5. ヒルベルト家
部屋で少し休憩して時間を潰していた時、エミリーが呼びに来てくれた。夕餉の時間だ。
食堂へ向かっている途中の廊下で、姉のロージーと出くわした。
「お。ローラン君だ」
「姉上。久しぶり」
十四歳の姉のロージーは、薄い青の髪を後ろでくくっていた。身長百五十五センチ程度、痩せ型で、瞳は黒っぽい。顔の造形は整っている方だと思うが、魔力量に恵まれず義母の様な華やかさはない。変に気だるい雰囲気のある、残念な感じの人だ。
「生きてたんだねぇ。どこで何をしてるの?」
「魔術の修行だよ。アントニウスの知り合いのところで」
「ふーん。スライムとか見たことある? ほら、粘っこいやつ」
スライムは青みがかった粘液で、中心に核がある。
小さい固体では核はすぐに目視でき、核を破壊すれば行動不能に出来るため初心者向けの魔物だ。
もちろんただの何もしない粘液などではなく、れっきとした魔物だ。小型生物を取り込んでゆっくりと溶かして捕食する生態を持つ。
「まぁ。もっと強い魔物とかも見るけど。スライムは実際に見ると結構気持ち悪いよ。餌が体内でどろどろになって、肉片が体内に浮いているんだ」
「うぇぇ。ちょっと! 食欲がなくなるでしょ!」
「自分で聞いたんじゃん」
「要らないことまで言えって言ってないでしょ!」
俺がB級探索者『コピーキャット』であることは家族には伝えていない。
父は放任主義だが、俺は長男だから、さすがに命をかけるようなところには放置しない。外面を重視している父がそれを放置するはずが無い。
それに、コピーキャットは対人の汚い任務を幾つもこなしている。誰に恨みを買われているか分からない。
だから、ローラン・ヒルベルトがコピーキャットと同一人物であることが露呈しないように、ギルド職員のアントニウスに手を貸して貰っている。カモフラージュのためにローランとしても探索者登録している。ローランのライセンスでは比較的安全な任務しかしておらず、まだ探索者ランクはD級だ。
探索者ランクは探索者の能力の評価で、ランクごとに受けられる任務が変わってくる。一般的にはB級が騎士団の一般兵と同程度、A級は隊長程度の実力があるとされている。Dランクのローラン・ヒルベルトは駆け出しのままだ。
話しながら歩いて、食堂に着いた。
天井からは<
明るすぎない重く気品に溢れた光彩が部屋の装飾を照らしている。
壁にはヒルベルト家の初代ファルコ・ヒルベルトと初代ブルタニア王ケネスの戦いを描いた絵画、祖先が狩ったとされる立派な角のあるシシジカの頭蓋骨や騎士の鎧、何かの記念の品などが飾られていて、中には俺が知らないものもあった。
食堂は、お客さんも通すような部屋だから、貴族家の繁栄を示すような豪華な装飾が施されている。
大きく豪華な木彫りの食卓に、クッションがふかふかな木の椅子、食卓の上には果実を盛った皿が置かれていた。
席に着き、全員が来るのを待つ。すぐに義母のシャーロットや弟のアレクサンダーが席に着いた。
「やぁ。アレク。久しぶり。俺のこと覚えてるか?」
「お久しぶりです、ローラン兄様」
アレクサンダーは義母と父の息子で、俺とは異母兄弟ということになる。俺が家を出たのが二年前で、アレクサンダーは当時三歳だっから、5歳になったのか。
あの時は小さかったから、もう俺のことは覚えていないかもしれないと思っていたが、一応覚えていた様だ。
「元気だったか?」
「はい。特に病気になるようなことも無く、元気です」
「そうか。それは良かった」
緊張しているようだ。年の離れた兄の事が怖いのかも知れない。そうだとしたら、ちょっと寂しいな。
アレクサンダーは黒い髪に黒い瞳。まだ魔力が十分に扱えない。父の瞳もシャーロットの瞳も黒だからどちら寄りかは分からないが、シャーロットの影響が強いような気がした。
俺とは異母兄弟ということになる。母エリザベスが8年前に病気で亡くなった後六年前に入籍したシャーロットは、当時二十一歳ので魔術学院の研究員だった。騎士だった元旦那が戦場で亡くなったことで未亡人になってしまい、父と再婚した。
「アレク。ローラン兄様は魔術が上手ですよ。今度教えて貰ったら?」
「じゃあ、兄様よろしくお願いします」
「ああ、もちろん」
話の最中にも、食事が続々と運ばれてきていた。
まだ父が帰ってきていないのに料理が来たということは、やはり父は遅れるようだ。先に始めていろと言われていたのだろう。遠慮無く、軽く話をしながら食事が始まった。
メニューはまずは鶏のスープ。パンを浸して口に含む。やっぱり、鶏はさっぱりしていて美味いな。一方、ロージーが変な顔をしていた。さっきのスライムの話を思い出したのかも知れない。
貴族式のコース料理は出てくるのが遅い。探索者の食事は量と速さを重視するから、普段とは勝手が違うし、俺は今腹が減っている。パンは順番を気にせずにいつ食べてもいいから、メインディッシュの前に俺だけむしゃむしゃとパンを食べていた。
俺が腹ぺこなのを知っていて、メイドたちが気を聞かせたのだろうか、俺の近くのパン籠には多めにパンが入っていた。
次に運ばれてきたのはサラダ。トマトが濃く甘かった。良い野菜を使って居るのかも知れない。
メインディッシュは牛肉のリブのスパイス焼き。好きな料理だ。トオナキウシの肉に数種類のスパイスをまぶして、じっくりと焼く。そうすると、肉はジューシーで柔らかくなるんだそうだ。美味い。スパイシーな料理っていくらでも食べられるよな。
アレクサンダーが一心不乱にリブに噛り付いていたが、それを義母が注意した。
「はしなたいですよ、アレク」
ロージーが口元を拭きながら、
「美味しいもんね、アレクゥー。やっぱり、今日はアリーが張り切ってたもん」
と言うと、
「はい、美味しいです」
と、アレクサンダーは満面の笑みで答えた。
和やかな雰囲気で肉をほおばっていると、玄関の扉が開いた音がして、空気が緊張した。
父が帰宅した。
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