4. 手紙

 任務を終え、衛星都市カエルムに帰還し普段使っている宿に戻ると、俺宛に手紙が届いていた。

 手紙は上等な紙に胡散臭い真っ赤な蝋で封をしてあった。封蝋は鷹とルーンのような文字をモチーフにした家紋があしらわれ、<封印>の魔術が掛かった、正式な書類のための封蝋だ。


「あ、ヒルベルト家の家紋だね。エミリーさんかな」

「いや。この厚かましい印は家系共通のじゃなくて、当主のだ」

「へー、違うものなんだ」

「ああ。ルーンが違うと、造形が細かい。あとは、魔術紋がしばらく残る」

「あらら。正式な呼び出しってことかな」

「残念ながらな」

 と言いつつも、見ないわけにもいかない。雑に破って中身を確認した。


『ローラン・ヒルベルト様

 太陽の精霊も気勢を増し、風の精霊の気まぐれを心待ちにしているところです。

 息災でしょうか。

 さてこの度は、貴方の成人の儀を直前にして、共に久しぶりの会食をと思い、ご招待の文を送らせていただきました。

 七月十一日、十二日は空いていますでしょうか。ご都合がよろしければ、ご一報頂きたと思います。

 姉弟も心待ちにしておりますので、ぜひご参加ください。

 それでは、楽しみにしております。

                       ディラン・ヒルベルトより』


 真面目ったらしい文章は相変わらずのようだ。奴の事だ、何か思惑があるのだろうと思う。

 とはいえ、名目は俺の成人祝いだ。

 それに、同い年のクレア・レオナも何かしら用事があるだろうから、探索活動の日程が合わない事が増えるだろう。


 うん。久々に帰るとしよう。


 クレアとレオナに翌日落ち合い、4人で話をした結果、しばらく短期の活動中止と帰省が決まった。

 一応二人とは旅程が被らないように、俺の実家がある首都ブルタニアに移動した。


◆◆


 首都ブルタニアはブルタニア国の中心に位置する国内最大にして最古の都市だ。

 円形の高い城壁が都市を囲い、大量の魔術兵器を搭載している。

 円形の中心にはブルタニア城が聳え、城から白い主要道が北、東南、西南へ延びている。城と外壁の中間にも壁があり、それは通称『中壁』と呼ばれている。


 ブルタニア王国は城から少しずつ国土を広げてきた歴史があり、中壁はかつての外壁であった城壁で、これだけでも十分な武力を備えている。

 現在は、有事の防衛線として捕らえられているが、他の都市に守られた首都ブルタニアに大型の竜種が襲来するような災害はこの百年間起こっていない。

 他の都市と繋がる大門は六方向に設けられており、主要道は中壁、外壁に沿うようにも延びている。騎士団の武装などを運ぶための道だが、普段から人々に使用されている。加えて、都市内には無数の道があり、蜘蛛の巣のような構造になっている。迷路のように入り組んでいるが、慣れてしまえば生活の不便はない。歴史的に、倒壊と改修を繰り返してきたためである。


 最近は災害に見舞われえることはほとんど無く安定しているため、レンガ造りのしっかりした綺麗な建物が目立つ。城主エグバート王は綺麗好きらしく、景観を美しく保っている地域には褒賞が出るとふれ回っているため、町並みは綺麗なところが多い。フルトゥームに比べれば遥かに治安が良い都市だ。ただ、ここでも水面下でマフィア勢力が活動しているという話はあるが。


 歴史と陰謀渦巻く都市だが、王都フルトゥームの中壁の内側、通称『内地』は古くからブルタニア王国を支えてきた貴族家の領域が広がる。そのうち西側の一角に、俺の実家、ヒルベルト家がある。


◆◆

 

 少し奥まった道を抜け、門に手を置くとひとりでに開いた。門は俺の魔力紋を忘れていなかったようだ。


 魔術紋は魔術の特性のようなもので、人によって違い、全く紋を持つ人間は存在しない。具体的な戦闘で使える特性ではないが、<魔術式錠>の鍵として使用される事が多い。


 門を抜け、中へと進んだ。青々と茂る芝生を踏みしめ、よく手入れされた植木を眺めながら歩くと屋敷が見えてきた。

 レンガ造りの歴史のある屋敷だが、壁は白くペイントされているため新しく見えた。魔術師の家系らしく、魔術的な置物や模様があるが、全的に小綺麗にしているため汚い印象は覚えない。


