かなくてはならない。そうやって培った人と人のつながりが信頼になり、大きな組織を動かすのである。ゆえに人脈を作らなければ肩身の狭い思いをすることになる。


 面倒な事だが。

 

 そういうわけで貴族様の家に生まれたために、人脈づくりの必要に迫られた俺、ローラン・ヒルベルトは、社交会の準備のためにメイドに着付けられていた。


「キャー!坊ちゃまかわいいですねぇ~!おっと御髪おみぐしが崩れてしまいますね!」

 普段おろしている髪はオールバックに撫でつけられている。既にテカテカバキバキな髪だが、前髪が垂れてしまったため、エミリーはさらに整髪オイルを追加した。

「おいやめてくれ!そんなに塗ったっていずれ崩れるだろ!魚の背みたいにぬるぬるじゃないか!」

「いえいえ、今日は坊ちゃまの晴れ舞台ですから!!手を抜くわけにはまいりません!」

「そうですよーお坊ちゃま!」

「アンドウうるさい!」

 さっきアンドウの七三分けを笑った事への意趣返しだろうか。アンドウがニヤニヤしながら俺の身支度を眺めていた。

 彼は孤児の出身だから貴族の社交会には通常参加できないが、『新魔会』で仲間を探すなら行けた方がいいだろうと思い、アンドウを何とか参加させられないかエミリーに相談をしていた。父上とも交渉した結果、使用人として連れていけることになった。

 だがエミリー曰く、使用人として入っても貴族の子息とはあまり話せなそうだということだった。それでも良いということで、今二人して身なりを整えているという訳だ。


 俺とアンドウは孤児院の子供たちと遊ぶことは多いが、同年代の貴族達との会話はほとんどやってこなかった。普段よく話す探索者ギルトには同年代の若者なんてかなり少ないし、誰も礼儀作法なんてほぼ気にしない。同年代と礼儀を気にして話すなんて、難しい任務になりそうだ。


アンドウは舞踏会に興味津々の様子だった。

「ねぇ、貴族のお嬢様が沢山いるんでしょ? どんな感じかな?」

「俺も会ったこと無いからなぁ。貴族って言ったって別に特別な事なんてないだろう。うちの姉みたいな感じじゃないのか?」

「えー。なんかイメージと違う」

「俺、そいつの弟なんだけど」

「知ってる」


◆◆


 成人の儀を直前にして、新成人の顔合わせという名目の舞踏会が開催される。


 全ての家が集まるわけでは無く、特に勢力の大きい貴族家が中心となって人を集めて開催するような中規模の会が複数行われるようだ。


 今日俺たちが参加する舞踏会はゲベート家やクラウジウス家といった勢力の大きい騎士団系の貴族を中心とした会である。

 父ディランは一時期、騎士だったことがあるらしく、この会に呼ばれるだけの人脈を持っているようだ。


 ゲベート家は現第一騎士団長の家だ。言わずもがな、要注目である。

  また、クラウジウス家は魔術の大家で、魔術研究の発展に大きく貢献してきた家だ。ご子息の才能には期待せざるを得ない。


 会場はゲベート家で、内地の中でも城にほど近い場所にある。ブルタニアの北、騎士学校からも近い。家は最近改装したらしく、門が真新しかった。

 父と義母、俺の三人は馬車で、エミリーとアンドウは馬の移動だった。


 門の左右の壁の上にはガーゴイル像が一組、しゃがんで待ち構えていた。ガーゴイルの目になっている<水晶>に家紋と招待状を見せると、ひとりでに門が開いた。


 中に入ってしばらく進むと、馬車の行列が見えた。前でも後ろでも同じような馬車が並んでおり、順番を待っている。今並んでいるのは六台くらい。おそらくこれで全てでは無いだろう。

 舞踏会への参加は初めてだが、この会は社交会としてかなり大きいのではないかと思う。落ち目の我が家とは活気が違った。


 庭の中程でエミリーとアンドウが扉を開けてくれるのに合わせて馬車を降りた。馬車は彼らに任せて俺たちは中に入る。

 玄関には受付が設けられていた。目を走らせると、使用人の姿をしているが、数人武装したガードが立っていた。顔つきが似ているのがいたから、子息や親戚も働かされているのかも知れない。


 騎士の名家らしく、歴史的価値の高い剣や鎧が飾ってあった。受付を済ませたヒルベルト一家はメイドの案内に従って大広間へ向かった。案内のレンガ造りの外観であったが、屋敷の中は木造のようになっていた。


 シャーロットが好きそうだなと思いちらりと見ると、案の定興味深そうに見ていた。あまりきょろきょろとするのは褒められる行いではない。俺の視線に気づいた彼女は、軽く微笑んで視線を戻した。


 しばらくして舞踏会が始まった。


 大勢が広間に集まり談笑しておりざわざわとしていたが、司会進行が一段高いステージに立って挨拶をはじめ、全員の目がそちらに向いた。

 その後、開会の挨拶のため、貴賓のエルヴィン・ゲベートが登壇した。


 一瞬で目が引き付けられる、太陽のような輝かしい気配、他の貴族たちが霞むような圧倒的なオーラは、膨大な魔力の証拠である。何度かお祭りで遠巻きに見たことがあったが、こうしてみると格が違うと感じた。


