6. 父
父ディラン・ヒルベルトは城内に勤める官僚だ。三十三歳で、灰色の髪に同色のあごひげ、鋭い視線にしかめ面は相変わらず。身長百八十センチ強の大柄で、細身ながら筋肉質。仕事着を脱いだ後の比較的ラフな服装をしている。
「久しぶりだな、ローラン」
「お久しぶりです、父上」
「お前はそんな奴だったか? 随分と畏まっているじゃないか」
「ああ、じゃあ、いつも通りにするよ」
俺は昔から生意気な子供だったからな。
「エリサ、食事を」
「畏まりました」
ディランが腰掛けると、エリサが食事を運んできた。
シャーロットが声を掛けた。
「お仕事の方は大丈夫でしたか?」
「ああ。緊急の議題が挙がった。すぐに片が付く範囲では終わらせてきた」
「そうですか」
「まだ公開していない情報だが、お前たちには伝えておいた方がいいだろう。近く、大規模な戦闘が起こるようだ。内地にまで火か飛ぶかは分からないが、覚えておいてくれ。この情報はまだ家の外には出さないように」
内地にも被害が及ぶかもしれない大規模な戦闘か。ただ事じゃないな。
「父上も前線にでるのか?」
「いや、後方支援だ」
「そうだろうな」
「食料や武器の用意、大衆の扱いとやることはいくらでもある」
俺の棘のある言葉を意に介さず、父は続けた。父は官僚で、事務方だ。いわば『死ぬわけにはいかない人間』だ。前線に出ることは無いだろう。
父が来てからはだいぶ口数が減ったが、晩餐は続いた。
「さて。本題だ。ローラン。成人、おめでとう」
「おめでとうございます」
父と義母が言った。遅れてアレクが続き、姉は「よかったわね」と軽く済ませた。
「ありがとう」
「ローラン、お前もヒルベルト家の成人になる。今度社交会に出向くから準備しておけ」
何か思惑があるだろうと思っていたが、社交、人脈作りか。
「どんな社交会だ?」
「様々だ。新成人の集い、騎士が多くいるような会、文官の会、多くに顔を出しておけ」
「いやだ」
ディランは眉を顰めた。
「これまでは好きにやらせてきたが、今後はそうもいかん。ヒルベルト家の人間としての自覚を持て」
「自覚ってなんだよ。派手な服を着て大貴族に頭を下げてまわれば貴族なのかよ?」
「違う。様々な人間と接し、人間関係を広めろ。人脈は資本だ。とくに貴族社会ではな」
「それで何になるんだ? いろんなパーティに呼ばれて、名家の婦人達とお近づきになりなさいってか?」
「違う。だが、その意味もある。ちょうどいいな、お前の婚約者候補を何人か見繕っている」
まじかよ。マズい話の流れになった。
婚約者を決めようとしていたとは、予想外だった。墓穴を掘ったかも知れないが、こういう話は姉に押し付けよう。
「嫌だね。婚約なんざまだ早いだろ。ロージーはどうなんだよ、もう婚約したのか?」
ロージーはまだ婚約指輪をはめていないのを確認している。貴族は成人して数年以内に婚約する場合が多いが、姉はまだ。だから、焦っているはずだが。
「なんで私に振るのよ!私にも最近は縁談の話が来てるんだから」
ヒルベルト家は本来歴史のある名家だ。だが、先代が早くに無くなったことで勢いは無く、今はディランの肩にかかっている。父は力のある家と縁を結びたいはずだ。
「ローラン。社交会で騎士に顔を売っていくのも良いと思いますよ」
シャーロットが父の援護に回った。
「俺は騎士になる。まずは力を付けて、評価を受けて、入団テストを受ける。今はそれが全てですよ」
「それならなおさらよ。入団テストも推薦状があればかなり入りやすくなるのよ。きっと社交会も役に立つわ」
「あんただってどうなのよ。ローラン・ヒルベルトの名前は誰からも聞いたこと無いわよ」
姉が口を挟んできた。うるさいな。
「......分かった、でも文官の会には行かないからな」
「ローラン。言うことを聞きなさい。エミリーに服を見繕って貰え。いいな」
こうして、俺は社交界デビューをすることになった。
◆◆
七月の建国記念日には成人の儀式がある。
成人記念の儀式は、主に貴族間の社交パーティー、すなわち『お披露目会』があり、また、九月にはギルド連合主催で、一般から新成人である十三歳の若者達が有志で腕試しをする魔術大会『新魔会』が開かれることになっている。
『新魔会』は今年で3年目の魔術大会で、国内の様々なところから参加者が集まるため知名度が高くなってきている。一ヶ月の期間内にチームで魔道具を作り、その完成度を競う大会だ。優勝はプレゼンテーションとトーナメント式の実践の総合点で決まる。制作は8月から行われる。ちょうど新成人の顔合わせが終わった頃だ。
俺とアンドウは『新魔会』に出るつもりだ。
『新魔会』はまず参加者の顔合わせとチーム結成から始まるが、優秀なメンバーを揃えるには早めに人を集めておくべきだろう。
だが、現状、同期の知り合いなどいない。だから、優秀なチームメイトを発掘するために、社交会を利用してやるつもりだ。
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