 屋敷まで歩く途中、犬小屋に寄った。銀の鬣を持つ立派なエレメントウルフ、デンスの家だ。こいつは俺が小さい頃からともに暮らしてきた老犬あるいは老狼だ。


俺の姿を見ると、元気に飛びついてきて俺の顔を舐めまわした。

「ははっ。元気だったか?」

 エレメントウルフは魔獣ではないが、魔力と親和性が高い生物で、我が家のデンスは風の属性と相性がいい。魔術的価値の高い『神獣』の類の生物だ。


 二歩足で立ち上がれば俺と同じくらいになるデンスの抱きつきに、思わず尻もちをついてしまった。

 よしよし、愛い奴め。わしゃわしゃーっとしてやる。尻尾がバタバタと暴れて風が吹き、植木の葉がざわざと鳴った。あらゆる動きがパワフルだ。元気そうで良かった。


 デンスに手を振り、屋敷へ向かう。屋根の上では黒猫のフェリスがのんびあくびをしていた。夕方十八時。まだ明るいが、少し疲れた。つられてあくびが出た。


 木製の大扉に取り付けられた、鷹をモチーフにしたドアノッカーでガンガンとノックした。すると、すぐに扉が開いた。

 

「お坊ちゃま、お帰りなさいませ」

「ただいま、エミリー。元気だった?」


 彼女はメイドのエミリー。クリっとした茶色の瞳にぷっくりした唇、落ち着いた暗めの赤の髪を三つ編みにしている。身長百六十センチ程度、中肉中背。まだ若いが、俺が小さい頃から仕えてもらっているから、もう十年近く働いてもらっていることになる。

 たしか今年で二十九歳だったと思う。

「私はいつだって元気ですよ!汗をおかきですか?お着替えの用意があります」

「ありがと。それじゃあ頼むよ」


 ちらりと見ると、婚姻の指輪はつけていなかった。

 指輪は魔術社会で魔術的契約によく用いられるもので、運命共同体、伴侶の契りを交わした相手がいることを意味している。

 ほっとしたような残念なような気がして一瞬微妙な顔になったかもしれないが、俺は急いで顔を元に戻した、気づかれていないはずだ。エミリーは妙に勘がいいから気をつけないと。


 部屋に向かう間にも、せわしなくエミリーは話を振ってきた。

「どうですか、お坊ちゃま。アンドウくんとは喧嘩していませんか?」

「大丈夫」

「そうですか! いやー、逞しくなりましたね! 腕が太くなったんじゃありませんか?」

「そうかな?」

「はい! 魔力量も随分増えたような気がします!」

「いいだろ、そんなことは。成長期なんだから」

「そんなことないですよ。もう」

「姉上とかアレクは?」

「ロージー様はご友人宅です。そろそろお戻りになられると思います。アレクサンダー様はお部屋で本を読んでいらっしゃるはずですよ」

「ありがと」

「ディラン様はお仕事です。最近のご様子だと、もしかしたら少し晩餐に遅れられるかもしれません。申し訳ありません」

「いいよ。なんでエミリーが謝るのさ」

「今日の主役はローラン様ですから」

「父上がああなのはいつもの事だろ」


 部屋にたどり突くまでに、もう一人のメイドとすれ違った。 

 彼女はアリー。おばあちゃんメイドだ。歴戦の掃除テクと料理テクでヒルベルト家になくてはならない存在だ。年齢不詳。随分歳のはずだ。

 ヒルベルト家で働いているメイドは三人。もう一人はエリサという五十代のおばさんだ。

「エミリー、アリーの料理はもう教えてもらったの? たしか、ミートローフを教えてもらってたよね」

「えっと、それがですねぇ......」

「ローラン坊ちゃん、エミリーは料理には向いていなかったんですよ」

「う......ちょっと違う味になるんですよねぇ」

「あんたは大雑把すぎるんだよ。性格かねぇ」

 変わっていないようで何よりだ。


 そろそろ食事だというが一応、義母はは上には挨拶をしておかなければ後で面倒だろう。

 ということで。義母上の部屋に来た。屋敷の二階、奥の部屋だ。こんこん、とノックする。

「はい。なんでしょうか?」

「義母上、ローランです。ご挨拶にきました」

「あら。入って頂戴」

「失礼します」

 壁に大きな絵画が飾ってあるのが目立つ部屋だ。壁際には大きな本棚や魔術に使用すると思われる小物を置く棚が沢山並んでいた。

 義母のシャーロットは今、窓辺でデスクで読書をしていたようだ。魔術刻印の施されたカードが広げられ、中心にはエーテルが入った瓶が置かれていた。

 シャーロットは腰に届くほど長く、しかしよく整えられた美しい黒髪をもつ美人だ。垂れ気味の目に長いまつげ、細くスッキリとした眉に、夜のような虹彩の瞳。暗く輝くような雰囲気は、黒い闇属性の魔力に恵まれた証拠だ。


「お久しぶりです。お邪魔でしたか」

「そんな事はありませんわ。よく帰ってきてくれました」

「ご心配をおかけしました」

「いえ、若い内は無茶をするものです。ローランも、大きくなりましたね。魔力の質も上がっているのでしょうね、目や髪を見ればわかりますよ」

 俺は気づけば自分の灰色の髪を触っていた。父譲りの灰色の髪、母の晴天のような青色を一切受け継がなかった髪だ。

「ありがとうございます」

「......」

 少し間が開いてしまった。引っ込むとしよう。

「そろそろ引っ込むことととします。それでは、また晩餐で」

「はい。そうですね」

 俺はそろそろと部屋を出た。

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