3. 自然の気まぐれ
俺はほっと一息ついて、空を見上げた。
だが、不吉なモノが目に入ってしまった。
「気をつけて、みんな。遠くにフライドラゴンの群れが飛んでいる。たぶんトオナキウシを狙うだろうから、目立たないようにすればこっちには来ないと思うけど」
竜種に見つからないように姿勢を低くし、緊張しながら帰還へ向けた準備をしていたとき、空間がチカチカと緑色に輝きだした。
<世界の小記録簿>によって、俺は瞬時にそれの発生を理解した。
「嘘だろ?待て、待て!」
輝きは形を得て、それは姿を表した。人差し指程度の大きさ、薄い緑色の輝き、虫のような翼、人間の子供のような見た目。風属性の<自然精霊>だ。
自然現象が具現化した存在。偶然の産物。大精霊のいたずら。
『彼』あるいは『彼女』はクスクスと笑い声のような物をあげながら少しずつ魔力を高めていった。
「やめろやめろ、待て待て!」
吹き始める風、渦巻く砂。
そして小さかった風は瞬く間にトルネードに成長した。
「今かよ!!! みんな! トルネードだ気をつけろ!」
俺の視線を追ったレオナ、アンドウも気が付いたようだ。トルネードはどんどん大きくなっていく。
風属性の魔素がきらきらと輝いていた。これでは竜種に気付かれる!
いや、トルネードで死ぬのが先か?
落ち着け、俺。まだこの程度の規模ならどうにか出来るはずだ。もう一勝負だ。集中しろ。
「<
指輪に施された魔術刻印に魔術を通す。特性の<指輪>はいくつかの一般的な魔術を再現する魔術回路が刻んであり、魔力を流すルートを変更することによって魔術を選択・改良することが出来る。俺は大急ぎで風魔法で逆巻きのトルネードを発生させ、トルネードを相殺した。風の勢いはすぐに収まった。
事態の収束を確認し、俺は大きく息を吐いた。
「おい、コピーキャット!フライドラゴンが方向を変えたぞ!数は4だ!」
レオナが叫んだ。
今日はあまりにも運が無いな!
「ルイス、逃げるぞ! <馬>をデカく作ってくれ!」
「ルイスさん、泥の中のハスタデビルを見えるようにできる!? 美味しそうにしよう!」
クレアの提案は、さっき泥の中に捕らえたハスタデビルをフライドラゴンの餌、つまり囮にしようということだ。言われたルイスは大慌てで作業を始めた。
「俺は捕らえたハスタデビルに鎮静剤を打つ!レオナ手伝ってくれ!」
「ルイス早く!!」
ルイスはさらに、大急ぎで<泥の黒馬>を作り出した。
<泥の黒馬>は普段は二人が乗れる程度の二輪車だが、両端に船のような形の車輪付きの荷台を付けて乗車人数を増やしていた。俺とレオナは仕留めたハスタデビルを左の荷台に積み込み、右の荷台に飛び込んだ。
全員を載せた<泥の黒馬>が走り出すが、焦って出発しようとしたルイスが魔力を無駄にしたのだろう、褐色の輝きが後輪から漏れていた。
俺達は大慌てで移動した。
びくびくしながら少しでも目立たないように息をひそめて後ろを見ると、目論見通りフライドラゴンの群れはハスタデビルの死骸で腹を満たすことにしたようだ。
フライドラゴンは追ってこなかった。
「......ふふ。あははは!」
集中力の限界だったのだろうか。クレアが笑い始めた。
「......ふ、はははは!」
「......っ、ははははは!」
クレアが笑い始めたのを聞いたレオナと俺も、つられて笑い始めてしまった。緊張の連続で変にテンションが高くなった俺達三人は、すっかり気が抜けてしまった。
ルイスが「なんだこいつら?」とでも言いたげな視線を送ってきていた。顔が泥で覆われているのに、表情豊かなやつだ。
「いやー、ぎりぎりだったな!」
「うん、危なかった!結構慎重な作戦だったのに!」
「ああ、あのタイミングでフライドラゴンが来るのかよ!?」
「ふっ、......すまない、ルイス。随分こき使ってしまったな」
「いいんだよ、こいつはめちゃくちゃ魔力量が多いんだ」
肩から小さい右手をにょろりと出し、ルイスが俺にデコピンしてきた。運転しながらなのに器用な奴だ。
一通り笑った後もしばらく走って、それから<黒馬>を降りた。<黒馬>は目立つため新しい竜種に見つかるリスクが高い。
冷静になった俺達は再び気を引き締めて、捕らえたハスタデビルの拘束を確認し、拠点においていた荷物を回収した後、特に問題なく帰還できた。
◆◆
戦闘中、固有魔術<
<力魔術>はその名の通り、力そのものを作り操る魔術系統で、物の運動や捜査が出来る。
ハスタデビルの技は あらかじめ<力魔術>で作った塊を放出するという構造で、<力魔術>を専門的に扱える人間以外にも使えるようにした一般魔術<遠当て>とほぼ同じ魔術のようだった。
大した情報じゃ無かったが、また一つ知識を得た。今日得た情報も忘れないうちに手帳に書き残しておこう。
何度かの探索を経て、俺たち”道化劇団”はパーティらしくなってきた。それぞれの動き、出来る事、出来ない事、何が好きで何が嫌いなのか、そういった事が分かってきた。
命を預けるだけの信頼の置ける仲間になれたと思う。
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