 背は高く、肩幅や胸板も分厚い、筋骨隆々の壮年の男で、美しい金髪をオールバックにし、顎髭は綺麗に切り揃えられていた。

 ゲベート家の現党首にして騎士団第一師団団長を務める騎士のリーダーだ。


 何がどう強いのか分からないくらい、彼は強い。


 そう来なくちゃな。


 一つの到達点、≪勇者≫に近い実力の持ち主の登場に、俺のテンションは爆上がりしていた。


◆◆


 本日はお集まりいただき云々。新成人との出会いに云々。


 始めは聞いていた俺だったが直ぐに飽きてしまい、途中からほとんど聞いていなかった。エルヴィン本人とはぜひお話してみたいと思うが、彼の話は予想していた通りの内容でつまらなかったのだ。


 誰が話そうと、挨拶というものは全てつまらなく出来ているということだろう。


 それよりも、魔術的才能に恵まれた同期を探していた。仲間にするのは誰がいいかな。見たところ、傑出しているのは藍髪の紳士か。


 話半分に聞いていた俺だが、どうやら彼の娘も一言話すようだ、という事がわかった。人の陰で見えなかったが傍に控えていたのだろう、一人の少女が一段上がってその姿を見せた。

 騎士団長の娘で同期とはどんな奴だろうか、と目をステージに戻すと、騎士団長エルヴィンの比じゃないくらい、俺の目は釘付けにされてしまった。


 輝くような長い金髪をポニーテール、エメラルドのように輝くグリーンの瞳に艶やかな唇、桃色の頬。瞳の色に合わせたドレスを身に纏った妖精のような美しい少女が騎士団長の隣に並び、優雅に頭を下げた。


 礼儀正しく身体の前で重ねられていた細腕は、戦場でハスタデビルを担ぎ上げた探索者のものとはとても思えなかった。


 彼女はクレア・ゲベート。C級探索者で、『道化劇団』の一員だ。


 良い家の生まれだろうとは思っていたが、まさか騎士団長の家とは。


 俺がクレアに目を奪われていると、シャーロットが耳打ちしてきた。

「美しい方ですね」

「ええ。そうですね」

 俺は変にドキリとして、それしか返せなかった。


◆◆


 挨拶が終わり、談笑タイムが始まった。俺は父に連れられて各所に挨拶に行って回った。

 途中ちらちらと見ていたが、クレアはかなり人気らしく、ひっきりなしに声を掛けられていた。

 貴賓の娘だし、魔術的素質が高い人間特有のオーラがあるから当然だ。


 挨拶ははじめの一言二言が終わると親同士の会話になった。俺は人脈になど興味はないため、ディランに聞かれないように、『新魔会』に出場する気はあるか、どんな能力を持っているのか探りを入れていた。

 話を聞いていると、才能のある同期の噂はすでに広がっているらしい。ちなみに俺の名は無い。


 とくに有力とされているのは、クレア・ゲベート、ニコラ・クラウジウス、ついでレオナ・サザーランド、カスパー・ダミアーノ。

 クレア・ゲベートは高水準の光魔術・精霊術で、レオナ・サザーランドは魔術は人並みだが剣術が同期の中ではずば抜けていることでもともと有名だったが、探索者開始から数か月でのスピード昇級と少数での竜討伐で拍車が掛かり、今ではかなりの人気者だそうだ。


 この二人を含め、名前が挙がった同期を一人も知らなかったことで、俺がいかに貴族社会から隔絶されていたかに気がついた。


 ニコラ・クラウジウスは俺がさっき目をつけていた青髪で、グループの顔役クラウジウス家の御曹司であり、魔術理論に関して造詣が深く、火・水・氷魔術に秀でているとのことだ。

 もう一人、カスパー・ダミアーノは、天才≪調教師≫の呼び声高いが、素性が分かっていない。彼はあまり社交的ではないようだ。


 名前が挙がった人々は、誰もが面識を持ちたいと考えているため、人の輪が出来ていて中々声が掛けられなかった。......クレアを誘いたいんだが。


 仕方ないので、間合いを計りつつ俺たち親子は他の参加者に声を掛けていた。


 毎回俺は『新魔会』に参加するかを聞いて回っていたのだが、その中でナナ・ギャヴィンという少女が目にとまった。

 百五十センチ前後の身長に癖のある豊かな茶髪(毛量がすごかった)を持つ、陰気な雰囲気の女性だった。長い前髪に隠れた瞳はブルー。特徴的だったのは彼女の手だ。貴族の娘らしからぬ傷だらけの手。オイルのような物が爪の隙間に残っていた。


 あまり手入れのされていない髪型や雰囲気から他の参加者からは多少敬遠されているようだったが、俺は興味を持ったため話を聞いてみた。

「もしかして、魔道具を作ったりしたことがおありですか?」 

「え、はい。そうです」

「あ、やっぱりそうですか!俺も魔道具を弄ったりするんですよ」

「ほんとですか?」 

 人と話すのは得意ではなさそうだったが、根掘り葉掘り聞くと、彼女は魔道具を弄るのが好きだそうだ。将来的に騎士団の技師になりたいとのことだ。騎士団にアピールするため、そして経験を踏むため、今度の『新魔会』にも参加する予定らしい。


 俺が開発しようとしている魔術は結構複雑になる予定のため、メカニック気質のメンバーが必要だった。

 新メンバーにうってつけの人材を見つけた。


 貴族間の連絡では主に伝書鳩のような<使い魔>が用いられる。<識別刻印アドレス>は、伝令用の<使い魔>に目的地を教えるための魔術だ。


 彼女の<識別刻印アドレス>を入手し、さっそくまた後日会う約束を交わした。

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